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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第4章 狂信の祈祷
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第2話 幹部の狂信

 祈祷師は首飾りを高々と頭上に掲げた。


「我らは救済の環!竜は苦しんでいる!だから我らが祈りで導くのだ!」


 絶叫は空気を震わせ、石畳に反響した。

 声は人間のものとは思えないほどに濁り、ひび割れている。

 低い呻きと甲高い笑い声が混ざり合い、耳を刺した。


 祈りの言葉に並ぶのは「救済」「導き」「安らぎ」といった響き――けれどその裏で、街を覆うのは安らぎではなく瘴気の渦だった。


 仮面の奥からこぼれる笑いは、祈りと同じだけ長く尾を引く。

 風もないのに黒衣が膨らみ、影が地を這うように伸びていく。

 掲げられた首飾りが脈動するたびに、空は黒ずみ、広場に冷気が満ちていった。


「……なんだ、これは」


 アレンの喉が乾いた。祈りというより呪詛だった。

 瘴気の波は街の隅々まで広がっていく。鼻に錆びた鉄の匂いが刺さった。


 やがて群衆の中から、ひとり、ふたりと膝をつく者が現れた。


「竜よ……どうか、どうか……」


 涙を流しながら額を石畳に押し付ける。

 恐怖に怯えていた顔が、次の瞬間には恍惚に染まっていた。


「違う……逃げろ!」


 誰かが叫ぶが、その声はすぐに祈りの合唱にかき消される。

 恐怖で後ずさっていた者も、瘴気の圧に押されるように耳を塞ぎながら膝をついてしまう。

 幼子を抱えた母が震える声で「救ってください……」と呟いた時、その子の口からも無邪気な祈りが漏れた。


「ありがたや……ありがたや……」

「竜よ……導き給え……」


 救済を叫ぶ声と、同時に響く魔獣の咆哮。

 異質な二つの音が混ざり、広場は地獄と化していた。


「救済の環……やはり碌でもない連中だ」


 ダリオスが唇を結び、低く呟いた。


 アレンの胸を焦燥が締めつける。

 剣を抜けば、群衆を傷つけてしまう。

 だがこのままでは人々は祈りに呑まれ、瘴気に沈むしかない。


 救うどころか、破滅しかない。

 自分の手では守れない――その思いが喉を灼き、動けない苛立ちとなって膝に重くのしかかる。


 視界の端で、フィオナが震える手で自分の胸元をぎゅっと掴んだ。

 怯え、涙が滲んでいる。けれどその瞳には「助けたい」という願いも確かにあった。


「……導く?どう見てもぶっ壊してるだろ!」


 ジークが吐き捨てるように叫んだ。

 その声は鋭く、祈祷師の声をも切り裂くかのようだった。


 ダリオスは冷静に状況を見極める。


「これは祈祷などではない。瘴気を集め、街全体を侵食している……」


 声に怒りはない。だが、断言の響きは重かった。

 その言葉を裏付けるように、祈祷師の周囲で瘴気が濃く渦巻き、獣の影が増えていった。

 牙を剥く犬の群れ、羽ばたく黒い翼、のたうつ触手――形を持った恐怖が次々と生み落とされる。


 群衆はなおも祈りをやめない。

 祈りが強まるほどに瘴気は濃くなり、魔獣の影は増殖していった。


「救い……救いを……」

「竜よ、導き給え……」


 誰も彼もが正気を手放し、崩れ落ちる。

 祈りの合唱は、破滅を呼ぶ呪詛そのものだった。


 アレンは息を呑み、剣の柄を握りしめた。

 人々を守りながら戦わなければならない。

 ……けれど、このままでは。


 広場はもう臨界に達していた。

 瘴気の奔流がうねり、瘴気魔獣が次々に生まれ落ちる。

 救済の環がもたらしたのは、救いではなく破滅――それはもはや誰の目にも明らかだった。

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