表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/75

69. 絶望の淵で

 男が再び口を開く。


「……愚かな女だ。自分の置かれた状況が理解できていないのか」

「あなたたちこそ、しでかした事の重大さが理解できていないようね。首尾よく私を王宮から引っ張り出したところで、どうせすぐに身元はバレるわ。ここがどこだか知らないけれど、必ず見つかるわよ。王家の力を侮らない方がいい。そちらこそ、早く逃げた方がいいんじゃないの?」


 とにかく時間を稼ぐしかない。私はそう思った。

 どの道この状況じゃ、私がここから逃げ出すことはできない。せめて誰かが助けに来てくれるまで、いや、それを信じて、少しでも生き延びるための時間稼ぎをしなくては……!

 そう思った私は、できる限りゆっくりと、途切れることなく喋り続けた。


「随分と荒っぽい手を考えたものね。一体どなたの差し金か見当もつかないけれど、こんなやり方をするなんて、ろくな雇い主じゃないわ。あなたたち、ここで私を殺めてどこかへ姿を隠したところで、必ず捕まるわよ。そして処刑される。取り返しがつかないことになる前に、考えを改めて未遂のまま逃げた方がいいんじゃなくて?今ならまだ、たとえ捕まったとしても極刑にはならな……、ぐ……っ!」


 すると突然、目の前の大男が私の胸ぐらを掴み、片手で持ち上げた。すごい力だ。恐怖のあまり怯んだところに、まるで感情のこもらない声で男が言った。


「その雇い主から、殺す前に必ずこれをくれてやれとの指示だ」


 その直後だった。


 頬に凄まじい衝撃が走り、耳元で大きな破裂音がした。そのあまりの勢いと強さに、脳が大きく揺さぶられたような感覚に陥る。視界が大きく揺れ、直後に吐き気もこみ上げてきた。

 私を掴んでいた男から、容赦のない力で頬を打たれたのだ。

 ヴィントでもここまでの力で私をぶったことはなかった。口の中に鉄錆のような味が一気に広がり、口の端からこぼれ出た。


 男が私から手を離し、私は固い床の上に放り出された。その弾みに頭の横を強くぶつけ、ますます目が回る。

 意識が朦朧とし、気付けば私の目からは止めどなく涙が溢れていた。


(ああ……、もう、ダメかもしれないな……)


 強い痛みに心が折れかかり、そんな考えが頭をよぎる。今の男の言葉で、私は察した。誰がこんなことを計画したのかを。


 ここまで私を強く恨む理由がある人は、一人だけだ。


「もういい。時間をかけ過ぎた。さっさと始末してずらかろうぜ」


 別の男が初めて口を開いた。すると男はああ、と返事をし、私の前から離れた。

 その足元をぼんやりと見ていると、今度は別の男が横からやって来て私の前に立つ。ぶらんと下がったその手に、大きなナイフのようなものが握られていることに気付いた。


 これで喉を裂かれるのか。

 ここで私の人生は終わるのか。


 そう思った瞬間、私の頭の中にまた、大切なあの子の笑顔がよぎる。


 ああ、アリューシャ様……。どんなに嘆くことだろう。

 ずっとそばにいると約束したのに。


 それに……。


『ミラベル』


 私の名を優しく呼ぶ、愛しい人の声。


(────冗談じゃない!!)


 その瞬間、ふいに気力が全身に漲り、私は両腕両足を縛られたままの体でがむしゃらにもがき、暴れまくった。目の前のナイフを持った男の脛を、思い切り蹴りつける。


「いてっ!……クソッ!大人しくしろ!」

「誰が大人しくなんてするものですか!誰かぁーーっ!!誰か助けてぇーーーっ!!」

「っ!!こっ……、こいつ……っ!」

「キャアーーーッ!!誰か来てぇーーーっ!!」


 私は全力で暴れ、叫んだ。大人しく殺されてたまるか。せっかく幸せになれるところだったのに!許さない!

 最後の最後まで、あがき続けてやるから!


「いたっ!……このアマ!!」

「おいっ!早く抑えろ!首を切るんだ!」


 私は肩を大きく振りながら、床の上をゴロゴロと左右に転がった。案の定、それは長くは続かなかった。相手は屈強そうな男四人。こんな状態で、太刀打ちできるはずがない。


「いい加減にしろ!!」


 ゴツッ!という音とともにこめかみに強烈な痛みを感じたその時、私の体の上に男の一人が跨って座った。完全に動きを封じられてしまったし、再び殴られた衝撃で視界がグラグラと揺れている。……もうダメだ。


「……セレオン、さま……」


 私が小さく呟いた途端、首元をグッと押さえつけられ、跨った男の右手が大きく振り上げられた。


 そしてそのナイフの先端が不気味に光った、その時だった。


 ドンドンドンドンッ!!


 遠くで激しくドアをノックするような音が聞こえたかと思うと、何かを破壊するような激しい音が続けざまに聞こえてきた。ガンッ、バキッ、という乱暴な音は次第に大きくなり、目の前の男たちが明らかに動揺している。

 すると。


「ミラベルーーッ!!」


(…………?)


 今の、声……。まさか……、


(……セレオン、殿下……?)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ