陽菜×厄介③
渡辺さんに断りを入れて、鞄からスマホを取り出す。液晶画面を見ると、藤堂先生の名前が表示されている。
「すみません。席を外しますね」
通話ボタンを押し鞄を持って席を外した。
「もしもし藤堂先生。ありがとうございます。助かりました」
「どうしたの? 困ってるなら助けに行こうか?」
「えっ、先生帰ったんじゃないんですか?」
「心配だったから、陽菜ちゃんからメッセージもらったら帰ろかと思って近くにいたんだよ。良かったら行こうか?」
藤堂先生に、今置かれている状況を伝え、帰りたいのに頼み事を聞いてくれるまでは帰さないオーラ出されて困ってる事を伝えた。
「今、どこにいるの?」
「ナースステーションで話題に上がっていたカフェです」
「あ〜、あそこね。わかった。10分待ってて。すぐに行くから」
「えっ、本当に良いんですか?」
「もちろん。じゃあ後からね」
そう言って通話を終えた。しばらくスマホを眺めていたが、ふと我に返り席に戻る。
「大丈夫? 呼び出しとか?」
渡辺さんに声をかけられた。
「いえ、呼び出しではないですけど迎えに来てくれるそうです」
「えっ? 永遠君?」
「兄ではないです」
「彼氏?」
もう本当に勘弁して欲しい。きっと渡辺さんは自分のお願い事は言わずに、私が先生に迎えにきてもらった事を大袈裟に、さらに色々な気持ちも付け加えて兄に伝えるんだろうなぁと内心思った。しばらくするとカフェの入り口が開き、藤堂先生がまっすぐこちらの席に向かって歩いてきた。
「藤堂先生」
「陽菜ちゃん、横良いかな?」
「もちろんです」
笑顔で隣を勧め、藤堂先生が私の横に座って見届けてくれている。だから自分の言いたい事は全て言おうと思った。
「えっ? さっきの人……陽菜ちゃんお医者さんとお付き合いしてるの? 永遠君は知ってるの? そんな立派な彼がいるのなら永遠君にお守りしてもらわなくても良いんじゃないかな? 咲百合ちゃんとお付き合いしたり結婚したって」
「さっきも言いましたけど、私が兄を縛りつけているわけでもないし、兄だって私に彼氏ができるまでとか、私が結婚するまでなんて思ってる訳ではないと思います。兄自身が、渡辺さんに伝えた事が全てだと思います」
「永遠君に何回か、先輩の私が咲百合ちゃんの気持ちなとかを話すけど、聞いてくれないから妹のあなたから言って欲しくてお願いに来たんじゃない」
もう平行線でお互いが引かない。それを見兼ねた藤堂先生が口を開いた。
「僕が言うのもなんなんですが、恋愛に関して妹に言われたからといって、わかった。じゃあ付き合ってみるよ。なんて言わないと思いますよ。実際に陽菜ちゃんのお兄さんは、はっきりお断りしているんですよね?」
「咲百合ちゃんは、本当に良い子なんです。純粋に永遠君を思って……」
「それは陽菜ちゃんのお兄さんが自分で決める事ではないですか。先程、陽菜ちゃんも言った通り、既に答えは出ていると思いますよ」
「だから考えを改めるように、家族である妹の陽菜ちゃんに言ってもらおうとお願いしてるのに」
「咲百合さんが直接、兄に思いを伝えて白黒はっきりさせたら良いじゃないですか? その方がここで話しているより早いし納得できるんじゃないですか?」
渡辺さんはずっとこの調子で納得してくれない。本気でいい加減にして欲しいと思っていると、藤堂先生が。
「陽菜ちゃんの意思は先程本人が伝えました。こんな非生産的な会話が続くのは、お互い時間の無駄でしょう。なので、そろそろ連れて帰りますね」
相手の返事は待たず、サラッと席を立ち伝票を持つと、レジへ向かって歩き出す藤堂先生。私は追うように急いで席をあとにした。支払いまでしてもらうわけにはいかない。
「先生、私が払いますから」
「陽菜ちゃん、カッコつけさせて」
サラッと支払いを済ませてしまった藤堂先生にお礼を伝えた。
「送っていくよ」
「電車で帰りますよ。藤堂先生もお疲れでしょうし。無理はさせられません」
「一緒に帰ろう。ねっ」
藤堂先生の、ねっに勝てる人いるんだろうか? きっと先程の話も気になるんだろうと思う。だから。
「はい。お願いします」
先生は扉を開け、先に出るように手で促すと、一緒に駐車場へと歩き出した。
院内でも院外でも頼りになる人だなぁ。
さぁ今日のことはどうやって兄に伝えてやろうかと、私の中のイライラが、ドロドロとしたマグマのように沸き上がってきた。
「マジでなんなの?」
「陽菜ちゃん、何か言った?」
「あっ、いいえ。先生、そこ左です」
──あぶない、あぶない。