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72. 口づけ

 私が手当てを受け寝かされていた部屋は、実はセレオン殿下の私室と同じフロア、それも殿下の私室のすぐそばにあるお部屋だった。


「もう君からわずかな間でも目を離したくはないんだよ。……君を私の婚約者にと、そう決めた時点で、強引にでも私のそばに居住を移しておくべきだった」


 暇さえあれば何度も何度も様子を見に来てくださる殿下のその言葉に、私は身の縮む思いだった。ベッドの上で座ったままの姿勢ではあるけれど、私は殿下に謝罪をした。


「……正式に婚約するまでは、これまで通り使用人たちの居住区内にいると言い張ったのは私です。……申し訳ございませんでした、殿下。私の危機感が、足りなかったのです」

「いや、それは違う。君はけじめをつけようとしただけだ。気が緩んでしまわぬようにと、自分を律して王太子妃教育に打ち込むためにあえてそう言ったんだろう。……そこを私がきちんと誘導すべきだった。あまり強引なことをして、君に嫌われたくないという思いもあったんだ。だが……、今後はもう、遠慮はしない。君は私の、誰より大切な人だ。もう決して目を離さないよ」

「……殿下……」


 切実な熱のこもった瞳で、私を見つめながらそう言ってくださるセレオン殿下。

 その瞳を見つめ返すと、途端に甘い空気が漂いはじめた気がして、少し緊張してしまう。さっきまで部屋の中にいたジーンさんは、何やら取り次ぎに来た侍従に呼ばれ、外に出ていた。


 ふいに殿下が私の頬をそっと撫で、そのままごく自然な動きで、こちらに顔を近づける。

 目の前に迫る、殿下の美しい、真っ青な瞳。その輝きに吸い込まれるような感覚に、私も無意識に目を閉じ、身を任せた。

 唇にそっと触れる、柔らかな温もり。心臓が破れそうなほど激しい自分の鼓動を感じながら、私は身動き一つせず、その温もりを受け止めた。


「……。ミラベル……」


 唇をゆっくりと離し、二人の間にほんのわずかな隙間を作ると、殿下は吐息のかかる距離で私の名を呼んだ。

 掠れたその声にはこれまでとは違った熱が感じられて、私はますます緊張する。頬も耳も、どんどん熱を帯びてきた。

 何かを確かめるように、しばらくそのまま私の瞳をジッと見つめていた殿下は、ふいにもう一度唇を重ねた。さっきよりも、少し強引に。

 

「……っ、ふ……っ、」


 今度はなかなかその唇が離れない。何度も角度を変えながらついばむように与えられる口づけに、思わず身じろぎしてしまう。

 だけど拒むことを許さないとばかりに、殿下の大きな手のひらが私の後頭部に添えられ、逃げることもできない。もう片方の手が、私の腕を、鎖骨を、そして首筋をゆっくりとなぞるように艶かしく這いながら上がっていって、思わず声が漏れてしまう。


「ん……っ、ふ、あ……っ、」


 私の吐息とともに、セレオン殿下の息も上がっていく。徐々に激しさを増す口づけを受けながら、観念してされるがままになっていると、唇の間から入ってきた舌が、私のそれに絡みついた。

 ぞくり、と、経験したことのない不思議な感覚が背筋に走った、その時だった。


「そこまでです、殿下。ミラベル様から離れてください」

「っ!!」


 突然聞こえてきた冷静な声にビクッ!と硬直した私は、一瞬にして我に返る。その声の主が誰なのかは、見なくても分かった。


「~~~~~~!……ジーン……」


 私から離れ、そのままがっくりと項垂れたセレオン殿下の頭越しに、冷え切った目をしたジーンさんの姿が見えた。


「馬鹿……。何故……、このタイミングで入ってきたんだ、お前は……」

「あなた様こそ一体何を仰っているんですか。少し人が目を離した隙に、全く……。ミラベル様はようやく怪我が治ってきたところなんですよ。無理強いして悪化させるおつもりですか。大人しくなさっていて下さい。ミラベル様のこととなるとすぐに我を忘れて、みっともない」

「……ああ……、そうだな……。私が馬鹿だった……。つい……」

「お分かりになれば結構です」


 とても王太子殿下とその側近とは思えないような会話を繰り広げる二人を前にして、私は全身が茹で上がるほど真っ赤になり、がっくりと肩を落とすセレオン殿下の前で深く俯いたのだった。


 





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