陽菜×真悠子先輩
看護記録の記入を進めていると、内線の電話が鳴り響いた。近くにいたので受話器をとった。
「周産期医療センターNICUの矢崎です」
「陽菜ちゃん、泌尿器科の春海です」
同じ大学で仲良くしていた先輩の春海真悠子先輩で、こうして内線で連絡してくるのは珍しいことではないので驚きはしなくなったが、はじめの頃は私用電話にドキドキした頃が懐かしい。
「真悠子先輩、どうしたんですか?」
「渡したいものあって帰りに泌尿器科のナースステーションに寄ってくれないかな」
「大丈夫です。渡したいものってなんですか?」
「それはお楽しみで」
「わかりました。遅れるようなら連絡しますね」
「うん、了解」
何やら嫌な予感もしないではないけど、真悠子先輩に会うのも久しぶりなので楽しみの方が大きかった。定時まであと少し頑張ろう。
「どうかしたのか?」
受話器を置いた私に、同期の前田君が声をかけてくる。
「真悠子先輩が、あがってからで良いから泌尿器科のナースステーションに来てって」
「嫌な予感しかないんだけど、気のせいか?」
「いや、私もさっき同じこと思ったもん」
「まぁ、頑張れよ」
「一緒に来てくれてもいいんだよ」
「いやいや、巻き添えくらいたくないから遠慮しておく」
「同期じゃん、前田君だって真悠子先輩知ってるじゃん」
ダメ元で食い下がってみるも前田君の意思は固く
「呼ばれたのは陽菜だ。ひとりで行ってこい」
「わかった」
「明日の報告楽しみにしてるな!」
何やら楽しそうにこの場を去っていく前田君の後ろ姿を睨みつけてみるものの気づかれるはずもなく扉の向こうへ行ってしまった。