陽菜×兄④
後部座席のはしゃぐ声を聞いていると、目的地に着いたようで駐車場に車を止めた。そして兄が私に声をかける。
「陽菜、行こうか」
「お腹すいたね。お兄ちゃん」
「俺たちのこと忘れてない? 矢崎兄妹さん達」
「ああ、そうだったな。でも妹との時間を邪魔しない約束だったよな」
「いやいやいや。存在無視はやめようよ永遠君」
同期の筒井さんや先輩の渡辺さんを放置して私を連れてお店の入り口を目指し歩いていく兄。
お店に入ると店員さんが私たちに向かって声がかかる。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「待ち合わせで、もう来てるって連絡もらってます」
筒井さんが後ろからサッと現れて店員さんに応えた。
「いちばん奥のテーブル席に、お待ち合わせと仰っていた方がみえますので、ご案内致します。どうぞこちらへ」
店員さんに案内され、店の奥のテーブルに案内してくれた。そして席に座っていた人が私達に気付いた。
「永遠、蓮」
「ごめん、待たせたな」
とりあえず席に座ることにした。先に向かい合って座っていたふたりの横に渡辺さんと筒井さんが座り、私は渡辺さんの隣に、兄とは向かい合わせに座る形となった。
蓮さんの横に座っていた人が、
「お前ら遅かったな」
「ごめん。妹を病院まで迎えに行ってから来たから」
「病院!? 妹ちゃん、どこか悪いのか?」
いやいや私、患者じゃなくて医療従事者なんですけど。と思っていると何故か筒井さんが自慢げに。
「賢吾、違うぞ。永遠の妹ちゃん白衣の天使なんだよ。現代のナイチンゲール様だよ」
「蓮、なんでお前が俺の妹の事語ってるの?」
「こらこら2人とも、ごちゃごちゃ言ってないで自己紹介してもらったら済む話だろ」
めんどくさくなってきたので、早く済ませてご飯を食べたかったから。
「初めまして。永遠の妹の矢崎陽菜です。お待たせしてしまったようで申し訳ありませんでした」
そう言うと。
「いやいや、ごめんね。そんなに待ってないから大丈夫だよ。僕は永遠と同期の岩本賢吾です。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「こんばんは。今日はびっくりさせちゃってごめんね。永遠と同期の二階堂亮平です。よろしくね」
「よろしくお願いします」
とりあえず自己紹介が終わると、筒井さんが注文しようぜと仕切りだしてくれた。そして兄が。
「鍋、お前らそっちでひとつな。俺と陽菜でひとつな」
「永遠、俺たちをバイ菌扱いやめてくれよ」
予想していた通り言われるだろうと思っていたので、用意しておいた言葉を使う。
「あの、気分を悪くさせたのなら謝ります。一人暮らしなので兄にご飯誘ってもらった時くらいは、普段食べられないものを食べたいってお願いしていたから」
そう言うと。
「家族水入らずの邪魔して勝手に着いてきたようなものだし。俺たちの方こそごめんね。良かったら楽しい食事会にしてもらえないかな?」
二階堂さんから提案された。
「そうしましょう。どうせ6人で鍋ひとつは厳しいもんね。メニュー表にも鍋は4人以上で複数可って書いてあるし」
渡辺さんが、声をかけてくれて私の約束事は守られた。そして注文を済ませると、しばらくして鍋が運ばれてきた。沸々と煮立った鍋の中で、美味しそうな香りを放つ食材に、今にもお腹が鳴りそうだ。
私は食事を楽しみながら、兄達の話に何となく耳を傾けた。病院への営業って大変なんだぁと、どこか他人事のように聞きながら、春雨や木耳などを、どんどん小皿に放り込んだ。
「陽菜、もっと肉食えよ」
私が小皿に入れているものを見て兄が声をかけてきた。
「食べてるよ。お兄ちゃんは野菜食べてる? 肉ばっかりはダメだよ」
「わかったわかった。ちゃんと食べるから心配すんな」
空腹が少し落ち着いてきた頃、私へ話しかける人が多くなった。医療従事者あるあるで、先輩看護師が話していたことを思い出した。




