表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第3章 遺跡の真実
18/21

第5話 碑文の光

 崩れた石畳を踏みしめ、刃が火花を散らす。

 双短剣と魔法剣――互いの軌跡が閃光のように交差し、遺跡の闇を一瞬ずつ照らしては消える。


「……ッ!」


 刃と刃が擦れ合い、耳をつんざく音が響いた。男の身のこなしは影のように速く、踏み込みの一撃が鋭い。アレンも負けじと魔力を剣に込め、衝撃を押し返す。


「綺麗ごとばかりじゃ、何も守れないんだよ。……お前の大事な仲間だってな」


 男の声はひどく冷めていた。その刹那、灰色の瞳が冷酷に細められ、指先からナイフが放たれる。狙いは杖を構えるフィオナ。


「しまった!」


 ダリオスはアレンを援護するため一瞬、彼女の傍を離れていた。その隙を突かれたのだ。


「フィオナ!」


 アレンは叫ぶ。足に魔力を集中し、風を裂く勢いで駆ける。間に合え――!

 そのままフィオナを抱きかかえ、床へ倒れ込む。


「きゃっ……!」


 その拍子に、フィオナの紡いでいた光魔法が暴発する。掌からあふれた白銀の輝きが、奔流となって周囲に広がった。

 遺跡全体が淡い光に包まれ、一瞬だけ澄んだ空気が広がる。瘴気のざらつきが消え、胸いっぱいに吸い込める清浄さが訪れた。

 それと同時に、耳をつんざく断末魔。


 アレンが顔を上げると、フィオナの背後に潜んでいた瘴気の魔獣が、崩れ落ちていくところだった。胸には先ほど男が投げたナイフが突き刺さっている。決定打となったのは、間違いなく光だった。だが、あのナイフも事実として残る。


 さらに――。

 碑文が、まるで呼吸するように脈打ち始めた。

 欠けていた文字の隙間から白銀の光が溢れ出し、失われた言葉を形づくる。

 それはただの修復ではなかった。古より眠る意志が目を覚まし、人に語りかけているかのような――。


「……“竜を祓う光”……」


 ダリオスが低く呟いた。


 男の瞳が揺らぐ。冷めた灰色に、不意の動揺が走る。


「……違う。環は“救う光”だと……」

「どう解釈しようと事実はひとつ。竜は禍だ」


 ダリオスは迷いなく断言する。その声音には長年の確信があった。


 アレンはゆっくり立ち上がり、剣を握り直した。フィオナを庇うように前に出る。


「今のを見ただろ。光は、瘴気も祓えるんだ」


 男は顔をそらし、舌打ちする。


「……勘違いすんなよ。こんな光じゃ、人は救えねぇ」


 その声は冷たく響いたが、わずかに震えていた。


「竜だけが……俺たちを救えるんだ。俺の故郷も、もし竜がいれば……」


 言葉は途切れ、苦笑が漏れる。


「……はは、俺は何言ってんだか。忘れろ」


 その表情は、冷徹な刃を操る男のものではなかった。揺らぎと後悔の影が、確かに滲んでいた。

 やがて彼は双短剣を翻し、背を向ける。


「俺は“環”を信じる。それだけだ……今日は退いてやる。だが次は、容赦しねぇ」


 強がりを吐き捨て、煙のように闇へと溶けて消えた。

 静寂が戻る。石壁に残る淡い光が、まだかすかに揺らめいている。


「……あの人、泣きそうな顔をしてた」


 座り込んだまま男のいた場所を見つめ、フィオナが呟いた。


「いや、ただの狂信者だろ」


 ジークが吐き捨てるように言う。だがその眉間には険しさとわずかな迷いが浮かんでいた。

 ダリオスは何も言わず、剣の柄を握り直す。その横顔もまた、固い決意と複雑な影を宿していた。


 アレンはフィオナの手を取り、ゆっくりと立たせる。その間も、胸の奥にしつこく残る揺らぎを振り払えない。

 あの男もまた、失ったのだろう。

 ――他人事のはずなのに、灰色の瞳に宿った影は、胸に焼きついて離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ