第3話 光と剣
突如、視界を覆う黒い影が迫った。
アレンは息を呑み、剣を抜いて振る。
金属の軋む音も、血の飛沫もない。ただ、裂かれた獣影から瘴気が噴き出し、空気をさらに濁らせるだけだった。
「瘴気……!」
刹那、背後から光が差し込んだ。
フィオナの祈りが剣の軌跡に重なり、黒い影はようやく塵となって霧散した。
「……やっぱり、あの光がないと」
吐き捨てるように呟いた瞬間、左右から別の瘴気魔獣が牙を剥いて飛びかかってきた。
「おらァ!こっちだ!」
咆哮のような声が戦場を震わせた。ジークだ。
剣を振るい、わざと大声で挑発して群れを引きつけていた。
魔獣の巨体を叩き伏せ、その勢いのまま群れを押し返す。
ジークの背中は揺るぎなく、まるで群衆の盾のように広場の前線に立ち続けていた。
後方では、ダリオスの詠唱が低く響く。
水の気配が集まり、青白い結界となって逃げ遅れた人々を包み込む。
瘴気の波がぶつかるたびに結界がきしむ。それでもダリオスの集中は揺らがない。
「ジーク、上だ!」
ダリオスの警告に、ジークが反応した。
既に詠唱は終わっている。風が渦を巻き、鋭い刃となって飛ぶ。
翼を持つ魔獣が絶叫とともに撃ち落とされ、地に叩きつけられた。
ジークは肩で息をしながらも、口角を吊り上げて吠える。
「まだまだだぞ!」
そうだ、自分は1人じゃない。アレンもまた、次の瘴気魔獣を切り捨てる。
その姿に、群衆の中で正気を保っていた者たちはわずかに希望の色を取り戻す――だが、すぐにそれもかき消された。
――きりがない。
倒しても倒しても、影は湧き出す。
祈祷師の声に呼応するように瘴気は濃くなり、魔獣の数は減るどころか増していく。
「クソッ、いつまでやっても同じだ!」
ジークの叫びが広場を震わせた。アレンも同じ思いだった。
剣は届く、だが終わらない。これではただの消耗戦だ。
群衆はなおも祈り続け、涙を流して跪き、魔獣の影に呑まれていく。
それを救うはずの自分たちは、ただ必死に押し留めているだけ――。
「源を断つしかない!」
ダリオスの声が鋭く響いた。視線の先には、黒衣の祈祷師。
掲げた首飾りは尚も黒く脈動し、狂気を孕んだ声が広場に響き渡る。
「お前たちの光は偽物だ!竜こそ真の救い!」
叫びとともに瘴気の奔流が揺らめき、影がまたひとつ形を結ぶ。
アレンは剣を握り直す。
「……あいつを止める!」
ダリオスの指示を受けて、アレンは祈祷師に向かって一歩踏み出す。
すぐ背後に気配を感じる。振り向かなくてもわかる、フィオナだ。
彼女の光がなければ、この剣は意味を持たない。
「次!」
叫びながらアレンは剣を振り下ろす。
斬撃が影を裂き、そこにフィオナの祈りが重なった。
柔らかな光が剣閃に溶け、黒い影は苦悶の声を上げて消えていく。
「はい!」
フィオナの声は震えている。けれど迷いはない。
背中合わせで戦う二人の呼吸は、次第にひとつに重なっていった。
だが祈祷師は狂気の笑みを崩さない。
祈りは続き、群衆の声に瘴気はさらに濃くなる。
泥沼だった。
光と剣で浄化できても、その先からさらに影が生まれる。
広場全体が、破滅に沈む泥に足を取られていくようだった。
「……近づけない…!」
アレンは唇を噛む。
――祈祷を止めるしかない。
祈りの源を断ち切らなければ、誰も救えない。
それはわかっているのに、祈祷師との距離を詰められず歯がゆい。
アレンは深く息を吐くと、剣を構え直した。




