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陽菜×風邪

──喉痛いなぁ。

──声が出にくいかも。

──仕事やばいなぁ。

──でも、熱ないから行かないと……。


「あっ、陽菜先輩、おはようございま〜す」


「おはよう」


「あれ? 陽菜先輩、風邪ですか? 声、変ですよ」


──わかってるよ。声変なの。だから声出ないんだってば。


 病棟に着いてからも会う人会う人全員に言われた。


「あれ? 陽菜ちゃん。風邪? 熱は?」


「熱はなかったんです。ってか、熱あったらこの病棟入っちゃダメじゃないですか」


「陽菜ちゃん、診察しよう。坂倉さん、陽菜ちゃん診察連れてくよ」


「よろしくお願いします。なんなら早退も大丈夫です。人員オッケーなので」


「了解。それじゃあ、陽菜ちゃん、行こうか」


 この病棟は、一般病棟のように処置室とかあるわけではない。どこに行くのかと思っていたら、まさかの医局。逃げ場所がない。いやいや、逃げないけどね。医者だらけの中で。


「陽菜ちゃん、ここ座って」


 そう言われて腰掛けると、診察に必要なものが全て揃っていた。


「聴診するね。ちょっとごめんね」


 白衣を少しだけまくると、藤堂先生は下からこそっと聴診器を入れ聴診する。いつも以上に真剣な藤堂先生の顔を見つめていた。


「音は良いね。喉見るよ。はい、いいよ」


「ありがとうございます」


「大丈夫。無理して話さなくて良いの。喉痛いでしょ」


 うん。そっと頷く。

 

「それじゃあ、この後だけど、一緒に帰ろうか」


「えっ?」


「はいはい、喋らない。当直明けだから、もう帰れるんだ。送ってくから着替えておいで。坂倉さんから許可もらってるから。早退することは伝えておくし、心配いらないよ」


「よろしくお願いします」


「大丈夫。はいはい、喋らない喋らない。着替えたら駐車場においで」


 うん。と頷いて医局を後にすると更衣室へ向かった。この時はまだ、藤堂先生がお薬を処方して、持ってきてくれるなんて想像していなかった。あの場で薬と言われたら、私が取りに行くのは明白だから、きっと言わなかったんだろう。藤堂先生の気遣いに感謝しかない。


「さあ、帰ろうね」


 そう言いながら、何故か嬉しそうにハンドルを握る藤堂先生がいた。



 その頃、NICUのナースステーションでは。


「へぷしっ! あ〜、俺も風邪かもしれないですね」


 敏腕ナースさとるんこと、悟は近くにいた弥生先輩に話し掛けた。


「あんたのはどこかで噂話でもされてるんでしょ」


 その言葉に嬉しがる悟。


「参ったなぁ。いったいどこの誰がどんな噂してるんですかね?」


「どうせろくなことじゃないでしょ。ほら、手止まってるわよ。敏腕ナースさん」


 がんばれ、敏腕ナースさとるん。

 負けるな、敏腕ナースさとるん。


「へぷしっ!」


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