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33. 行方探し(※sideヴィント)

(クソ……ッ!一体どこにいやがるんだミラベルめ……!)


 やり場のない苛立ちに、俺は部屋の中で頭を掻きむしった。最後の使用人だったハンスがこのハセルタイン伯爵家を出て行き、ついに領地経営ばかりか屋敷の中も立ち行かなくなった。ブリジットが片付けも掃除も何もしないもんだから、どこもかしこもゴミ溜め状態。埃まみれで汚ねぇし、庭は荒れ果て雑草が生い茂り、玄関ホールもゴミが溜まって見られたもんじゃない。こんなんじゃ万が一誰か訪ねてきた時に格好がつきやしない。

 資金繰りもかなり切羽詰まっている。というか、もうどうにもなりそうにない。一体ミラベルのやつはどうやって上手いことやりくりしてやがったんだ?このままじゃこの先は大赤字だ。領民たちはどうでもいいが、俺やブリジットの生活に支障が出る。ブリジットは以前のように欲しいものが自由に買えなくなってきたことで最近ずっと不機嫌だ。互いに苛ついて喧嘩ばかりするようになってきた。


(ともかくあいつを探し出してとっとと連れ戻さねぇと……。ったく、素直に謝ってくればいいものを。どこに隠れてやがる、あの馬鹿女め!)


 ミラベルの学園時代の友人らが何かを知っていることは明白だった。何度も来ていたあいつ宛の手紙が一切来なくなったからだ。ミラベルが事情や行き先を連絡済みなのだろう。その中の誰か一人でも俺が知っていれば、直接聞きに行くことができるのに。あいつの交友関係など、まるっきり興味がなかったからな。友人の話を聞いたことなど一度もなかった。


「……仕方ねぇ。こうなったら学園まで行ってみるか……。片っ端から当たっていきゃ、誰かしらあいつの知り合いが見つかるかもしれねぇ」


 どのみちこのままじゃハセルタイン伯爵家は潰れてしまう。なりふりなど構っている場合じゃねぇ。


「ヴィント!……ねぇ、ヴィントったら!お腹すいたわ!街のレストランにでも行きましょうよ」


 スープさえまともに作れないブリジットが、無遠慮に俺の部屋のドアを開けふてぶてしくそう言った。こいつ、俺と出会うまでどうやって生活してたんだ?平民なんだから使用人がいたわけでもあるまいし。親か誰かに食事を作らせてたのか、もしくは常にどこかの男にでも食わせてもらってたのか……。


「……ブリジット、出かけるぞ」

「ええ。あたしお肉が食べたいわ」

「うるせぇ!その辺のパンでも適当に食っとけ!もっと大事な用があるんだよ!!」


 脳天気なブリジットの言葉にますます苛立ち、俺は乱暴に怒鳴りつけると外出の準備を始めた。







 ハセルタイン家にはろくに手入れもされていない古い馬車がまだ一台だけ残っているが、肝心の動かす御者がいない。あの馬車も処分して金に変えるしかないか……。クソ。

 俺たちは辻馬車を乗り継いで、旧クルース子爵領内にあるこじんまりとした学園の前までたどり着いた。


「……へーぇ。ここがあの子が通ってた学園ってわけ?生意気ね、貧乏貴族の娘のくせに学園通いなんてさ」


 学園の外観を見て、ブリジットはフンと鼻を鳴らした。貧乏子爵家の娘のくせに伯爵家に嫁いだミラベルのことを、羨んでいるのか妬んでいるのか、ブリジットはミラベルをとにかく毛嫌いしていた。今は自分が通えなかった学園にあいつが通っていたという事実が気に入らないのだろう。


「この学園に通っていた時に知り合った友人たちなんかと、あいつは定期的に手紙のやり取りをしていた。あいつが出て行って以来その手紙が一切来なくなったわけだから、その友人たちはあいつの居所を聞かされている可能性が高い。……ブリジット、お前中に入って誰かしら当たってくるんだ。ミラベルの行き先を知ってる人間を見つけて聞き出してこい」


 俺がそう命じると、ブリジットは目を見開き、露骨に顔を歪めた。


「は……、はぁっ?!何であたしが行かなきゃいけないのよ!嫌よ!そんな面倒なことしたくないわ!」

「じゃああの荒れ放題の屋敷の中で食うに困るような貧乏暮らしをずっと続けていくってのか?!俺の話があいつの友人らにどう伝わってるか分からないだろうが。ミラベルが俺のことを悪いように話していたら、せっかくあいつの知り合いを見つけたとしても警戒して何も話してくれない可能性が高い。だから代わりにお前が行くしかねぇんだよ」

「……ったく……。あの小娘……、戻ってきたら死ぬほど働かせてやるんだから……。チッ」


 俺の説明に納得したらしいブリジットは、下品に舌打ちすると腹立たしげに髪をかきあげた。


「おい、そういう仕草は絶対にするなよ。いいか?お前はハセルタイン伯爵家のミラベル付きの侍女だった。その奥様が事情によりハセルタイン家を出て行ったが、大切にされていたものを忘れていかれたのです。今頃きっとお困りになっていらっしゃるでしょうから、届けて差し上げたいのですが私共には行方が分からず……、どなたかご存知の方はいらっしゃいませんでしょうか。……こんな感じで話すんだ。分かったな?頭がいいだろう、俺は」


 我ながら完璧な案だ。これなら疑われることもなく、誰か一人くらいはあいつの行方を知っている友人から話が聞けるだろう。冴えてるな俺は。


 しかしため息をついて渋々学園の正門に向かおうとしたブリジットが、ふと足を止め俺の方を振り返った。


「……ねぇ、あの小娘って、今何歳だっけ?あいつの同級生ってまだ学園に通ってるの?もう卒業しちゃってるんじゃない?」

「……。…………ハッ!う、うるせぇ!!別に同級生に当たれとは言ってないだろうが!き、教師とか……、他にもいろいろいるだろう!いいから片っ端から声をかけてこい!!」

「……。はぁ……」


 ブリジットは冷めきった目で俺をジトッと見ると、あからさまにため息をつき行ってしまった。


(そ、そうだ……。あいつはもう18……。同級生ならとっくに卒業してしまっているはずだ……)


 畜生。そんなことも思いつかないなんて。

 本当はよく分かっている。俺にはこういう、今ひとつ頭の回らないところがある。だから両親もミラベルも家令さえいない今、俺一人であの領地を運営していくことなど不可能なのだ。


 だからこそ、あいつの力が必要なんだ。





 数刻後。


 苛立ちながら待ち続ける俺のもとに、ようやくブリジットが戻ってきた。……何やら驚愕の表情を浮かべ、慌てふためいてこちらに走ってくる。ただならぬその様子に胸がざわつく。


「ヴィ……ヴィントッ!!」

「何だ?どうしたブリジット。何か分かったのか?」


 俺のそばにやって来ると、ブリジットは俺の腕を掴みはぁはぁと肩で息をする。そして顔を上げると、とんでもないことを言い出した。


「ひ、一人、あいつをよく知ってるっていうババアの教師がいたのよ!ずっとミラベルと手紙のやり取りをしていたって。そ、そのババアが言うには、あいつ……、今王宮で働いているんですって!しかも、住み込みで!!」

「……。……は……?」


 ……王宮……?








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