可哀想な婚約
「パーシル、今日も忙しいのね?」
「ああ」
「明日も明後日もでしょ?」
「……」
モニカはパーシルと婚約している。親達がモニカとパーシルを結婚させる事にしたからだ。
領地が隣で幼馴染。仲良しだ。だからモニカはそれでもいいと思った。
しかし、パーシルは納得していない。だから婚約は何とかしなくてはならなかった。
モニカはおしゃべりだ。しかも勝気。
だから両家の親を一同に集め、正直に事実を告げる事にした。
「私達の人生を契約書にしないで下さい」
親達は何を言われているのか分からないと言う顔をした。
「だから、政略関連の書類は別途交わして、子供を書類代わりにしないで下さいと言っているのです」
親についてきたパーシルが青い顔をしてオロオロしている。
「モニカ……」
「だってあなた、別に好きな人が居るじゃない。爵位も釣り合っているし、うちと同じくらい政略的にもうまみがあるわ。その事を話す前に婚約を決められて怒っているのでしょう?」
親達が一斉に息を呑んだ。
「パーシルが悪いんじゃありません。お父様達が婚約を解消する可能性を考えないで勝手に進めたのが悪いのです」
言われてしまえばその通りなのだが……
「しかし、貴族はそういうものだ。我々もそうだった」
父が言うと、他の親達も頷く。
貴族の婚約には親子のサインが必要だが、その多くは全て親が勝手にやってしまうし、王宮もそれを受け付けてしまうのだ。
「命の乗った契約なら破れないと言う考えは古いのです。今時は、婚約のリスクが話題に上がる事が多いのです」
「婚約のリスク?」
「そうです。私達は将来、美味しい所取りの結婚を最善に目指そうとしています」
「美味しい所取り?」
「ええ、夫婦の仲は円満な上に、政略的にもうまみがある相手との結婚です」
親達は絶句しているので、モニカはそのまま続ける。
「そんな虫の良い話はないっておっしゃりたいのかも知れませんが……私達が何故学園に通っているとお思いですか?社交の予行演習をしながら、お相手を探す為です。勉強だけなら家庭教師が教えてくれますでしょう?」
親の世代には学園は無かった。だから親達は黙っている。
「もし見つからなかったら両親を頼りましょうと言う話は当然あります。しかし最初から親の都合で結婚を決められる事は減っているのです。……お父様もお母様も入学式で学園長が話していらしたのをお忘れですか?」
入学式で、学園長である王弟が言ったのだ。
『親が子供の未来を決める時代は終わりました。子供を早く産むと女性の体は損なわれ、子も母も危険に晒されます。未熟で紳士が何たるか分からない男は婚約者を、そして結婚した末に妻子をないがしろにします。紳士になる為の時間、母たる資格を持つ為の時間をこの学園で子供達に与えてあげてください』
「あれは、そういう意味だったのか?」
「はい。多くの親世代が勘違いをしているので、学園長様自ら説明なさったのです」
「政略結婚が家同士の結びつきに対して有効だったのは十年以上前です。婚約破棄や浮気、不倫……誰もが不幸になり風紀が乱れるリスクが分かって、学園が設立されてからそう言う風に変わったのですが、お父様もおじ様も新聞を斜め読みして全て読まないでしょう?」
婚約発表や結婚の事は新聞によく出ている。婚約の年齢やそこからの結婚の時期も分かる。昔よりも年齢があがり、婚約期間が短くなっているのだが、彼らはそれを気にしていなかったのだ。
伝統通りの行いで問題はないと信じていた親は全員驚いて言葉も出ない。
「あなた方から爵位を譲り受ける身である私達が、決められた道を歩むだけでは先に進む他国に競争で負けてしまいます。だから私達は幸せをもらうのではなく、自ら手に入れる精神を学園で学んでいます」
信じたくない親達は、パーシルを縋る様に見たが……
「モニカの言う通りです。俺達は前時代的な婚約をさせられた可哀想な人達と言う目で見られています。……モニカが嫌だと言うより、その評価と選ぶ権利を奪われた事実に苦しんでいます」
珍しく長々と話したパーシルの言葉に親達は真っ白だ。風が吹いたら砂になって崩れそうである。
「もしかして……夜会で避けられているのは」
パーシルの母親が呟く。
「茶会のお誘いが減ったのは」
モニカの母親も呟く。モニカが母親達を見て頷くと、納得したのか酷く疲れた顔で俯いた。
父親二人も何か心当たりがあるのだろう。互いを見てから気まずそうに言う。
「この婚約は……見直そう」
「そうだな」
既に醜聞として貴族内部で拡がっていた「可哀想な婚約」は白紙撤回された。
『私達の時代はこの時期に婚約者の居ない者はおかしいと言われていた。その考えがどうしても抜けなくてな。……すまなかった。これからはちゃんと新聞を読むよ』
モニカの父は娘を大事にしている。この言葉でモニカは全てを許し、淑女らしからぬ行いで父親に抱き着いたのだった。
『あなたの笑顔が見られなくなったのを、淑女になったからだと思っていたの。ごめんなさい』
モニカの母親はそう言って涙した。
それから数日後、学園長である王弟が彼自身の結婚を発表した。
モニカ達は子爵家の子供だ。王族の結婚でモニカ達の話は消し飛んでしまったのだった。
「パーシル、間に合った?」
「うん」
「じゃあ、もう忙しくないね」
「ああ」
パーシルは一学年上の「おにあい」で「つりあい」の取れた令嬢を好いていた。
彼女が学園を卒業するまでに了承を得たかったのに、気づけば自分が婚約をしていた。毎日毎日、君だけだ。何とかする。そう言い続ける為に彼は一学年上の教室に通っていたのだ。
「俺は口下手だ。頼ってしまったな」
「いいのよ。私も自分に心を向けない人との結婚は嫌だもの」
「俺は……その……」
「分かってる。幼馴染の友達だって言うんでしょ?」
「ごめん」
モニカはパーシルなら別にいいかなと思っていたから拒まれた事に傷ついていた。パーシルはそれも分かる程度に付き合いが長い。だから謝ったのだ。
「謝らないでいつか感謝して。モニカのお陰で幸せだって」
「分かった」
「じゃあ、私も幸せを捕まえに行くわ!」
パーシルは呆れた顔をしてから笑った。
少し離れた場所に儚げな美女が立っていて、小さく頭を下げて来た。パーシルの彼女だ。モニカも彼女に小さく会釈をして歩き去る。
自分の心の傷を理由にパーシルを悪く思うのは簡単だった。しかしひたむきに彼女を想うパーシルは格好良くて……自分もそんな風に想い想われる相手を見つけたいと思ってしまったのだ。
(どこかにきっといる筈。私も格好良くならなきゃ)
青空を見上げてモニカは決意を新たにした。
その後……彼女は学園で格好いい自分を磨く事に集中し、浮いた話が無いままマナー(格好いいポーズの練習で体幹がしっかりした)や清書作業(格好いい文字の練習が功を奏した)で高成績を収めて卒業した。
親は縁談を探そうとしたがモニカは断った。学校で親しくなった公爵令嬢が彼女の腕を見込み、侍女として公爵家に勤めないかと誘ってくれたからだ。
そこで四歳年上の執事と舌戦バトルを繰り広げて喧嘩ップル目前になったのだが、無口でモニカの放っておけないタイプの護衛騎士が公爵家に雇われた事で事態が急変する。
公爵一家も使用人も、リアルトライアングル劇場の行く末を手に汗握って見守る事になるのだが……学生のモニカは知る由もなかったのだった。
モニカのお相手は内緒です。
誤字脱字等の修正は行いますが、内容は変わりませんのでよろしくお願いします。
読んでいただいてありがとうございました。