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2. さようなら

 足を踏ん張ってどうにか立ち上がりながら、私は真正面からヴィントを見据えてきっぱりと言った。ヴィントも奥に座っているブリジットも、ポカンとした顔をしている。

 けれど。


「……おおそうかよ。なら好きにしろ。開き直りやがって。せいぜい物乞いにでもなって貧民街で惨めな人生を送ればいいさ、馬鹿め」

「絶対に戻ってくるんじゃないわよ!あたし許さないんだからね、この生意気な小娘が!娼婦にでもなって汚いおっさんたちの相手でもしながら生き延びな!!」


 我に返った二人は、それぞれ最後の捨て台詞を私に投げつけた。ヴィントはそのまま私の腕を乱暴に掴み、玄関に向かってズカズカと歩き出す。


「痛っ……、せめて荷物をまとめさせてください……っ!」

「うるせぇ!てめぇに大した荷物なんかないだろうが!このまま今すぐに消え失せろ!!」


 ヴィントは玄関の扉を開けると、私の体を力いっぱい突き飛ばした。石畳に体を打ちつけた時の衝撃で、また左耳に強い痛みが走る。


 バタン!と扉は無情にも閉められ、夜の闇の中、私は屋敷から無一文で追い出されたのだった。


「…………。」


 しばらく呆然と佇んだ後、私は痛む耳を押さえゆっくりと立ち上がった。とにかく、どこかへ行こう。もうここにはいたくない。

 そう思って敷地の外へ出ようと、一歩足を踏み出した時だった。


「お嬢さん。……ミラベルお嬢さん」

「?……あ……、ハンスさん……」


 裏口から慌てて駆け寄ってくる中年の男性は、もう一人の使用人のハンスさん。このハセルタイン伯爵家で雇っていた侍女やシェフや家令、その他の大勢の使用人のほとんどを解雇してしまった今でも残って働いてくれていた、数少ない私の友人のような存在だった。


「ハンスさん……。ごめんなさい、私ね……、」

「ええ、ええ。分かってます。聞こえていましたから。お嬢さん、これを……」


 そう言うとハンスさんは私にボストンバッグを一つ手渡した。


「今急いで詰め込んできました。お嬢さんの部屋から、すみませんが、勝手に着替えやら何やら。お母様の形見の品だと仰ってたあのルビーのネックレスも、ちゃんと入れてますよ。あと……、わずかですが、俺の金も。使ってください」

「……ハンスさん……、そんな……、だって……」


 心遣いに涙がこみ上げてくる。だってこのハンスさんにだって、もう二ヶ月ほどお給金は支払われていないはずだ。


「いいんです。今まで俺たち使用人のことを考えて一生懸命頑張ってくださってたあなたへのお礼ですよ。俺もそのうちここを出ていくつもりです。先に逃げてください、お嬢さん。大きな街へ行けば、あなたの賢さだ、どこでも雇ってくれるところはあるはずです。……大丈夫ですよ。頑張ってください」

「……ありがとう、ハンスさん……っ。何もできなくて……ごめんなさいね……」

「そんなことはありません。俺たちの立場を守ろうとしてくださるあなたにどれだけ救われてきたことか。こちらこそ、今までありがとうございました、ミラベルお嬢さん。どうかお元気で……」

 

 最後にハンスさんとしっかりと手を握りあって、私はハセルタイン伯爵家を後にした。

 夜は危ないから必ず辻馬車を拾ってくださいというハンスさんの言葉に甘えて、屋敷を出てすぐに馬車に乗る。お金を持たせてくれたハンスさんに、心から感謝した。


 こうして私は、数年間虐げられて暮らした伯爵邸を出ることになったのだった。







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