陽菜×産科実践研修②
カンファレンス室に松下さんの旦那さんと奈緒子さんのご両親がみえ、主治医の長峰先生から説明を受ける態勢が整った。
「現在の容体は、午前中に話した時と変わりありません。それを踏まえてこれからの事を少しお話させていただけたらと思います」
「羊水は、赤ちゃんにとってなくてはならない生育環境です。羊水の少なさは肺機能が育たないことを意味します。言わば、呼吸の練習ができないと言った具合です。体を動かせないため、関節機能に影響する事などが考えられます。厳しい言い方かも知れませんが、たとえ生まれたとしても、臓器が未成熟では生きられません。詳しい状態は生まれてみなければわかりませんがね。羊水を増やすことは出来ないため、胎児の生命力を信じて週数を伸ばすことが、今現在の唯一の目標です。22週迄お腹の中で頑張ってくれたら、たとえ小さく生まれてもNICUへ引き継いで看護してもらいます。ここにいる矢崎さんは、産科の研修でこちらにいますが、元々はNICU専門の看護師なので不安なことは聞かれると良いと思います」
長峰先生の言葉に、松下さん家族が私の方を見て頭を下げた。
「不安要素が少しでも軽減される事を願ってます。いつでもお声掛けください」
そう言うとお礼を言われた。
依元師長が言っていた『産科に行っても役に立つことは必ずある』という言葉を思い出した。カンファレンスが終わり、本格的に産科での研修が始まった。
生まれる前の胎児と関わった事がなく、安西看護師から学ぶ事は多岐に渡り、一日があっという間に過ぎていく。
順調だった松下さん。無事に22週を過ぎることができた。次の目標は24週。
しかし23週に入ったその日、再び破水が起こった。今回の破水は順調に育っていたもうひとりの胎児を包んでいた方からの破水で、しかも卵膜も破れていた。
「オペ室準備、緊急帝王切開して胎児を取り出します」
長峰先生のひと声でバタバタ忙しくなる。NICUへの連絡も入れ、新生児科医の藤堂先生と鴻上先生がすぐに来てくれる事になった。私はここから産科ナースとしてではなく、NICUナースとして幼い命と向き合う。双子なので真智先輩が応援に来てくれた。
「陽菜ちゃん、一人目出るよ」
受け取る準備をして待機する。そしてすぐに私に一人目が託された。藤堂先生が治療に当たり、私は横でサポートをする。後方の「二人目出るよ」の声に、真智先輩から鴻上先生へと受け渡された。
私が受け取った一人目の子は羊水がない中で育った子で、長峰先生が想定していた通り肺がかなり未成熟だった。
真智先輩が受け取った二人目の子も未熟ではあったが、ギリギリまで羊水に包まれていた分、肺の機能は未熟ながら発達していた。
このままNICUへと運び経過観察となり、私の産科実践研修は幕を降ろした。