第1話 教団の襲撃
街に近づくにつれ、石畳の幅は広がり、行き交う商隊の轍が幾筋も刻まれていた。
だが、この時間にしては、人影が妙に少ない。
普段なら荷を積んだ馬車や旅人で賑わっているはずだと、ダリオスが眉をひそめる。
「妙だな……これほど静まり返っているとは」
ジークも首をかしげ、肩をすくめる。
「祭りでもやってんのかと思ったけど……気味が悪ぃ」
その軽口すら、街道に漂う重苦しさを晴らすことはなかった。
風が止まり、耳に届くのは自分たちの足音ばかり。フィオナは落ち着かない様子で、裾を握りしめる。
その時だった。遠くから、地鳴りのようなざわめきが近づいてきた。
叫び声、足音、押し殺した嗚咽――。
アレンは足を止め、剣の柄に手をかける。
「……人が、こっちに向かってくる」
街道を進む一行の前に、異様な光景が広がっていた。
こちらへ向かって押し寄せる人波。荷車を放り出し、手に手にわずかな荷を抱えて逃げる人々。泣き叫ぶ子を抱えた母親、腰の曲がった老人を背負う青年、倒れかけた者を引きずる者――混乱は極まっていた。
悲鳴と砂煙、汗と恐怖の匂いが、街道を満たしていく。
「なっ……!?」
アレンは思わず剣から手を放した。アルデンで見た混乱など、これに比べれば小さなさざ波にすぎなかった。
あまりに多くの人間が一度に押し寄せ、泣き叫び、ぶつかり合っている。剣を握っていても、ここでは何の役にも立たない。――その事実が、胸を締めつけた。
「街が……もう駄目だ!逃げろ、瘴気に呑まれるぞ!」
「馬鹿言うな、あれは聖なる祈祷だ!立ち止まって祈れば救われる!」
叫びがぶつかり合い、混乱はさらに増していく。
街に戻ろうとする人、その人を無理やり引っ張って街から離れようとする人。
両者の争いは涙と罵声にまみれ、阿鼻叫喚だった。
「落ち着け!何があった!」
ジークが怒鳴るが、誰も答えようとしない。
ただ必死に、自分の信じるものを抱えたまま走り抜けていくだけだった。
その様子に、フィオナが、そっとアレンの袖を掴んだ。
小さな手の震えが、腕越しに伝わってくる。
「……エリオスは、商人も旅人も集まる大きな街のはずだが」
ダリオスの声は険しく、低く沈んでいた。
群衆の流れに逆らってかき分けながら進むと、やがて街の輪郭が見えてきた。だが、そこに広がっていたのは繁栄ではなく、異様な闇だった。
街の中央広場――石畳の上に立つ影。
黒衣で全身を覆い、仮面をつけた祈祷師。その両手には首飾りが掲げられ、かすかな光が脈打つたびに黒いもやが渦を巻き、空気を濁らせていく。
「救済の竜よ……苦しみを超え、我らを導き給え……」
低く震える声が、瘴気に共鳴するかのように響き渡った。
瞬間、地の底から呻き声が這い出る。
もやの中から、四足の獣影がのたうつように姿を現した。牙を剥き、目は血のように濁り、石畳を爪でえぐる。
さらに空には黒い翼の影が舞い上がり、甲高い鳴き声が響いた。
アレンは直感的に息を詰めた。
姿を見ただけで、理屈抜きに“嫌だ”と感じる。瘴気よりも冷たいものが、あの祈祷師から漂っていた。
「瘴気魔獣が……!」
フィオナが息を呑む。
広場を囲む人々の反応は二分された。
ある者は涙ながらに膝をつき、祈祷師に両手を伸ばして叫ぶ。
「ありがたや……竜よ……救いを……!」
別の者は顔を青ざめさせ、子を抱いて逃げ出す。
「違う!あれは災厄だ、あの者は狂ってる!」
そんな光景を目にしたジークは、唇を歪めて吐き捨てた。
「おいおい、何が救済だ!あれじゃ瘴気をまき散らしてるだけだろ!」
人々の悲鳴と祈り、瘴気にまみれた咆哮が、混沌となってエリオスの広場を覆っていた。




