妙子×ランチタイム
今日は同期で外科病棟の妙ちゃんから、お昼ご飯のお誘いを受けた。お昼の時間が合うようなら一緒に行こうと予め伝えてある。
「陽菜。私さぁ、午後からオペ室担当だから先に休憩入っても良いかなぁ」
「弥生先輩、もちろんです。いってらっしゃい」
「弥生先輩、僕もご一緒しまーす」
横からさっと出てきた悟が弥生先輩に声をかけた。
「悟が一緒だと余計に疲れるんだけど」
「もう、弥生先輩ったら。本当は嬉しいくせに。ご飯行きますよぉ〜」
やたら元気な悟に押し切られるように、一緒に病棟を出ていくふたり。弥生先輩の後ろ姿に思わず心の中で合掌した。
ナースステーションの内線が鳴り、現実に呼び戻される。
「NICU病棟矢崎です」
「あっ、陽菜! 妙子だよ」
「私、1時間後にお昼ご飯になったよ。妙子は?」
「じゃあ、私も後半組にするわ」
「ありがとう。じゃあ、その時ね」
今のうちに、やれる事を進めておこう。オムツ替えに行きますか。席を立ち一番端の保育器の純平君からオムツのチェックを始める。なんだかんだ忙しくしてると、入口の方が騒がしくなった。
「陽菜先輩、ただいまぁ」
悟がお腹をさすりながら弥生先輩と戻ってきた。
「おかえり。満腹みたいだね」
「満足です。陽菜先輩はお腹ぺこりですよね。ご飯行ってきてください。僕が後を引き継ぎますから」
なんか悟の機嫌がいいなぁ。まっ、いいかっ。ご飯に行こう。と、その前に。
「悟、オムツ交換は全員オッケーだからね」
「陽菜先輩、神〜!」
そんな悟に、真智先輩が仕事を振る。
「悟、喜んでるところ悪いんだけど、カンファレンス室の準備してもらえるかしら」
「えぇ。閻魔様降臨」
悟、心の声ダダ漏れしてるよ。大変な事になる前にご飯食べに行こう。
「お昼休憩入ります」
いってらっしゃい。と送り出されスマホを確認すると、妙子からの連絡が入っていた。
『いつものところで場所確保してるよ〜』
うわ、はやっ。急いで向かうことにした。
「陽菜〜! ここぉ〜!」
手を振り、派手めのジェスチャーでアピールしてくる妙子に恥ずかしく思いながらも、小さく手を振りかえし席に着いた。
「遅くなってごめんね。時間大丈夫?」
「うん。余裕余裕」
妙子は定食のトレーを置き、大盛りご飯に自前のふりかけをかけている。
「今日はのりたま〜。陽菜は今日は社食じゃないんだ」
「うん。最寄駅の近くに美味しいって有名なパン屋さんがあるんだけど、少し前にテレビ番組で紹介されて、それからしばらく激混みしててさぁ、今日珍しく空いてたから入ったら、パンの誘惑に負けちゃった訳ですよ。で、買ってきちゃった」
パンの話題で盛り上がっているところに、聞き慣れた声が私を呼んだ。
「陽菜ちゃん、今からお昼だったんだね」
声のした方を見ると、妙子の視線も速攻でその人に向かった。
「あっ、藤堂先生。お疲れ様です。先生も今からお昼ご飯ですか?」
「そうだよ。ここ空いてる?」
「もちろん。どうぞどうぞ。なんならこちらも空いてます」
私が返事をするより早く妙子が反応した。若干引き気味の藤堂先生。
「陽菜ちゃん、横良いかな?」
定食のトレーを持ちながら私に確認してくるので。
「はい、どうぞ」
そう言いながら椅子を引いた。
「陽菜ちゃん、お昼パンなの?」
「はい。駅近くのパン屋さんがテレビで紹介されてて、今まですっごく混んでたんですけど、今朝は珍しく空いてたので買ってきちゃいました」
「どれも美味しそうだね」
「こんなに食べられないので、先生お好きなの良かったら食べてみませんか」
「美味しそうだとついつい買っちゃうよね。食べれもしない数」
妙子にツッコミを入れられ、恥ずかしく思いながらも藤堂先生に勧めていた。
「クロワッサン美味しそうだね。これ、もらっても良いかな?」
「良いですよ。どうぞ」
いつも妙子は、大盛りのふりかけご飯を、大きな口を開けて頬張っているのに、今日は、ちょっとずつお上品に食べている。いやいや、大盛りご飯だからね。メインのおかずはミックスフライが盛り盛りの盛りだし。
「陽菜ちゃんも、前の子みたいに豪快に食べないと午後からの仕事でエネルギー違うんだから、倒れちゃうよ」
「いやいや、藤堂先生、あの量は無理です。食べ過ぎで緊急搬送されちゃったらどうするんですか」
「わざわざ搬送されなくても僕が診てあげるよ」
その会話に妙子が入ってくる。
「先生って他の診療科も診れちゃうんですか? だったら外科に異動してくださいよ。私、陽菜と同期で外科病棟なんです」
「外科なら真壁と同期だよ」
「真壁先生とですか? えぇ〜、トレードしません? 真壁先生、看護師にキツく当たる時あるんですよ。花宮先輩に、生理中の女子か! って言われたりしてます」
いやいや、妙ちゃん、いくらなんでも暴露し過ぎなんじゃないかな。油淋鶏定食を食べながら、大笑いしている藤堂先生をこっそり見ていると妙ちゃんが暴走し始めた。
「先生、かっこいいからモテるでしょ?」
妙ちゃん、合コン違いますよ。ここは社員食堂で昼ごはん中だよ。わかってる?
「残念ながら、期待には添えなさそうだなぁ」
「えぇ! NICUの人達って見る目ないんですね。外科病棟に来たら、モテまくりですよ。肉食女子多いですから」
そんな事を言い出したから、すかさず。
「肉食大食い妙ちゃん筆頭にね」
「陽菜、今は大食い関係ないよ?」
なんか消化に響きそうな目の前での会話に呆れ気味でパンを口にする。
間に入ってすこぶる気を使い、せっかくの休憩が休憩じゃなくなったのが気になるけど、美味しいパンだったので良しとしよう。と自分に言い聞かせた。
「陽菜ちゃん、そろそろ戻ろうか」
「そうですね。ご一緒しても良いですか?」
「もちろん」
藤堂先生はトレーを手に返却口へ向かう。私はゴミをサッと片付けていると、妙子もトレーを待ち戻る準備を始めた。
「陽菜、NICUって、イケメン揃いなの?」
「普通でしょ。じゃあ、またね」
妙子に手を振り、藤堂先生がいる方へ視線を向けると、こっちに向かって、軽くて手を挙げて合図をくれた。
「陽菜ちゃん、慌てなくて良いよ。待ってるから」
ゴミを捨てると、藤堂先生と一緒に病棟へ戻った。
この日を境に、妙子にしつこいくらいに、藤堂先生の事を聞かれるようになった。例えばこんな調子で。『陽菜、ご飯行こう。もちろん藤堂先生付きで』とか言われるのだ。妙子の希望は叶ってはいないけど、私自身は藤堂先生と時間帯が合う事も多く、お昼をご馳走になる事もあった。妙子には言えないけど。
「あぁあ。今日もひとりでご飯かぁ。つまんないなぁ。つまんないから、ふりかけ二つかけちゃお。いっただっきまぁす」
相変わらずご飯もおかずも盛り盛りの盛りの妙子であった。




