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雑貨店。

 気を取り直して、雑貨店に向かう。


 場所はブレンさまが案内してくれた。迷うことなく歩く姿を見て、彼は王都のお店に詳しいのね、と感心した。


 ブレンさまの言っていた『女性が好きそう』な通りの見た目だったから、これは……レグルスさまとブレンさまは居づらいのでは……? と心配して彼らを見る。


 彼らは「どうした?」や「入りましょー」とお店の入り口で微笑んでいた。……平気、なのね。


 わたくしたちが店内に入ると、店員の「いらっしゃいませー」という明るい声が聞こえてきた。


 中を見回ると、確かに女性が好みそうなガラス細工やビーズ、アクセサリーまで様々なものが置いてある。可愛いものからきれいなものまで、本当に様々。


 いつも公爵家に宝石が運ばれていたから、こうやってお店で見るのは初めてで、新鮮だわ。


「あら、きれいな花瓶」

「本当に。ふふ、レグルスさまの瞳と同じ色ですね」


 無意識に見ていた花瓶。こそっとクロエが耳元でささやく。思わず「えっ」と肩を跳ねさせると、彼女はくすくすと笑い声を上げた。


「俺がどうかした?」


「あ、い、いえっ、なんでもありません……!」


 ぷるぷると首を横に振ってなんとかそれだけ口にすると、微笑ましそうな視線を感じた。クロエとブレンさまだ。ブレンさまも気付いていたの……!?


 れ、レグルスさまは気付いていないわよね? 気付いていませんように。


「きみはどんなものが好きかい?」

「え?」

「好みのものを、知っておきたくて」


 好みのもの……?


 わたくしはその場で身体を硬直させてしまった。……自分の好みのものが、あったかしら?


 幼い頃から、着るものも部屋に置くのもすべてお母さまが決めていた。


 少しでも違う意見を伝えれば、何倍にもなった否定の言葉を浴びせられ、そのうちに自分の好みを考えることをやめてしまった。


 あまりにも否定されることに、疲れてしまったのよね。


「……申し訳ありません。わたくし……わかりません……」


 うつむいてそう言葉を紡げば、クロエがわたくしの肩を抱いた。


 レグルスさまは「それじゃあ」と声を出して、わざわざ屈んで視線を合わせて優しく微笑み、口を開く。


「ゆっくりと、好きなものを探していけばいい」


 耳心地の良い言葉が、鼓膜を揺らす。目を(またた)かせると、レグルスさまは目元を細めてわたくしを見つめた。


 ……そう、そういう考え方も、できるのね。


 きゅっと自分の手を絡めて握り、こくりとうなずいた。


 自分の好みを探すことができるのが、うれしい。諦めていたことだから。


「ありがとうございます。好みのものを、探してみます」

「うん。好みのものが見つかったら教えてくれ。アクセサリーとか身につけるものだとなお嬉しい」


 アクセサリー? と首をかしげると、ブレンさまが補足をしてくれた。


「リンブルグでは求婚のときにアクセサリーをプレゼントするんです。好みに合わなかったら、残念な感じでしょう?」

「こら、ブレン。ネタバラシが早すぎる」


 ブレンさまに注意するレグルスさま。でも、ブレンさまはレグルスさまをからかうように笑っている。……このふたりの関係も謎よね。主君と護衛というよりは、気の置ける友人のように見えるから。


 その関係性に羨ましさを感じて、わたくしは小さく息を吐いた。


「か……マーセルさま?」

「お二人は、ずっと前からのお知り合いなのですか?」

「幼馴染」


 ちなみに、ブレンさまのほうが年上らしい。男性の年齢ってよくわからないわ。


「えっと、ではもしかしてブレンさまも貴族……?」

「あ、はい一応。伯爵家の出身です。とはいっても、僕は家を出ている身なので、あんまり関係ないんですけどねー」


 さらっとすごいことを言っていない? わたくしとクロエがぽかんとしていると、レグルスさまが肩を震わせて笑う。


 ……というか、待って。陛下はなにを考えているの? 他国からの留学生であるレグルスさまと、護衛であるブレンさま。彼らを別々の学科に入れて……これは、リンブルクから苦情が来てもおかしくないことよ?


 当の本人たちがなぜかあまり気にしていないのが……本当に謎なのだけど。


「……あの、良かったら、リンブルグのことを教えていただけませんか?」

「それじゃあ、カフェでも行きましょうか! 小腹も空きましたし!」


 ちょっと待って、ブレンさま。まだ入るの!? わたくしたちがぎょっとしていると、レグルスさまが「ブレンの胃は底を知らないんだ」とおかしそうに教えてくれた。


 クロエのブレンさまを見つめる瞳の輝きが()した。……興味深いのね。


「その前に、もう少しだけ雑貨を見てもいいかしら?」

「もちろんですよ、レディ」


 他国の人にそう呼ばれるのは、なんだか気恥ずかしいわね。


 とりあえず、雑貨店を見回っていると、一冊のノートが視界に入る。一冊手に取ってぱらりと(めく)ってみる。とてもシンプルなノート。シンプルだからこそ、飽きのこない作りなのかもしれない。


「それがお気に入り?」

「あっ……」


 ひょいとわたくしが持っているノートを取って、レグルスさまはスタスタと歩いていってしまった。会計に向かっていることに気付き、彼を追いかけようとしたら、クロエとブレンさまに止められた。


「な、なんで止めるの?」

「言ったでしょう? 今日は『デート』なんですから」

「とことん甘えましょう。か……マーセルさまのことを心配していたんですよ、レグルスさま」


 心配していたから(おご)られましょうって、どういうことなの? わたくしの瞳が揺れたのがわかったのか、クロエは眉を下げて微笑む。


 会計を済ませて、きれいにラッピングされたノートをレグルスさまに差し出された。彼を見上げると、「せっかくだから使ってくれよ?」と柔らかくわたくしを見る。視線をクロエに移すと、彼女は小さくうなずいた。


「あ、ありがとうございます。大事に、使いますね」


 両手でノートを受け取ると、レグルスさまは嬉しそうに首を縦に振る。


 大切に使おう。群青色にキラキラと星のようなきらめきを散りばめた表紙のノート。


 ぎゅっとノートを抱きしめるように胸元に寄せると、それを見ていた三人が微笑ましそうにわたくしを見ていた。


 不思議ね、家族には感じなかったことを、この人たちから感じるなんて……


 こんなに温かい気持ちになれるなんて、わたくしは幸せものだわ。


ここまで読んでくださってありがとうございます!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪

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