陽菜×点滴
「あれ、悟。どうしたの?」
珍しく悟がテーブルに伏せっている。
「さっきから頭痛くて。僕、働きすぎですかねぇ」
「もしかして風邪!?」
「鼻水出ません。咳も出ません。喉も痛くありません!」
そこへ依元看護師長が通りかかった。
「笹井君が珍しく元気ないわねぇ。手の空いたドクターに診てもらったらどうかしら」
「申し訳ないです。先生方お忙しいですから」
「はいはい。そんなこと言ってないで早く診てもらって元気になってもらわなきゃ。矢崎さん、手の空いたドクター探してきてくれないかしら」
「医局行ってきます」
そう言ってナースステーションを後にした私は、医局へ向かった。新生児科医に診察してもらう悟。ふふっ、誰がいい?悟。岩崎先生しか居なかったらどうする? 新生児科医諦めて、産科医にする? そんなことを思いつつ医局の扉をノックして中へ入った。
「失礼します」
誰に頼もうかと室内を見渡すと、コーヒーを飲み休憩中のドクターを見つける。
「鴻上先生」
「ん? あぁ陽菜ちゃん。どうしたの?」
「今、少しお時間ないですか」
「特に何かしなくちゃいけないことはないし、大丈夫だよ。どうしたの?」
「笹井君が、頭痛いみたいで依元師長が、先生呼んできてって事なので鴻上先生、忙しくなければ診察をお願いしたいんですけど」
状況を伝え鴻上先生の返事を待つ。
「わかった。今から一緒に行くよ」
「ありがとうございます。お願いします」
鴻上先生とナースステーションに戻る途中、先生が話しかけてきた。
「あの元気印の笹井君が珍しいね。おやつ不足かな?」
「食べ過ぎなら腹痛ですもんね」
「陽菜ちゃん、上手いこと言うね」
ナースステーションへ戻ると、相変わらず悟はテーブルでダウンしていた。
「笹井君、どうしたの? 頭痛だけ? 陽菜ちゃん体温を計ってくれる? 採血もしておこうか」
体温計を挟ませて、採血の準備をするが、なんせここはNICU病棟、お隣の産科から採血に必要な備品を借りてこなくてはいけない。
「鴻上先生、スピッツ借りてきます」
「陽菜ちゃん、3本ね。輸液のオーダーしておくから届いたら処置しておいてもらえる?」
「わかりました」
産科から採血の準備を借りてスピッツ3本をもらい、NICUへ戻ると悟の採血をする。
「陽菜ちゃん、そのまま輸液してあげて。それ検査に出してくるわ」
「わかりました。お願いします」
依元師長が悟の採血を検査に出している間に、悟に輸液処置を施す。
「じゃあ、ちょっとチクッてするよ」
悟にお決まりのセリフを言って針を刺そうとしたその瞬間。
「陽菜先輩」
「えっ? 何? びっくりした」
「痛くしないでね」
これを言うために、わざわざ処置を止めたんかい! 医療従事者ならサクッと受けて。と思ったけど、人のこと言えないなぁと内心反省もする。言わないけど。
「はいはい、いくよ。動かないでよ」
「えぇ〜、陽菜先輩。痛くしないでね」
キリがないので悟の言葉をスルーして点滴の針を刺す。
「いた〜! ん? ……思ったほど痛くなかった」
「悟、点滴終わるまで寝てなさい。終わったら起こしてあげるから」
「寝込み襲わないでくださいね」
「私も選ぶ権利があるからね」
「陽菜先輩、寝るまで手握ってても良いですよ」
「はいはい。悟の担当の沐浴は私が今からしてくるから、ひとりで大人しく寝ててね。おやすみ」
「おやすみなさい」
ひっさしぶりに点滴処置したわ。内心失敗したらどうしようって思ったけど、先輩の威厳は守れたかなぁ。ホッとしたのは内緒。
点滴が終わりを告げるアラームがナースステーションに控えめに鳴った。真智先輩が行ってくれるようなので、看護記録を書く手を止めることなく書き続ける。
「寝てたからそのまま寝かせておいたから」
「まぁ、静かで良いんじゃない」
先輩達、優しいんだかそうじゃないんだか。心配してたのわかってるから愛情だなぁと思う。数時間してもうすぐ申し送りって頃に真智先輩が。
「悟、起こして診察受けさせるか様子みないとね」
って話してる時に、奥の休憩室から。
「おはようございます。起きましたぁ」
やけに元気になった悟が起きてきた。
「申し送りするよ〜」
みんなが集まり始めた時に、真智先輩が。
「悟はもう帰りな。申し送ることないでしょう。ゆっくり休んで明日から元気に働いて。間違っても寄り道しないんだよ!」
「はい。まっすぐ帰ります」
「怪しい。明日聞くからね」
弥生先輩、何を聞くんですか。なんだかんだ平和な病棟メンバーだなぁと思う。




