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60. セレオン殿下の想い

 その日、フラウド伯爵邸から王宮に戻ると、興奮したアリューシャ王女が、お部屋まで歩きながら私のことを「お姉様」と呼んだ。

 セレオン殿下は慌ててたしなめ、「混乱を招くから今はまだミラベル嬢とお前との関係は伏せておくべきだ。今まで通りミラベルさんと呼びなさい」と言い含めた。


 けれど、人の口に戸は立てられぬもの。

 フラウド伯爵夫人はこの件について口外しないことを約束してくださったとはいえ、どこからともなく噂はすぐに広まった。

 アリューシャ王女の「お姉様」発言を聞いてしまった使用人たちからかもしれないし、そもそもそれ以前にセレオン殿下の誕生パーティーの場で、オルブライト公爵令嬢が私を盗っ人呼ばわりして大きな騒ぎになった際に、大勢の列席者たちを前に二つのルビーのネックレスがお披露目されてしまったせいかもしれなかった。


 アリューシャ王女殿下と教育係のミラベル・クルース嬢は、血の繋がった姉妹らしい。


 今や王宮内、そして社交界全体にその噂は広まっているようだった。


(……実際には姉妹ではなく、従姉妹なんですけどね……)


 これまで以上に私に対する態度がやけに丁寧になった使用人たちとすれ違いながら、私は頭の中でこっそりと訂正していた。







「……どう?昨夜はちゃんと眠れたかい?」

「ふふ。はい、おかげさまで。……セレオン殿下、いろいろと本当にありがとうございました」


 一夜明けた翌日、私は殿下のお部屋に呼ばれた際に今回の件についてのお礼を伝えた。ネックレスなどただの偶然だろうと片付けてしまうこともできたのに、セレオン殿下自らが動いてくださって、私とアリューシャ王女は互いの母の過去や関係を知ることができたのだ。


 私の言葉に、向かいのソファーに腰かけている殿下が静かに微笑む。


「礼を言われるようなことじゃないよ。私にとっても大切なことだから。でも本当によかったね。君とアリューシャの深い繋がりを知ることができて」

「……はい。本当に。もちろん、アリューシャ王女はこれまでも私にとって、すでに大切な方でしたが、血の繋がった存在であると分かってからは、ますます愛おしく思えて仕方ありません」

「……。」


 昨日のアリューシャ王女の可愛らしい姿を思い浮かべると、自然と笑顔がこぼれる。フラウド伯爵夫人の言葉を聞き、声を上げて泣きながら私に抱きついてきたアリューシャ王女。あんなにも喜んでくれるなんて。


 ふいにセレオン殿下が、部屋の片隅で書類の整理らしきことをしているジーンさんに声をかける。


「ジーン、すまないが、財務大臣との午後の約束をずらしてほしいんだ。三時頃が空いてるか、確認してきてくれ」

「……承知いたしました」


 ジーンさんは殿下にそう短く返事をすると、静かに部屋を出ていった。護衛たちは扉の外。一時的に、私と殿下はこのお部屋の中で二人きりになってしまった。

 たったそれだけのことで、なぜだか妙に意識してしまい、緊張する。


(……っ?)


 静かになった部屋の中、セレオン殿下の瞳が私を捕らえるようにジッと見つめている。心臓がトクンと音を立て、私は慌てて目を伏せた。……頬にじんわりと熱が集まる。

 耳朶に優しく響くような静かな声で、殿下が言った。


「……正直、君が彼女のことをそんな風に口にするたびに、羨ましくてたまらない。大切だとか、愛おしいとか。……アリューシャを大事に扱ってくれる君に深く感謝する気持ちは本当だ。だが、君に特別な好意を向けられている妹に、嫉妬してしまう自分がいる。……我ながら、愚かしいことだ」

「……。」


 …………え?


 一瞬頭が真っ白になり、殿下の言葉の意味が入ってこない。どういう意味だろう。……羨ましい?私が、アリューシャ王女を大切に思うのが?


 ……なぜ?


 おそるおそる顔を上げる。彼は少しも目を逸らすことなく、ただひたすらに私のことを見つめていた。

 鼓動がどんどん速くなり、息をするのも苦しくなる。


 突然セレオン殿下が音もなく立ち上がり、思わず体が強張る。うるさいほどに高鳴る自分の心臓の音に戸惑っていると、殿下は私の目の前まで歩いてきて、私の前にそっと跪いた。


「……っ!」

「ミラベル嬢」


 そのまま流れるような動作で、殿下はふわりと私の手を掬い取る。驚いて声も出ない。温かく大きな手の感触に、クラリとめまいがした。


「……私との出会いは?」

「……っ、……は、はい……っ?」


 目の前で跪き、私の手を包み込むように握りながら、殿下はその青く澄みきった美しい瞳で私のことをジッと見つめる。その真っ直ぐな視線には強い想いがこもっているように感じられ、私の体温は一気に上がる。


「君とアリューシャとの出会いは、ある種の不思議な力によって導かれたとでも言えるほどに、運命的なものだろう。……だが、君と私とは?君にとって私との出会いは、ごくありふれた、何の意味もなさないものなのだろうか」








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