第17話 リベンジに向けて
『Round 8 - VICTORY -』
《Player 774 (ジン) HP: 5 | Player 651 HP: 0》
《Match Winner: Player 774 (ジン)》
高レート卓での、初めての完全勝利。ホログラムウィンドウに映し出された『VICTORY』の文字は、低レート卓で見ていたものよりも、遥かに重く、そして輝いて見えた。
「やった……! やったね、ジンさん!」
俺の腕の中で、ミミがまだ興奮冷めやらぬ様子で歓声を上げる。彼女の体温と、喜びで弾む声が、俺の勝利の実感をさらに確かなものにしてくれた。
「ああ……! やったぞ、ミミ!」
俺も彼女を抱きしめ返し、込み上げる達成感を噛み締めた。数週間前、バルドに完膚なきまでに叩きのめされ、絶望の淵にいた俺たちが、こうして高レート卓で勝利を掴んだのだ。それは、奇跡なんかじゃない。俺たちの知恵と、ミミの観察眼、そして諦めなかった意志がもたらした、必然の結果だと思いたかった。
周囲の奴隷たちの視線も、明らかに変化していた。驚嘆、称賛、そして中には嫉妬や警戒の色も混じっている。だが、もう以前のような侮蔑や憐憫の視線はない。俺たちは、この「煉獄回廊」と呼ばれる場所で、確かに一つの結果を出したのだ。
対戦台から報酬として排出されたモフコインの額は、低レート卓とは比較にならないほど多かった。これだけのコインがあれば、しばらくは食料や水の心配はないだろう。だが、俺たちの目標は、単に生き延びることではない。
俺たちは対戦台を離れ、少しだけ人混みから離れた通路の隅で息をついた。アドレナリンが引き、どっと疲労感が押し寄せてくる。高レート卓での戦いは、精神的な消耗も激しい。
「……すごかったね、ジンさん。最後の構成、すごく強かった!」ミミが興奮気味に言う。
「ああ。☆2ユニットを揃えられたのが大きかったな。それに……」俺は思い出す。「あの[レア]のメイジ、ストーム・グリフィン。あいつがいなければ、危なかったかもしれない」
Round 7で偶然ストアに現れた、怪鳥型の獣のような姿をしたレアユニット。☆1でありながら、相手のアサシンをスキルで弾き返し、俺たちの勝利に大きく貢献してくれた。レアリティが高いユニットは、やはりそれだけの価値があるということか。
「でも、相手も強かった……」ミミが少し表情を曇らせる。
「ああ、その通りだ」俺は頷いた。「今回の勝利は、俺たちの戦略がハマったこと、そしてレアユニットを引けた運もあった。だが、常に上手くいくとは限らない。高レート卓には、もっと強い奴らがいるはずだ。そして何より……」
俺の脳裏に、あの男の顔が浮かぶ。鷹使い、バルド。
「バルドを倒さなければ、俺たちのリベンジは終わらない」
「……うん」
ミミも真剣な表情で頷く。
バルドの持つもふモンのスキル。おそらく、このもふもふオートアリーナにおいては、相手のストア情報と自身のリロール結果を事前察知する力――その絶対的な情報アドバンテージをどう打ち破るか? 俺たちが考案した「幻惑の盤面」戦略は、今回の相手には通用した。だが、バルドほどの相手に、同じ手が通用するだろうか?
「幻惑の盤面を、さらに磨き上げる必要があるな」
俺は呟いた。
「相手に情報を誤認させるためのフェイクの精度、本命構成への切り替えのタイミング……。それに、俺自身の基本的な実力も、もっと上げなければならない」
「私も、もっと頑張る!」
ミミが小さな拳を握る。
「相手の人の癖とか、鷹の動きとか、もっともっと注意して見るようにする! ジンさんの役に立てるように!」
「ああ、頼りにしてる」
俺はミミの頭を優しく撫でた。
そして、もう一つの大きな目標。
「本物のもふモン……か」
俺は呟いた。
バルドがグレイズファルコンを使っていたように、この船には、仮想ではないリアルなもふモンを使役するプレイヤーが存在する。噂では、この本物のもふモンがあって初めて、本格的に参加できるギャンブルの種目がいくつもあるそうだ。
この船で成り上がるためには、俺たちもいずれ、本物のもふモンを手に入れ、育て、共に戦う必要がある。そのためには、莫大なモフコインが必要になるはずだ。
「どうすれば、手に入るんだろうね……本物のもふモン……」
ミミが不安そうに言う。
「噂では、高レート卓の上位ランカーへの報酬や、特別な大会の景品になっているとか……あるいは、非合法な闇市で取引されているとか……」
俺は低レート卓で聞きかじった情報を口にする。
「どちらにせよ、まずはこの高レート卓で勝ち続け、コインと名声を手に入れることが第一歩だ」
俺たちは顔を見合わせ、改めて決意を固めた。目標は明確だ。
一、高レート卓で勝利を重ね、コインと実力を蓄える。
二、「幻惑の盤面」戦略を完成させ、バルドへのリベンジを果たす。
三、報酬で「本物のもふモン」を手に入れる。
道は険しい。だが、不可能ではないはずだ。
「よし、少し休憩したら、次の対戦相手を探そう」
俺は立ち上がった。
「仮想卓があれば戦略の練習もしたいところだが……そんな便利なもの、ここにあるとは思えないな」
「うん!」
ミミも元気よく頷く。
俺たちは再び、熱気と狂気が渦巻く「煉獄回廊」の中心部へと歩き出した。高レート卓での最初の勝利は、俺たちに確かな自信を与えてくれた。だが、それは同時に、この先の戦いがさらに厳しくなることをも示唆していた。
対戦台が並ぶエリアに差し掛かった時、ふと、見覚えのある気配を感じて足を止めた。柱の影、人混みから少し離れた場所に、銀髪の猫獣人の少女――以前、低レート卓で俺たちに声をかけてきた、あの少女が立っていた。彼女はこちらに気づいているのかいないのか、壁に寄りかかり、腕を組んで、どこか楽しむようにアリーナの戦いを眺めている。
彼女は一体何者なのだろうか? なぜ俺たちに接触してきたのか? バルドのことや高レート卓のことも知っていた。もしかしたら、彼女から何か情報を得られるかもしれない。だが、同時に、底知れない危険な匂いも感じさせた。今はまだ、深く関わるべきではないのかもしれない。
俺は少女から視線を外し、ミミと共に空いている対戦台を探す。今は目の前の戦いに集中すべきだ。バルドへのリベンジ、そして本物のもふモンを手に入れるその日まで、俺たちは勝ち続けなければならないのだから。
俺は新たな対戦相手を求め、再びホログラム盤面の前に座った。ミミも隣に立ち、真剣な眼差しで盤面を見つめている。俺たちの、この奈落での本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。