藤堂先生と陽菜の愛② 小田先生×越権行為
まさかの臍帯巻絡だった。なのに助産師の山岡が新生児科医に診察してもらった方が良いと言い出し、看護師が周産期医療センターのNICUへ応援依頼の内線を繋いだ。
しばらくして新生児科医と看護師がやって来た。
「周産期医療センターの藤堂と坂倉です」
すぐに反応したのが助産師の山岡と看護師の中谷だった。医師の私を差し置いて藤堂先生と看護師の坂倉に現状を話している。
産科の医局長も様子を見に来た。その時、看護師長もいて2人の会話が耳に届いた。
「あら、藤堂先生が来てくださったんですね」
「お父さんの跡を継いで産科医になるかと思っていたが、新生児科医になったんだね」
「お知り合いなんですか?」
「藤堂先生のお父さんとは医大時代の友人なんだよ。今は開業されていてね、地域医療に尽力を注いでいらっしゃるよ」
「喜ばしい事ですね。この息子さんの有志を酒の肴に、藤堂先生のお父様とまた飲めますね」
「それはいいね。近いうちに声をかけてみようかね」
──藤堂先生の実家は開業医って事? いずれは後を継ぐのかしら。でも親は産科医っていってたわよね? 息子は新生児科医……って事は私の出番じゃない? 産科医の私が藤堂先生の妻になれば、全て丸く収まるわね。それなら顔を出して来なくちゃ。始まるものも始まらないわね。
「小田先生、橋本さん子宮口5センチです」
看護師が報告に来た。
「初産だからもう少しかかるかも知れないわね。経過観察してください」
「はい」
──今ならNICUへ行くチャンスよね。藤堂先生待っていてくださいね。周産期医療センターって別棟だったわよね。同じお産を扱うのに、いくら重篤な妊婦を扱うからと言って、このセンター贅沢すぎない?
目的のNICUへ到着した。
──正面から行くしかないわね。職員通路知らないし。
病棟入り口の扉を開けて中へと入った。
「あの、先程はありがとうございます。その後どうでしょうか?」
「あの、どちらの先生かしら? 私、ここの病棟で師長をしています依元です」
「あっ、失礼しました。私先程、応援依頼を出させて頂いた産科医の小田智恵美と言います。気になってしまって様子を見に来ました」
そう言って周囲をキョロキョロと見渡し、藤堂先生を探す。
「保育器は、こちらですよ。それか、違う目的でいらっしゃったのかしら!?」
「あっ、いえ」
──何? これで師長なの? 医師にする態度がなってないわね。
「あの、主治医の先生にお話を伺いたいのですけど」
「私達でも説明できますけど? 指示を受けていますので」
「あの、医師の見解を……」
「小田先生、明らかに越権行為をしているのがわかりませんか? NICUへ引き渡された時点で、産科の手を離れています。状態が良ければ明日そちらへ転科の予定でいますから」
「わかりました。藤堂先生へよろしくお伝えください」
諦めてNICUを出て行く。
「チッ!」
──ナースステーションを後にする時、思わず舌打ちが出ちゃったじゃない。看護師の分際で医師に意見するなんて。
そんな時、周産期医療センターの男性看護師とすれ違った。
「邪魔、どきなさい。看護師の分際で私の前を塞ぐなんて、調子に乗るのもいいかげんにしなさい」
──ついつい出ちゃったわ。いけないいけない。
「へっ!?」
私の独り言に返事が聞こえた気がした。そして看護師は逃げるように扉の向こうへと消えていった。