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第4話 はじめての『もふもふオートアリーナ』

 ミミから託された、なけなしの労働チップ。その僅かな重みが、ずしりと俺の掌に現実を突きつけてくる。これは、単なる金属片ではない。俺たちの未来、生きるか死ぬかを賭けるための、文字通り最後の軍資金なのだ。失敗は許されない。いや、許されないというレベルではない。失敗すれば、俺たちは確実に「下」へ堕ちる。


「……行くぞ、ミミ」


「うん……!」


 俺はミミの手を一度強く握り、そして離した。彼女もまた、覚悟を決めた瞳で俺を見返してくる。俺たちは、深淵区のゲームセンターの隅にある、薄汚れた「換金所」へと向かった。


 カウンターの向こうには、死んだ魚のような目をした、これまた奴隷らしき男が座っていた。俺たちの姿を認めると、面倒くさそうに顎をしゃくる。


「……チップか?」


 俺は無言で、ミミから預かったチップと、自分が持っていた僅かなチップをカウンターに置いた。男はそれを無造作に掴むと、手元の古びた計量器のようなもので重さを量り、壁に貼られた今日のレート表と見比べて、いくつかのモフコインをカウンターに滑らせた。ジャラリ、と軽い金属音が響く。これが、この船の命運を左右する通貨。見た目は安っぽい合金のようだが、これがなければ水一杯すら満足に手に入らない。


「……これで全部だ。失せろ」


 男は吐き捨てるように言った。俺は黙ってコインをかき集め、布袋にしまう。その額【5モフコイン】は、おそらく高レートの卓で戦う連中が一瞬で賭ける額にも満たないだろう。だが、今の俺たちにとっては、これが出発点だ。


 換金所を後にし、俺たちは再びオートアリーナのコーナーへと向かった。先ほどよりも、心臓の鼓動が速くなっているのを感じる。これから、俺はこの船の(ことわり)――ギャンブルという名の生存競争――に、本格的に足を踏み入れるのだ。


 オートアリーナの対戦台は、古い酒場のテーブルのような形状をしていた。表面は傷だらけだが、中央には滑らかな黒い盤面があり、コインを投入するとそこが青白いホログラムで光り、ゲーム画面が投影される仕組みらしい。プレイヤー用の椅子も、硬い金属製のものが申し訳程度に設置されている。


 俺はまずルールを確認する。簡素なルールブックの冊子が無料で配布されていたので、それを読み込んだ。


「空いてる台、あそこにあるよ、ジンさん」


 ちょうど冊子を読み終えた頃、ミミが小声でそう教えてくれた。

 俺は頷き、その対戦台へと向かう。隣の台では、爬虫類系の獣人が舌なめずりをしながら盤面を睨みつけ、その向こうでは、人間の中年男が悪態をつきながら自分のホログラムもふモンに八つ当たりしている。まさに掃き溜めの縮図だ。


 俺は意を決して、硬い椅子に腰を下ろした。目の前の黒い盤面に触れると、微かな静電気が走る。隣には、ミミが心配そうに立って俺の手元を覗き込んでいる。彼女の存在が、唯一の心の支えだった。


「……よし」


 俺は深呼吸し、布袋からモフコインを1枚取り出し、台の投入口に入れた。ジャリン、という音が響き、黒い盤面が青白く発光する。目の前に、立体的なホログラムウィンドウがいくつも浮かび上がった。


『MOFUMOFU AUTO ARENA - Welcome Player 774 -』


 無機質なシステムメッセージ。そして、盤面、HP表示(初期値は6)、所持コイン、レベル、タイマーなどが次々と表示されていく。右手側には「ストア」、左手側には「シナジー一覧」といったボタンもある。ルール冊子で分かっていた通り複雑そうなゲームだが、やるしかない。


 俺は「対戦開始」のボタンに触れた。


『Matching Opponent...』


 表示が切り替わり、数秒間の沈黙。心臓が早鐘のように打つ。どんな相手が出てくるのか?


『Opponent Found! Player 812』


 ウィンドウに対戦相手の情報が表示される。名前ではなく、やはり奴隷番号だ。同時に、向かい側の少し離れた対戦台に座っていた、体格の良いオーク系の獣人がこちらを睨みつけてきた。どうやら彼がプレイヤー812らしい。その目は明らかに俺を格下と見ており、獰猛な笑みを浮かべている。


『Round 1 - Prepare Phase -』


 タイマーが作動し、準備フェーズが始まった。制限時間は30秒。盤面の下部に「ストア」ウィンドウが開き、5体の仮想もふモンがランダムに表示された。どれも☆1ランクで、コストは1コイン。名前と、小さなアイコンで種族とクラスが表示されている。


【フレイムパピー(ビースト/ファイター)☆1 コスト1】

【アクアスライム(スライム/メイジ)☆1 コスト1】

【ロックゴーレム(ゴーレム/タンク)☆1 コスト1】

【ウィンドフェザー(バード/アサシン)☆1 コスト1】

【ウッドフェアリー(フェアリー/サポーター)☆1 コスト1】


 どれが強い? どれを買えばいい? 全く分からない。シナジー? 種族? クラス? 情報量が多すぎて頭が追いつかない。タイマーは無情にも進んでいく。焦りながらも、ジンは直感で選ぶしかなかった。


「ええと……とりあえず、強そうなやつと、硬そうなやつ……?」


 俺は【フレイムパピー】と【ロックゴーレム】のアイコンに触れた。すると、ウィンドウからホログラムのもふモンが飛び出し、盤面下の「ベンチ」と呼ばれる控えスペースにちょこんと収まった。所持コインが2減る。


「あ、ミミ、何か気づいたことは?」


 俺は隣のミミに小声で尋ねる。


「う、うーんと……相手の人、なんか赤いマークのやつばっかり見てる気がする……」


 ミミが相手の視線を追って答える。赤いマーク……火属性か、あるいはファイタークラスか?


「なるほど……じゃあ、こっちは水か……硬いやつか……?」


 俺はさらに【アクアスライム】を購入し、ベンチへ。残り時間はあと僅か。配置はどうする?


『Prepare Phase End - Combat Phase Start -』


 非情なアナウンスと共に、配置フェーズへ移行する間もなく戦闘フェーズが始まってしまった。しまった、ベンチから盤面に配置するのを忘れていた! 俺の盤面には、何もいない。がら空きだ。


 相手の盤面には、☆1の【フレイムパピー(ビースト/ファイター)】と、【バーンリザード(レプタイル/ファイター)】が1体配置されている。【ファイター(3)】というファイターのもふモンを3体集めると発動するシナジーを狙っているらしい事が画面表示から分かる。ホログラムのもふモンたちが自動で動き出し、相手の3体が一直線に俺の陣地へと突撃してくる。当然、抵抗する者は誰もいない。


『Round 1 - DEFEAT -』


 あっけない表示と共に、俺のHPゲージが「6」から「5」へと減った。敗北するとHPが1減るらしい。なんとシンプルな……そして、猶予のないルールだ。


「……くそっ、配置する必要があるんだったな」


 俺は自分の下らないミスに悪態をついた。


「だ、大丈夫だよ、ジンさん! 次があるよ!」


 ミミが必死に励ましてくれるが、先行きは不安しかない。


『Round 2 - Prepare Phase -』


 再び準備フェーズ。今度はレベルが自動で上がらず、コインが基本値だけ補充される。ストアのラインナップが変わる。


【アイアンタートル(アクア/タンク)☆1 コスト1】

【リーフキャット(ビースト/アサシン)☆1 コスト1】

【スパークピクシー(スピリット/メイジ)☆1 コスト1】

【ゴーストウルフ(アンデッド/ファイター)☆1 コスト1】

【ロックゴーレム(ゴーレム/タンク)☆1 コスト1】


 お、さっき買ったロックゴーレムと同じやつがいる。確か、同じのを3体集めるとランクアップするんだったか? 俺は迷わずロックゴーレムを購入。これでベンチに☆1ロックゴーレムが2体。あと1体で☆2になるはずだ。それから、前衛が足りない気がしたので【アイアンタートル】も購入。今度は忘れずに、2体のタンクを盤面の前列に配置する。


「相手の人、今度は緑のマークのを見てるよ」ミミが囁く。緑……ビーストか、あるいは自然属性か?

 戦闘フェーズ開始。相手は【フレイムパピー】を☆2にランクアップさせ、さらに【リーフキャット】を加えて【ビースト(2)】シナジーを発動させていた。【ビースト(2)】シナジーは全体の攻撃力アップの効果だったか?


 俺のタンク2体は、相手の攻撃を懸命に受け止める。硬い。さすがタンクだ。しかし、相手の☆2フレイムパピーの攻撃は重く、徐々にHPが削られていく。こちらには攻撃役がいないため、相手のHPは全然減らない。


 やがて、アイアンタートルが倒れ、ロックゴーレムも集中攻撃を受けて破壊された。


『Round 2 - DEFEAT -』


 HPが「4」に減る。また負けた。だが、今回は少しだけ相手のHPを削れた(タンクを倒すのに時間がかかったからだ)。そして、タンクの耐久力と、攻撃役の必要性を学んだ。


『Round 3 - Prepare Phase -』

『Level Up! Max Units: 3』


 3ラウンド目終了時(実際には戦闘フェーズ開始前か?)、自動でレベルアップし、盤面に配置できるユニット数が3になった。これは大きい。ストアには、また【ロックゴーレム】が! これで☆2にランクアップできる! 俺は興奮しながらロックゴーレムを購入。ベンチの☆1ロックゴーレム3体が光り輝き、一回り大きく、よりゴツゴツした☆2ロックゴーレムへと進化した!


「おおっ!」


 思わず声が出る。☆2は見た目からして頼もしい。

 さらに、ストアには攻撃役として使えそうな【サンダーバード(バード/メイジ)☆1】がいたので購入。盤面には前列に☆2ロックゴーレムと☆1アイアンタートル、後列にサンダーバードを配置した。これでタンクとアタッカーが揃った。


「今度こそ……!」


 戦闘フェーズ開始。相手は【ビースト(2)】に加えて【ファイター(3)】も発動させていた。【ファイター(3)】効果で、相手のユニットすべての防御力が上昇する。肉弾戦に特化した構成なのだろう。


 ☆2ロックゴーレムはさすがに硬い! 相手の攻撃をがっちりと受け止める。その間に、後衛のサンダーバードがスキルを発動! 雷撃が相手の後衛にいた【リーフキャット】を直撃し、撃破!


「よしっ!」俺はガッツポーズした。初めて相手のもふモンを倒した。しかし、相手の☆2フレイムパピーと☆1バーンリザードは健在で、シナジーでパワーアップした集中攻撃を受けてロックゴーレムのHPも危うい。サンダーバードの次のスキル発動が間に合うか……!?


 だが、その前にロックゴーレムが倒された。アイアンタートルも集中攻撃で倒れ伏し、サンダーバードは前衛がいなくなったことであっという間にやられてしまう。


『Round 3 - DEFEAT -』


 HPは「3」。崖っぷちだ。あと3回負ければ終わり。☆2を作っても勝てないのか……。俺はこのゲームの厳しさを改めて痛感する。相手の構成、シナジー、配置、そして☆ランク……全てが噛み合わないと勝てない。


「ジンさん……」


 ミミが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「……大丈夫だ」


 俺は無理に笑顔を作った。


「まだ負けたわけじゃない」


 だが、内心は焦りでいっぱいだった。このままでは、ミミが託してくれた貴重なコインを失ってしまう。なんとかしなければ……。俺は次の準備フェーズで表示されたストアのラインナップを、これまで以上に真剣な目で睨みつけた。ここからが、本当の戦いだ――

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