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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第5章 飛竜を駆る者
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第1話 不穏の街

 救済の環の動きが活発化し、各地で瘴気の被害が広がっている――そんな報せを受け、アレンたちは馬車を借りて次の目的地へと急いでいた。


 車輪が石畳を叩くたび、車体はきしみ、座席がわずかに跳ねる。

 ジークは剣を膝に置いたまま腕を組み、じっと外を睨んでいる。

 フィオナは窓辺に寄り、黒いもやが遠くに漂うのを見つけて、思わず息を呑んだ。

 アレンは胸の奥が重く沈み、知らず拳に力を込めていた。

 ダリオスは手綱を握りしめ、馬をなだめながら低く呟く。


「嫌がっている。……瘴気の匂いを感じているのか」


 ダリオスの言葉どおり、馬は荒く鼻を鳴らし、落ち着きなく足を踏み鳴らしていた。


 目指す先は、富と信仰で名高い商業都市ベルハイム。

 交易の中心として栄え、街全体が白を基調とした美しい建築で彩られている。

 中央には天を突くように白亜の鐘楼がそびえ、訪れる者に信仰と繁栄を誇示する――はずだった。


 だが今、彼らの目に映ったのは栄光とは正反対の光景だった。


 街全体を覆うのは、濁った黒のもや。昼間だというのに陽光は閉ざされ、灰色の雲が低く垂れ込めている。

 屋根の上を這う闇の粒子は、生き物のように蠢きながら石畳へと落ちていき、鉄錆を思わせる臭気を街全体に満たしていた。

 喉に引っかかるようなざらついた空気に、馬さえも鼻を鳴らして進むのを嫌がる。


 どこからか鐘の音が響いていた。澄んだはずの音色は瘴気にかき消され、耳に届く頃には濁って虚しく空へ散っていく。

 かつて巡礼者でにぎわったであろうこの街を、今は死の静寂が支配していた。


 それでも人の営みは消えていない。

 扉がわずかに開くと、中から咳き込みながら親子が駆け出す。通りを急ぎ、祈りをつぶやきながら鐘の方角へ足を向ける。


「もうすぐ助けが来るはず……!」


 誰かの声が震え混じりに響く。

 その必死さに、アレンは拳を握りしめた。


 アレンたちは鐘楼へと進む。足元には巨大な大聖堂が構えられ、広場が広がっていた。

 そこにはすでに多くの人々が避難しており、大聖堂の内部は人で埋め尽くされている。

 耐え切れず外にあふれた者たちが広場に膝をつき、瘴気の中で咳き込みながら祈りの言葉を繰り返していた。


 アレンは息を呑む。

 普段なら祭礼や市で賑わうはずの場所が、今は絶望に沈んでいる。


 ジークが低く吐き捨てた。


「……くそ、これじゃ戦場と変わらねえな」


 フィオナも顔を強張らせ、胸に手を当てる。


「……人が……こんなに……」


 そのとき、空を切り裂く咆哮が街に響いた。

 鋭く、しかし苦しげで、聞くだけで胸を締め付けられるような声。


「竜騎士様が来てくださったぞ!」


 歓喜の声が人々の間に広がる。

 視線が一斉に空へと向かう。


 厚い瘴気の雲を裂き、複数の影がゆっくりと舞い降りてきた。

 翼がはためくたびに黒煙が渦を巻き、長い影を落とす。


 やがてその姿が現れる。鋼のような鱗を持ち、翼を広げた飛竜。その背には竜騎士たちがまたがり、槍を手に街を見下ろしていた。

 中でも、ひときわ目を引く存在がいた。


 真紅の髪を高く結い、戦場の炎のように揺らめかせる女騎士。金色の瞳は強気な光を宿し、しかしその奥には孤独を閉じ込めている。

 白銀と紅を基調とした竜騎士の甲冑は華やかで、威厳を放ちながら、同時に実戦の匂いを纏っていた。

 手に握る竜槍は、彼女の全身と同じく凛々しく、気高い。


 人々が息を呑む気配がした。

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