陽菜×策士藤堂先生
「陽菜ちゃん、来週頼むね」
藤堂先生がナースステーションに入ってきて私を見つけ、そう声をかけてくれた。
「藤堂先生、よろしくお願いします。経験はしてますけど、かなり前なので、筋肉注射に自信ないんですけど」
そう本音が漏れると藤堂先生は優しく微笑み。
「一回練習しておけば良いんじゃないかな?」
「誰で? そんな練習に付き合ってくれるような心優しい人って居ましたっけ?」
「そのための研修医がいるでしょう。確保してくるね。生食と一緒に勇者を連れてくるからねぇ」
右手をヒラヒラ振りながら、ナースステーションを出て医局の方へ向かって歩いて行った。
「陽菜、COVIDだって?」
同期の前田君が声をかけてきた。
「そうなんだよ。いきなり師長に呼ばれて来週ねぇ。だよ!」
「前も特別会場行かされてたよな」
「代わって!」
「無理! 筋注なんて経験ないもん」
「悟で練習したら良いじゃん」
「無茶言うなよ。こういうのは慣れた陽菜の方が良いって」
前田君とそんなやりとりをしていると、藤堂先生が研修医の岩崎先生を連れてナースステーションへ戻ってきた。手には練習用に必要なものが全て揃っているトレーを持っている。
「陽菜ちゃん、お待たせ」
「藤堂先生」
「岩崎先生が陽菜ちゃんの役に立ちたいって言ってくれたよ。さぁ、始めようか」
岩崎先生をみるとニコッと笑ってくれたが、本当に良いのだろうか。
「岩崎先生、よろしくお願いします」
岩崎先生は白衣を脱いで、スクラブをまくって椅子に座った。
「陽菜ちゃん、いつでも良いよ」
「ありがとうございます」
藤堂先生の見守る中、私の筋肉注射の練習が始まった。アルコール綿花で消毒をして、準備してくれていた注射を待つ。新人の頃のように手が震えることはなくなったが緊張はする。ましてや医療従事者相手に私の針処置手技の得手不得手が丸わかりになる。こうなったら女は度胸だ! なにか違う気もするが覚悟を決めた。
「少しチクっとしますよ」
「痛くしないでね」
返事をする余裕が憎らしい。
「陽菜ちゃん、角度に気をつけたらそんなに痛くないから」
「いやいや、針を刺すわけだから多少は痛いですよ」
そんなやりとりをしていたら。
「早くしてもらえませんか? 筋注待ってる方が辛いんですけど、思い切っていっちゃってください。その方が良いです」
「ごめんなさい。それではいきますね」
岩崎先生の二の腕の筋肉に針を刺す。そしてゆっくり生食を入れていく。それが終わると今度はゆっくりと針を抜く。最後に止血のため圧をかけて押さえる。
「陽菜ちゃん、全然余裕じゃん。大丈夫。その調子でイケる。さすがウチの病棟の自慢の看護師だね」
「藤堂先生、岩崎先生ありがとうございました」
「陽菜ちゃん、ちょっと痛かったけど、我慢できるくらいの痛さだったよ」
「針刺すんだから、無痛って事はないですよ」
私がそう言うと周りで見守っていた弥生先輩が。
「陽菜、来週頑張っておいで。こっそり覗きに行ってあげるから」
「いや、大丈夫です来なくて」
岩崎先生の腕にシールを貼り練習を終えると、先生は白衣を着て私に。
「陽菜ちゃん、ランチ一緒に行こうね」
「ん?」
何がどうなってるの?
「岩崎先生、陽菜ちゃんとランチ行きたいって言ってたから、筋注の相手してくれたら良いよって言ってあげたの」
「それを藤堂先生が言ったんですか?」
「そうだよ。岩崎先生ご褒美に釣られて実験台になってくれたんだよ。でも練習しなくても陽菜ちゃん完璧だったね」
藤堂先生の策にハマってしまったけど、練習させてくれたからランチくらいは良いかって思う。
「岩崎先生、いつでも良いのでお昼休憩の時間が合う時に声かけてください」
岩崎先生にそう伝えると、本来の業務に戻り、新生児と向き合う。




