第6話 残された疑念
ジークがドカッと石に腰を下ろし、荒い息を吐いた。
ダリオスは黙って剣を背に収める。その所作には、なお気を緩めぬ鋭さが宿っていた。
アレンは壁にもたれ、腕を組んだまま目を伏せる。胸の奥に、あの戦いの残滓がまだ燻っている。
隣でフィオナが同じく壁に背を預け、腰を下ろして、杖を抱えたまま静かに息を整えていた。
しばしの沈黙のあと、アレンが口を開く。
「……灰色の目の男。俺たちを殺す気はなかった気がする」
即座にジークが吐き捨てる。
「甘ぇこと言うな。敵は敵だ」
「けど――」アレンは顔を上げ、真っ直ぐに言った。
「フィオナを助けたのは事実だ」
あのナイフは、確かに魔獣を狙っていた。誰一人として気配に気づけなかった中、あの一撃だけが魔獣からフィオナを守った。
「……あの目、少し寂しそうだった」
フィオナが小さく呟く。その瞳にはまだ光の余韻が残っていた。
「お前ら……俺はあいつに蹴っ飛ばされたんだぞ!?」
ジークは納得がいかないのか、憤りを隠さない。
だが、その怒声すら長くは続かなかった。闇に沈む遺跡の空気が、言葉を呑み込むように重く静まり返る。
やがて、ダリオスが低く呟いた。
「“環”……ついに奴らが遺跡にまで手を伸ばしてきたか」
深く刻まれた眉間の皺は、彼の警戒と嫌悪を物語っている。
「祓う……救う……どちらが真実なのかな」
フィオナは膝の上で手を組み、祈るように囁く。
アレンはその横顔を見つめ、続けて剣の柄を握ると少しだけ鞘から引き出して見下ろした。
冷たい銀の刃が、ただ彼の顔を映し返すだけだ。
「……答えは、ここじゃなくて……俺たちの旅の先にある」
口にしてから、ほんの僅かに苦笑が漏れる。
問いかけても、剣が返事をするはずはない。
それでも、握った重みだけが確かにここにある。
言葉が闇に落ちると、静寂が戻った。
だがそれぞれの胸には、灰色の瞳の残像が、闇に溶けずに沈んでいた。