陽菜×兄①
「陽菜、面会きてるよ」
弥生先輩に声をかけられ、入り口の方へ視線を向けると、こちらを見つめ、頭を下げる人の姿が見てとれた。
「弥生先輩、少し席を外しても良いですか?」
「うん、いいよ。後から事情聴取するからね」
「えぇ〜、それ必要ですか?」
「最大限に必要事項でしょ」
「弥生先輩の期待に添えるような事はないと思いますけど。とりあえずいってきます」
弥生先輩と軽いやり取りをして、病棟の入り口の扉に向かった。
「仕事でこの病院まで来たから陽菜の顔見て帰ろうかと思って」
そう言って、私に話しかけてきたのは。
「お兄ちゃん、わざわざ私の顔なんて見なくても良いじゃん。どこの病棟からきたの?」
「ん? 第3病棟の整形外科病棟だよ」
「めっちゃ遠いじゃん! なんでわざわざ周産期まで来るのかなぁ。何もないのにこんな遠くまで来ないでしょ。本当は?」
私に会いに来たのは5歳上の兄の永遠だった。
「実は、陽菜にお願いがあってさぁ」
ほら、やっぱり。だから速攻で。
「嫌だ!」
「おいおい、まだ兄ちゃん何も言ってないぞ」
「だってお兄ちゃんのお願いって碌な事ないもん」
「えぇ!? 兄ちゃん陽菜に嫌なことなんてした事ないだろう?」
「…………」
「陽菜、何その無言」
嫌な予感がする。どうせお兄ちゃんの事だから、友達の看護師を紹介しろだとか、合コンするから看護師の人数集めろだとかに違いない! と予想した。
「今日仕事終わったら迎えに来るから、どこかご飯食べに行こう」
モノで釣る気だな。妹はその手には引っかからない。でもご飯は食べたい。悩ましい。
「一緒にご飯は食べたいけど、変なお願いは聞きたくない」
「陽菜ぁ、とりあえず仕事終わったらスマホに連絡入れて。兄ちゃん待ってるから」
「お兄ちゃん、ファミレスのしゃぶしゃぶのお店行きたい」
「あぁ、前の時に言ってたな。次のご飯はしゃぶしゃぶ食べ放題に行きたいって」
「うん」
「わかった。じゃあ、終わったら連絡して」
兄はそう言って、軽く手を振って帰っていった。何なんだろう。気にはなったけど仕事に戻った。
「ひぃ〜なちゃん」
弥生先輩が、ニヤニヤしながら私を呼んでいる。しかも、この呼び方は普通ではない。注意しなければ。と自分自身に言い聞かせた。




