【回想②】中庭×桜
白川さんの担当になって10日程経った頃、ふと窓から中庭を見ると、白川さんといつも病室に来ている男性がふたりで桜の木を見上げていた。
「私、これが誰かと見る最後の桜になるんだね」
分かっていたじゃないか。
優愛の呟きにどう応えてあげたら良いのだろう。
「それが悠仁で、私は本当に幸せ者だね」
何で……どうして笑っていられるんだよ。なぁ、優愛。
余命宣告を受けてからの優愛は、一段と笑顔が増えたと思う。
桜の花を見つめていた優愛が真剣な表情になり俺を見つめて語りかけた。
「あなたの思い出の中の私を、全部笑顔にしたかったんだけど。ごめん……これで最後にするから。もう泣かないって約束するから。だから、今日だけ……泣かせて。死にたくないよ! やっぱり怖いよ!」
はじめて優愛が俺の前で泣き崩れた。今の俺に出来ることは、ただ優愛の気の済むまで泣かせてあげることと、優しく抱きしめてやるくらいしかない。何か言葉をかけても薄っぺらく感じるからだ。
「ありがとう。悠仁」
「優愛」
そして訪れる。その時──
静かな病室に生命維持装置の音だけが響く。暫くして生命維持装置の波形がなだらかになった。
医療スタッフは病室の端に寄り、ご家族がベッドサイドに集まりそれぞれ声をかける。いつも寄り添っていた彼も優愛さんの右手を取り優しく語り掛けた。
「ぬくもりで安心出来るように、手を繋いでおくよ優愛」
「優愛が不安にならないように笑顔でいるって約束する」
「優愛はいつも俺の心にいるから。また一緒に、あの桜を見に行こうな」
彼は最後に彼女にキスをして、白川さんは静かに旅立った。
その翌日、私は配属先となる周産期医療センターのNICUへ異動となった。
今でも桜を見ると、ふと思い出すあのふたりの光景に、私は寄り添ってあげることができたのだろうかと自問自答を繰り返す。初心を忘れずにこれからも看護の道を歩んで行こうと桜の花に誓う。その時、1枚の花びらがヒラヒラと舞い落ちた。