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悟×早紀

 真智先輩の代わりに、夜勤に入ることとなった依元看護師長。


「師長が夜勤なんて珍しすぎます」


「急に坂倉さんが出勤できなくなったからね。他の子達には明日から少しお手伝いをしてもらわないといけないから、今日の夜勤くらいは、私が入ろうかと思って」


「さすが我らの看護師長!」


「煽てても何もでないわよ」


「嫌だなぁ、師長ったら」


 そんな平穏な時間が流れていた病棟に、けたたましくアラームが鳴り響いた。


「ドクターに連絡して」


 そう言って師長はアラームの鳴り響く患者の元へと向かっていった。残された悟は医局にいるであろうドクターに連絡を入れ、師長の後に続いた。


 予後説明を伝えられていた子の急変だった。


「家族に連絡入れます」


「落ち着いて穏やかにね。あなたが焦っていると相手にも伝わるから、医療従事者であることを忘れないで冷静にね」


「わかりました」


 悟がナースステーションへ向かうと、新生児科医の鴻上先生とすれ違った。依元師長と鴻上先生との連携は凄い。一切の無駄がなく、鴻上先生が指示を出すと、それを言われるとわかっていたように素早く施す。それを見ながら家族に連絡を入れる。呼び出し音が途切れて通話状態になった。


「もしもし」


「もしもし私、なろう大学付属病院周産期医療センターNICUの看護師の笹井です」


「あの、娘になにか……」


「たった今、急変してドクターが懸命に処置に当たっています。落ち着いて病院へお越しください」


「わかりました。今から向かいます」


 電話を終えて住所を確認する。今から準備して車で来院したとして、15分から20分といったところだろうか。師長と鴻上先生の元へ向かい報告する。


「ご家族に連絡取れました。今から来るそうです。カルテから確認した住所からだと、車で15分から20分ってところだと思います。


「わかりました。そこまではなんとか……」


 鴻上先生が劇薬使用の指示を出す。点滴に混ぜ全開で落とす。もうすぐ来てくれるから頑張れよと、心の中で唱えながら処置の手だけは止めない。陽菜先輩に教わった事のひとつだ。


 バイタルの数値が落ちてくる。もうここでこの子にしてあげられる治療はない。家族が来るまで……と願うばかりだ。その時、病棟の入り口から声をかけられた。入室前の消毒やエプロン、マスクなどをしてもらい、ご両親が早紀ちゃんの元へと急いだ。


「早紀ちゃん、頑張ったね。お父さんとお母さんが来たよぉ」


 そう言って場所を空け両親を促し見守る。師長と鴻上先生も数步下がって見守っている。


「抱っこできますか?」


 お母さんが、気丈に声をかけてきた。その言葉にすぐさま反応する。


「こちらの椅子にかけて、早紀ちゃんを抱っこしてあげてください」


 お母さんにそう伝え、早紀ちゃんへ向かう。


「早紀ちゃん、お母さんに抱っこしてもらおうね」


 そう言いながら、管に気をつけ、早紀ちゃんをそっと抱き上ると、お母さんへ体を預けた。ご家族で過ごしてもらう最後の時間。師長と鴻上先生は、ナースステーションにいるから。と言って家族団欒の邪魔をしないように気を遣っていた。俺は、何かあった時のため、近くで控えることにした。


 生命維持装置のアラームの音を消して、静かに家族の時間を過ごしてもらう。これが今、自分にできる最大限のことだ。アラーム音を止めたのでモニターを注視する。そして、早紀ちゃんの様子を確認する事も怠らない。陽菜先輩と真智先輩に、耳にタコができるくらい教えられた事を実践していく。一人前の看護師と認めてもらえるように頑張っている途中。こんな状況だが、俺は早紀ちゃんに育ててもらってるなぁと思う。モニターの波形が次第に平坦になる。そのタイミングで、ナースステーションにいるであろう鴻上先生に視線を送った。


「お母さん、早紀ちゃんを一度ベッドに寝かせてもらって良いですか」


 看護師として冷静さを保ちながら、お母さんに声をかけた。そして、鴻上先生の最後の診察が始まる。心肺停止を確認から、瞳孔反射の確認をする。


「20時40分。死亡確認しました」


 鴻上先生からひとこと告げられた。少し家族の時間を過ごしたあと、一度廊下に出てもらい、早紀ちゃんに繋がっている管などを外して、綺麗にしてあげた。最後に、ご両親が持参した可愛い服に着替えさせてあげて、早紀ちゃんは再び、温かい腕の中で抱きしめられた。


「笹井さん、いつもあなたの笑顔に私達夫婦は救われました。この子の担当をしてくださり、愛情を注いでくださり、本当にありがとうございました。早紀は旅立っていきましたが、笹井さんが担当して下さって喜んでいると思います。私達が面会に来た時、いつも早紀は穏やかな顔をしていましたから。感謝しています」


「ありがとうございます。これからも日々学んでいきます。早紀ちゃんが僕にたくさんのことを教えてくれましたから」


 お父さんが退院の手続きをされている間に、お母さんに今までの成長を、写真や看護師のコメントなどと共に綴ってある【Memorial】と表紙に書かれた記念のアルバムを渡した。


 師長と鴻上先生と、静かに退院していく早紀ちゃんを見送った。まだまだ病棟にはたくさんの新生児が頑張っている。俺は早紀ちゃんへの感謝の気持ちを胸に、ラウンドへ向かった。


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― 新着の感想 ―
早紀ちゃんの急変に、陽菜先輩の指導を思い出して慌てず冷静に対応する悟くん偉かったですね。 涙ぐんでしまいました。辛いお話でしたが、悟くんの成長が感じられて良いエピソードでした。
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