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62. 危機感(※sideジュディ)

 何もかもが悪い方へと進んでいく。


 セレオン様のお気持ちが、あの教育係のミラベル・クルースという名の小娘に傾いている。そんな気がして以来、私は焦っていた。あんな子、この私が相手にするような存在ではないと分かっていながらも、目障りで仕方なかった。セレオン様と王女殿下のそばから、どうにかあの小娘を遠ざけたい。


 その思いを強くしていたちょうどその時、セレオン様の誕生日を祝うパーティーが開催されることとなった。私はここぞとばかりに自分をアピールした。今までセレオン様のお誕生日にここまで高価な贈り物をしたことがない。けれど、今年は宝石商を呼びよせ、一点物のクラバットピンとカフスボタンを作らせた。最高級の大きなダイアモンドを使ったのは、オルブライト公爵家の財力と存在感を見せつける意図もあった。あの小娘と私とでは、全く格が違うのだと。この私をないがしろとして他の女と親しくするなど、言語道断であると。暗にそう伝えることで、セレオン様の目を覚まさせる狙いがあった。

 そしてそれとは別に、私が刺繍を施したハンカチも。そのハンカチの素材にだってこだわった。あの小娘が身の程知らずにも王太子殿下に個人的な贈り物をしたりするとは思えないけれど、今のあの子は、自分がセレオン様の寵愛を得ているなどと思い上がっている可能性もある。だからこそ、あんな取るに足らない者には絶対にあげることのできないような贈り物を準備したのだ。仮にあの子が安っぽいハンカチにいそいそと刺繍を施してセレオン様にプレゼントしたとしても、その質の違いにも、そして刺繍の出来映えの差にもきっと驚かれることだろう。


 けれど、パーティーが始まる前、彼のお部屋で意気揚々とそれらを手渡した時のセレオン様の反応は薄かった。


「……ありがとう、ジュディ嬢。けれど私の誕生日のために、わざわざこんなに金を使う必要などないよ」

「まぁ、そんな。お気に召しませんでしたの?セレオン様のためにと、何ヶ月も前から時間をかけて準備しておりましたのよ。私の想いを、あなた様にお伝えしたくて」

「……ああ。ありがとう」


 私の贈ったダイアモンドとハンカチを、大した感慨もなさそうに眺め静かにそう答えたセレオン様に、激しく苛立った。ちょっと、何なのよ一体。何が気に入らないわけ?この私が、近々あなたの婚約者となるこの私が、わざわざ手間とお金をかけて準備した贈り物なのよ?!もっと喜んでもいいんじゃなくて?嬉しいよ、ジュディ嬢、君の気持ちはたしかに受け取ったよ、とか何とか言って、満面の笑みくらい見せなさいよ。


 しかしその満面の笑みは、数時間後、パーティー会場となった王宮の大広間で見せつけられることとなった。


 広間に優美な音楽が流れはじめ、セレオン様は当然私とファーストダンスを踊った。きっとこの後、私たちの婚約がこの場で発表されるのだろう。そのことを考え笑みを浮かべながら、セレオン様の顔を見つめて優雅に踊る。けれど相手はつまらなさそうな態度だ。礼儀として渋々踊り、渋々私を見ているといった感じ。心ここにあらずなのが嫌というほど伝わってくる。

 不快感と焦燥感が見る間に膨れ上がり、私は苛立った。

 けれどそんな内心をわずかたりとも表に出すわけにはいかない。私はオルブライト公爵家の令嬢であり、この王太子殿下の妃となる者。この大広間にいる全員が今、私の一挙手一投足に注目している。

 余裕と自信に満ち溢れていなくては。


 曲が終わり、会場中から拍手が沸き起こる。当然のようにそれを受け止め微笑みながら、隣に立っているはずのセレオン様を見上げると、彼は私にはもう目もくれず、突然歩きはじめた。そのまま大勢の間を縫って行き、皆が注目する中、一人の女性の前に立つ。


(……は……?)


 その女性がミラベル・クルースだと気付いた途端、嫌な予感がした。……何をなさっているのかしら、セレオン様ったら。

 すると案の定セレオン様は、ミラベル嬢にその手を差し出した。


「……ミラベル嬢。次の一曲を、お相手願えるだろうか」


(……っ!)


 その言葉に、全員が一斉に静まり返った。皆が息を呑み、二人の動向を見守っている。

 しばらくの間驚き、逡巡するような仕草を見せていたミラベル嬢は、セレオン様に何やら優しく囁きかけられると、覚悟を決めたといわんばかりの表情でおずおずとその手を重ねた。


(……やっぱりね)


 自分の勘が当たっていたことに失望し、激しい怒りが腹の底から湧き上がる。やはりセレオン様はあの女に懸想なさっているんだわ。こんな公の場で、わざわざ二曲目のダンスの相手にあの女を選び、その手を取るなんて。


 私の立場はどうなるのよ!!


 フロアの中央に進み出てくるミラベル・クルースと目が合った瞬間、はっきりと伝わるであろう怒りを込めて彼女を見つめた。動揺したように目を背けつつも、そのままセレオン様と踊りだす小娘。……二人のその姿は歯噛みするほどにお似合いで、また優美でもあった。その事実にますます心が乱れる。


「……素敵ですわ、王太子殿下と、あちらのご令嬢……」

「ええ。たしかに。でも一体どちらの……?」

「ほら、あの方が噂の……。最近アリューシャ王女殿下の教育係として勤めているという……」

「まぁ、あの方が?本当にお美しい方でしたのね……」


 周囲の女性たちが二人のダンスを見つめながら早速ひそひそと噂しはじめた。不快でならない。

 しばらく楽しそうに踊っていた二人だが、そのうち小娘がセレオン様に何やら話しかけた。するとその言葉を聞いたセレオン様が、素晴らしく素敵な笑顔を見せ、彼女に言葉を返している。

 長年彼のお顔を見慣れているはずの私でも思わずハッとするほどに、セレオン様のその満面の笑みには破壊力があった。どんなに頑なな女性の心でも一瞬で揺さぶり、溶かしてしまうような、そんな笑顔。周囲の令嬢たちも一斉に息を呑み、そして甘いため息をつく。


 駄目だわ。このままではマズい。

 私の中の焦燥感が、大きな警鐘を鳴らしていた。まさかと思っていたけれど、このままあの二人を野放しにしていれば、下手をすれば取り返しのつかないことになるのではないか。そんなことを考えながら、それでも私はアルカイックスマイルを浮かべたまま、踊る二人の姿を見ていた。でもきっと、自分が今余裕のない目の色をしているであろうことは、自覚していた。


 その時、だった。


 幸せそうな笑みを浮かべ、ふわりと華麗に舞いながらターンをするミラベル・クルースを見ていた私は、彼女の胸元にふと違和感を覚えた。




 




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