第2話 紅の戦姫
深紅の女性が、飛竜の背から静かに降り立つ。
瘴気を押しのけるかのように、その存在感だけで濁った空気を裂いていた。
揺れる長い赤髪が闇の中でも鮮烈に光る。
白銀の甲冑の縁が瘴気を反射して“紅と白の閃光”として浮かび上がっていた。
その瞬間、鐘楼の鐘がかすかに鳴り、濁った空気の中に不気味な音色が広がる。
広場に集まっていた人々は息を呑み、祈るように彼女を見上げていた。
アレンも目を奪われ、胸の奥がざわつくのを感じる。まるで伝説の物語から抜け出した存在を見ているようだった。
「紅の戦姫だ……」
誰かの呟きに、人々の視線が呼応する。
圧倒的な気配を放つ彼女は、ただそこに立つだけで人々を惹きつけていた。
彼女が乗っていた飛竜が、不安定に咆哮をあげる。
瘴気に過敏に反応しているにしては、荒々しく翼をはためかせていた。石畳に打ちつけられた風が砂煙を巻き上げ、人々を思わずたじろがせる。
アレンは思わずその飛竜を見上げた。
苦しげに暴れる姿。息が荒く、首を振るたびに痛みに耐えているように見えた。
「……なんだ、あの竜……様子が変だ」
気づけば声が漏れていた。
フィオナが反射的に駆け寄り、アレンもそれを追おうとした。だが――。
「退け、素人共。――ここから先は竜騎士団の領分だ」
冷徹な声が、二人の足を縫いとめた。
フィオナは驚きに目を見開く。
アレンは無意識に一歩前へ出て、フィオナを後ろに庇った。
「……素人、ね。随分言ってくれる」
低く呟き、女騎士を睨む。
だが、返ってきた視線は炎のように強気で、揺るぎないものだった。
「私は竜騎士団のイゼリアだ。旅の者なら名くらい知っていよう」
金色の瞳が瘴気を裂くように光る。
アレンは口を開いた。
「その竜、様子が――」
続けようとした瞬間、イゼリアが鋭く言葉を叩きつけた。
「それと――飛竜を“竜”などと呼ぶな!その違いすら知らぬ者に、戦場を語る資格はない!」
その声音には、誇りと怒りがないまぜになっていた。
竜槍の穂先がわずかに傾き、瘴気を反射して冷たく光る。
まるでその場にいる全員の喉元へ、無言の刃を突きつけているかのようだった。
アレンは思わず息を呑み、言葉を失った。
次の瞬間、イゼリアはくるりと背を向ける。
飛竜の首筋を優しく撫でて、声をかけた。
荒ぶっていた飛竜が少しずつ落ち着きを取り戻し、翼をたたむ。
人々が安堵の息をつき、イゼリアの短い指示に従って慌ただしく動き始める。
その姿は、まるで戦場を知り尽くした将のようだった。
街の人々が次々と頭を下げる。
「竜騎士団がいてくださる限り、我らは大丈夫だ……」
誰かのそんな言葉に、人々の緊張がほどけ、ざわめきが戻っていく。
だがアレンの胸の奥では、逆に冷たいものが広がっていた。
さっきまで隣にいた人々が、遠い背中になっていく感覚。
フィオナも同じだったのか、拳を握りしめたまま言葉を失っていた。
アレンたちはただ立ち尽くすしかなかった。
手を伸ばそうとしても届かない――そんな隔たりを、肌で突きつけられる。
自分たちとは別の次元に立つ者の姿が、今ここにあった。




