陽菜×兄③
「陽菜お疲れ〜」
助手席のドアを開けた私に、満面の笑みで言葉をかけてくる兄の永遠。そして違和感に気づく。
「こんばんは〜、永遠の親友の蓮で〜す」
後部座席からいきなり声をかけられた。緊急事態を察したから助手席に乗り込むのをやめて、ドアを閉めて病院方向へ足を進めた。
(何かあると思ったんだよね〜。お兄ちゃん強行突破してきた。絶対に面倒ごとに巻き込まれる。その前に逃げよう)
心の中の私が、危機を伝える。まぁ、そんなに簡単に逃げられるとは思わないんだけど、一応態度には表しておかなくちゃ。
「ひなぁ〜、待て待て。ご飯食べに行こうよ。兄ちゃん楽しみにしてたんだぞ」
「なら、どうして友達が居るの? だったら今日は友達とご飯行けば良いじゃん」
「ひなぁ、ご飯行こう? しゃぶしゃぶ食べ放題だぞ?」
「知らない人と鍋突っつきたくない」
「わかった! 鍋は別々にしよう!」
なぜか必死な兄。鍋は別って。そうじゃなくて、なんで私が知らない人とご飯を食べなくちゃいけないの? と言うところに気づいてほしい。
「陽菜、マジで頼む。好きな物買ってやるから」
「ねぇ、お兄ちゃん。何かあるの? 正直に話してよ」
「ん? いや、何もないよ。アイツらに飯誘われて今日は妹と飯行くから無理って言ったら、俺らも妹ちゃんと飯食うって着いてきた」
「お兄ちゃんと久しぶりにふたりでご飯食べられると思ってたのに、私は知らない人が居て楽しくないよ」
「じゃあさぁ、来週はふたりで飯食いに行こう。兄ちゃんが美味しい物食べに連れて行ってやるから。なっ」
どこまでも私に甘い兄は必死に頼み込んでくる。せっかくのしゃぶしゃぶ食べ放題なので、ご飯だけ食べて帰ろうと思い直した。
「わかった。でも鍋は別にしてくれなかったらその場で帰るからね。知らない人と同じ鍋で食べたくない」
「わかったわかった! 絶対約束する」
兄と車に戻り助手席に座りシートベルトをすると後ろから声をかけられた。
「びっくりさせてごめんね。矢崎君の妹ちゃんなんだね。私、矢崎君の職場の先輩で渡辺千聖です。よろしくね」
いきなり女の人の声がしたと思ったら自己紹介された。あのチャラそうな人だけじゃなかったんだ。
「初めまして。永遠の妹の陽菜です。よろしくお願いします」
横のチャラそうな人が私達の会話を聞いていて改めて話しかけてきた。
「陽菜ちゃん、さっきは驚かせちゃってごめんね。改めまして。永遠と同期で親友の筒井蓮です。よろしくね」
「永遠の妹の陽菜です」
「あれ? 陽菜ちゃん、俺には【よろしく】は、ないの? 俺、泣いちゃうよ」
泣き真似をしているのを確認したけどスルーすることにした。しばらく続いたが誰も相手をすることはなく、きっとこれがいつもの事なんだろうと察し、私も放置することに決めた。
お店に向かって車を走らせるお兄ちゃんに、後部座席の筒井さんが、スマホを操作しながら話しかける。
「永遠、亮平が席取ったって」
「わかった」
「あいつら永遠の妹ちゃんに良いとこ見せようと速攻で仕事終わらせて席取りなんかしたんだな。普段はいつも最後にくるくらいめんどくさいこと人任せなくせにさぁ」
ん? なんかおかしい会話がされてるような気がする。
「お兄ちゃん、まだ誰かいるの?」
「俺と蓮の同期の奴がふたり……」
だんだん声が小さくなる兄。きっと断り切れなかったんだろうと思うけど、もう少し自分の意見を言おうよ。しかも同期で友人なんでしょ!? 言い切られてしまい流される兄のことが心配になるが、これが兄なのだからと諦めよう。




