陽菜×藤堂先生
急変もなく穏やかな午後の時間が流れていた病棟に内線の音が鳴り響く。近くにいた依元看護師長が受話器を取る。
「はい、わかりました。直ぐに向かいます」
受話器を一旦外し依元師長が、当番表をチラッと確認して声をかける。
「矢崎さん、渡瀬レディースクリニックから応援依頼。担当ドクターに連絡して。詳しくは確認しておきます」
「わかりました」
依元師長は電話で現在の様子などを確認している。私はすぐに今日の搬送担当の藤堂先生に連絡を入れるため院内携帯を取り出してコールをする。すぐに藤堂先生に繋がった。
「はい、藤堂です」
「Ns矢崎です。渡瀬レディースクリニックより応援依頼だそうです。現在依元師長が詳しい話を聞いてくれています」
「わかりました。すぐナースステーションに行きます」
「お願いします」
院内携帯を切りポケットに戻し、準備を始めて藤堂先生を待つ間に依元師長から詳しい状況を確認する。
「矢崎さん。2900g、臍帯巻絡で出生、呼吸が安定しないとの事です」
「わかりました。藤堂先生に伝えます。準備でき次第すぐに出ます」
「お願いします」
田上先輩が、準備を手伝ってくれて、申し訳なさそうに
「陽菜ちゃん、本当なら私が行かないと行けなかったのにごめんね」
「田上先輩、大丈夫なので気にしないでくださいね。だからごめんねは要らないですよ」
「ありがとう。陽菜ちゃんの好きなプリン用意して帰りを待ってるね」
そんな話をしていたら藤堂先生がナースステーションにやってきた。
「矢崎さん、準備できてる?詳しくは車内で聞くから出発しようか」
「準備OKです」
「じゃあ、行こう」
藤堂先生と一緒に保育器を乗せた救急車に乗り込む。渡瀬レディースクリニックに着くまでに、依元師長から聞いたことを伝える。
「臍帯巻絡で出生、体重は2900g呼吸状態が安定しないそうです」
「状態を見て呼吸器繋いで搬送しようか」
「わかりました」
渡瀬レディースクリニックの玄関前に到着すると看護師が待機していた。案内されながら藤堂先生が挨拶をする。
「なろう大学附属病院、周産期医療センターの新生児科医の藤堂と看護師の矢崎です」
「ありがとうございます。看護師の阿部です」
分娩室の扉を開けて中に通してくれる阿部看護師。すぐさま藤堂先生と新生児の元に向かい状態を確認しながら渡瀬レディースクリニックの医院長の渡瀬先生からこれまでの経過を聞く。
「矢崎さん、エコー準備してモニター繋いで」
「はい」
返事をしながら手を動かすスピードをあげる。
「先生、準備できました」
渡瀬レディースクリニックの看護師からアンビューを代わり藤堂先生の指示でエアーを入れる。適切な治療を進めていくうちに呼吸状態が安定してくる。自発呼吸もしっかりしてきた。
「SpO2 98です」
「うん、もう大丈夫だね」
渡瀬医院長と藤堂先生が話している間に、持参してきた使用した器材などを片付ける。
「矢崎さん、戻ろうか」
治療した子は状態も安定して出生体重もあり問題ないと判断した藤堂先生が私に声をかけた。
「はい」
渡瀬レディースクリニックの医院長と看護師の阿部さんに見送られ藤堂先生と搬送なしの救急車に戻り赤色無しで帰院する。