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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第4章 狂信の祈祷
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第5話 聖導教会の影

 魔獣が消え去り、広場にはひどく重い静寂が残った。

 石畳にこびりついた瘴気の残り香だけが、戦いの余韻を告げている。


 フィオナは肩で荒く息をつき、落とした杖を拾うと胸の前でぎゅっとそれを握りしめた。

 震えを押し込めるように、そして何かを確かめるように。

 やがて、そっとアレンの方へ視線を向ける。


「……止めてくれて、ありがとう」


 か細い声だった。

 その奥には、自分が暴走しかけていた自覚と、その恐ろしさが滲んでいた。


 アレンは少しの間、目を伏せて黙り込む。

 やがて小さく首を横に振り、低く答えた。


「……俺だって、同じだった。たぶん、飛び込んでた」

「アレン……」

「だから、守ったとかじゃない。ただ――」


 苦笑がこぼれる。

 それは自嘲に近い笑みだった。


「フィオナがやろうとしたことは、俺もきっとやった。だから、止めるしかなかった」


 フィオナは言葉を返せず、ただ目を伏せる。

 その沈黙を破ったのは、人々のざわめきだった。


「……瘴気が消えた?」

「今のは、聖導教会の祈りなのか?」

「いや、聖導教会なんて形式ばかりで何も変わらなかったろ」

「でも見たか?光で……本当に祓ってくれたんだぞ」


 安堵と戸惑いの入り混じった声が広場を満たす。

 「救われた」と涙する者もいれば、首を振って「まやかしだ」と吐き捨てる者もいた。

 信頼と失望、そのどちらもが揺らぎながら重なり合う。


 ジークが大きく息を吐き、頭をかきながら呟いた。


「そういやよく聞くけどよ、聖導教会ってのは何者なんだ?」

「聖導教会――光の術で瘴気を祓える者たちを束ねた組織だ。聖導士…聖女や聖人を守る騎士団がいて、さらに彼らを取りまとめる高位の者たちがいる」


 ダリオスが答える。その声音はいつも通り冷静だった。


「……まあ、瘴気を祓う力で人々の信仰を集める団体でもあるがな。瘴気対策に必死で、祈りによる浄化も行っている。だが根本的な解決には至っていない」

「要するに、万能じゃないってことか」


 ジークが鼻を鳴らす。


 そのやり取りを横で聞きながら、フィオナがふと地面に目を留めた。

 転がる首飾り。相当古いものなのか、鎖は黒ずんでいるがなお鈍い輝きが残っている。

 フィオナがそっと拾い上げた瞬間――。


 一瞬だけ、柔らかな光がほとばしった。残っていた瘴気が、わずかに後退する。

 その光は祈りのように温かかったが、すぐに掻き消えるように消え去った。


「……今のは?」


 フィオナが小さく息を呑む。

 ダリオスがすぐに歩み寄り、彼女の手から首飾りを受け取った。


「危険だ。瘴気を呼び寄せていたものだ、長く触れるな」


 そう言いながらも、ダリオスの瞳にもわずかな戸惑いが宿っていた。


 ぼんやりとその様子を見ていたアレンが視線を上げると、灰がかった茜色の空が広がっていた。

 厚い雲の裂け目から、一瞬だけ澄んだ夕焼けが覗く。

 まるで遠い希望を垣間見せるかのように。


 だが次の瞬間、瘴気の雲がその光を覆い隠した。

 残されたのは、再び沈むような陰りだった。


 アレンは空を見上げる。胸の奥に、晴れぬざわつきだけが残っていた。

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