第5話 聖導教会の影
魔獣が消え去り、広場にはひどく重い静寂が残った。
石畳にこびりついた瘴気の残り香だけが、戦いの余韻を告げている。
フィオナは肩で荒く息をつき、落とした杖を拾うと胸の前でぎゅっとそれを握りしめた。
震えを押し込めるように、そして何かを確かめるように。
やがて、そっとアレンの方へ視線を向ける。
「……止めてくれて、ありがとう」
か細い声だった。
その奥には、自分が暴走しかけていた自覚と、その恐ろしさが滲んでいた。
アレンは少しの間、目を伏せて黙り込む。
やがて小さく首を横に振り、低く答えた。
「……俺だって、同じだった。たぶん、飛び込んでた」
「アレン……」
「だから、守ったとかじゃない。ただ――」
苦笑がこぼれる。
それは自嘲に近い笑みだった。
「フィオナがやろうとしたことは、俺もきっとやった。だから、止めるしかなかった」
フィオナは言葉を返せず、ただ目を伏せる。
その沈黙を破ったのは、人々のざわめきだった。
「……瘴気が消えた?」
「今のは、聖導教会の祈りなのか?」
「いや、聖導教会なんて形式ばかりで何も変わらなかったろ」
「でも見たか?光で……本当に祓ってくれたんだぞ」
安堵と戸惑いの入り混じった声が広場を満たす。
「救われた」と涙する者もいれば、首を振って「まやかしだ」と吐き捨てる者もいた。
信頼と失望、そのどちらもが揺らぎながら重なり合う。
ジークが大きく息を吐き、頭をかきながら呟いた。
「そういやよく聞くけどよ、聖導教会ってのは何者なんだ?」
「聖導教会――光の術で瘴気を祓える者たちを束ねた組織だ。聖導士…聖女や聖人を守る騎士団がいて、さらに彼らを取りまとめる高位の者たちがいる」
ダリオスが答える。その声音はいつも通り冷静だった。
「……まあ、瘴気を祓う力で人々の信仰を集める団体でもあるがな。瘴気対策に必死で、祈りによる浄化も行っている。だが根本的な解決には至っていない」
「要するに、万能じゃないってことか」
ジークが鼻を鳴らす。
そのやり取りを横で聞きながら、フィオナがふと地面に目を留めた。
転がる首飾り。相当古いものなのか、鎖は黒ずんでいるがなお鈍い輝きが残っている。
フィオナがそっと拾い上げた瞬間――。
一瞬だけ、柔らかな光がほとばしった。残っていた瘴気が、わずかに後退する。
その光は祈りのように温かかったが、すぐに掻き消えるように消え去った。
「……今のは?」
フィオナが小さく息を呑む。
ダリオスがすぐに歩み寄り、彼女の手から首飾りを受け取った。
「危険だ。瘴気を呼び寄せていたものだ、長く触れるな」
そう言いながらも、ダリオスの瞳にもわずかな戸惑いが宿っていた。
ぼんやりとその様子を見ていたアレンが視線を上げると、灰がかった茜色の空が広がっていた。
厚い雲の裂け目から、一瞬だけ澄んだ夕焼けが覗く。
まるで遠い希望を垣間見せるかのように。
だが次の瞬間、瘴気の雲がその光を覆い隠した。
残されたのは、再び沈むような陰りだった。
アレンは空を見上げる。胸の奥に、晴れぬざわつきだけが残っていた。




