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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第2章 小さな希望
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第3話 食堂の娘

 広場が落ち着きを取り戻した頃、アレンは多くの人々に瘴気魔獣を倒したことを感謝された。

 口々に「ありがとう!」「助かったよ!」と声をかけてくる。

 アレンは少しうつむき、言葉に詰まった。――さっきは家を焦がし、危うく巻き込むところだったのに。


「……別に、俺ひとりの力じゃない」


 そう答えるが、胸の奥では小さな温かさが芽生えていた。


「はっ、素直に“やったぜ”って言やいいのに」


 ジークがにやついて肩を小突く。

 アレンはわずかに口を開きかけ、言葉が出ずに閉じる。なんとも言えない表情のまま顔をそむけた。


「だが事実、最後の一撃はお前の剣だった。誇っていい」


 ダリオスの静かな言葉が温もりに拍車をかける。


 アレンは答えず、眉を寄せるでもなく緩めるでもなく、複雑な表情を浮かべた。

 それでも心の奥に、確かに熱が灯ったのを自覚していた。


 後は任せてほしい、と衛兵や街の人たちに言われたので、後片付けは彼らに任せ、フィオナの案内で彼女の家へ向かう。


 昼前に街に帰ってきたフィオナは、休む間もなくこの騒ぎに巻き込まれたようだった。


「馬車を降りたら、もう人が逃げてきて……」


 それで、広場の方から戦闘音が聞こえて人が走ってくるものだから、広場に向かったらしい。

 フィオナは早朝に乗合馬車でセレナ村を出たそうだ。


「一般人なら一日がかりの道のりだ。俺たちは、一晩で済んだが」

「たしかに、馬車なら半日だぜ」


 ダリオスとジークが納得したように言った。


 *


 フィオナの家は、木造の小さな食堂だった。外観は年季が入っているが、扉を開ければ光が差し込み、清潔に磨かれた床に温かい匂いが漂っている。

 昼時だというのに客はまばらで、壁には常連客が残した落書きが貼られていた。そこには「フィオナのご飯で元気百倍!」と達筆ともつかぬ文字が踊っている。


「おかえり、フィオナ!すごい音がしてたけど、大丈夫かい?」


 奥から母親らしき女性が駆け寄り、フィオナの肩を両手で掴んで怪我がないか確かめる。


「ただいま。大丈夫、この人たちが魔獣を倒してくれたの」

「街中に魔獣が……なんてことだい。あなたたち、本当にありがとう」


 母親が奥に向かって声を張った。「あなた、ちょっと来ておくれ!」

 現れたのは、筋肉質で日焼けした大工風の男。フィオナの父親だろう。


「おかえり」


 短く言って大きな手で娘の頭をくしゃりと撫でる。乱暴そうだが、フィオナは嬉しそうに「ただいま」と返した。


「瘴気魔獣を倒せたのは、彼女のおかげだ」


 ダリオスの言葉に、母親は目を丸くした。


「フィオナ……まさか危ない場所に行ったの?」

「……ごめん」


 フィオナは視線を落とす。


「無理をしないでおくれ。あなたに何かあったら……」


 母親の声は震えていた。


 空気を和ませるように、ジークが「なあ、腹減ったな!」と笑うと、両親は「ぜひ食べていってほしい」と椅子を勧めてきた。


 木の卓に並んだのは湯気を立てる野菜スープと、香ばしい黒パン、そして旅人には珍しい焼き肉だった。

 スープを口にすると、不思議と体の疲れがほどけていく。パンは固いが噛むほどに香りが広がり、肉は柔らかくジューシーだ。


「……うまい」


 アレンは思わず呟いていた。フィオナの母親が柔らかく笑い、父親が無言で頷く。


「お水、持ってくるね」


 そう言ってフィオナが奥に下がると、食堂には一瞬静けさが落ちた。

 母親が視線を落とし、小さく息をつく。


「瘴気の中で生きるには、この子の光は小さな希望なんです」


 母親が静かに言う。

 父親も腕を組み、短く頷いた。


「この子は特別なんかじゃねぇ。ただ、人の役に立ちたいってだけさ」


 その言葉を噛み締めるようにスープを飲んでいると、フィオナが人数分の水を持って戻ってくる。

 母親がふと思い出したように口を開いた。


「そういえば……近くの村に、小さな教会があったのを覚えてるかい?あそこも瘴気に呑まれて廃墟になったけど、まだ祈り絵が残ってるかもしれないよ」

「祈り絵?」


 アレンが顔を上げる。


「光を纏った戦士が、黒い竜を退ける絵さ。子どもの頃、よくフィオナに話して聞かせたもんだよ。あの村はもう無いけど……あの教会だけは、まだ立っているはずさ」


 アレンたちは互いに視線を交わした。瘴気と光にまつわる伝承。確かめる価値はありそうだ。

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