反転する時計台
この街の古い時計台に行こうと思ったのは、お姉ちゃんと喧嘩したからだ。
きっかけは些細なことだったけど、普段の不満が爆発してしまい、勢いで家を飛び出した。
飛び出したはいいものの、近所の公園は真っ暗だし、お金もないからマックにも行けない。
そもそも補導されてしまうかも。
そんな不安に駆られた時、あの時計台を思い出した。
幼馴染のレオが毎日あそこで遊んでいるって親から聞いたことがある。
自然と、足はそこへ向かった。
時計台は大きくて、夜なことも相まって薄気味悪く感じた。普段だったら、絶対近づかない場所だ。
正面にドアがある。入ろうか迷っていると、突然、ギィと音を立ててドアが開いた。
「あれ、ミユじゃん」
「レオ!」
そこにいたのは、相変わらずトサカみたいな髪をした、レオだった。
「どしたん?なんでミユがここにいんの?」
レオは不思議そうに聞いてきた。
私は少し恥ずかしくなって、モジモジしながら事情を説明した。
「お姉ちゃんと喧嘩しちゃってさ。その勢いで家出したの」
レオは破顔した。
「ミユ、中々やるなぁ」
レオはちょっと身体を傾けて言った。
「おいで、面白いもの見せてやるよ」
レオの勢いにつられて部屋に入ると、簡素な机と椅子、そして砂時計机の上にあった。
一つの窓は大きくて、月光が部屋を優しく照らしている。
レオは今にもイタズラしそうな顔で言った。
「な、今から時間を逆転出来るって言ったらどうする?」
「え?」
「時間が巻き戻るんだよ。この部屋限定だけどな」
私は笑った。
「そんなわけないじゃん。何言っているの」
レオは少し、ムッとした顔で言った。
「本当なんだぜ。ちょっと見てろよ」
レオは机の上にあった砂時計を逆にした。砂が反対側に落ちていく。
「ほら、空を見て」
レオに促されて空を見ると、信じられない光景が写っていた。
星空が逆の図面を描き始めた。星たちの軌道は反転し、まるで空が巻き戻し映像のように蠢く。
時計台のゴーンという、大きな鐘の音が部屋に響いた。
窓から見た星空は、綺麗だった。
「ミユ、な、本当だったろ」
レオがそう言って、衒いのない笑みを浮かべた。
私は呆然として、しばらくしてからようやく口を開けた。
「レオはいつも、こんな素敵な景色を見ているの?」
するとレオははにかんだ笑みを見せた。
「ああ、毎晩見てる」
「いいなぁ」
つい、本音が口から溢れてしまった。そんな私にレオは、言った。
「また遊びにくるといいぜ。そんときは、また時間を逆転してやるから」
「そんなことをして、世界は壊れないの?」
レオは肩をすくめた。
「世界はミユが思っているより、ずっっっと丈夫なんだぜ」
そして優しく言った。
「元気でたか?」
「うん!」
私は大きく頷いて、レオを見た。レオは私の顔を見て、よし、と頷いた。
「好きなだけいていいけど、帰る時は鍵をしめてくれよな。それで時間が戻るから」
レオはそう言って、アンティーク調の鍵を渡した。
私はその鍵をそっと大事に握りしめた。
そして、レオと一緒に、星空が逆転するのを、いつまでも眺めていた。