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15. 食事の席での会話

「さぁ、こっちへおいで」


 セレオン王太子殿下はなぜだかわざわざ私のそばまでやって来ると私の手をそっと取り、自ら席へとエスコートしてくださった。随分ご親切な方だ。


「ふふふ。お兄様ったらやけに親切なのね」


 ……王女殿下もそう思ったらしい。

 こうして私の人生史上、最も奇跡的な晩餐が幕を開けたのだった。




「…………っ、」


(き……緊張する……っ!)


 こんな高貴な方々と食事をともにする日がやってこようとは。学園で全ての科目において常にトップの成績を維持していた私。マナーの授業でももちろん、正式なテーブルマナーを完璧に覚えてはきた。だけど……実際にこうしてその技術を披露しながら音を立てずにカトラリーを動かす緊張感たるや……!


「医者から報告は受けた。適切な治療を続けていけば聴力は回復するそうだな。本当によかった。膿んできていて、放っておくと危なかったそうだ。……当面はここに留まって、しっかりと治療に専念しておくれ、ミラベル嬢。これも何かの縁だ。……出会えてよかった。本当に」

「あ、ありがとうございます、殿下。……お世話に、なります」

「ふふふっ。じゃあミラベルさんは耳もちゃんと聞こえるようになるし、これからしばらくはずっと毎日お喋りしたりお茶したりできるのねっ!」


 こんな風に話したりはしゃいだりしながらも、お二人は小さな音さえ立てることはない。こっちは全神経を集中しながらお肉を切っているというのに。

 と、思ったその矢先。

 アリューシャ王女殿下の持っていたフォークが、ガチャッと大きな音を立ててプレートの上に落ちた。しまった、という表情でセレオン王太子殿下の方をチラリと見る王女殿下。


「アリューシャ。みっともない真似を」

「……ごめんなさぁい」


 唇を突き出し拗ねたように謝るアリューシャ王女殿下を見て、私は震え上がった。わ、私も他人事じゃないわ……!みっともないなんて思われたら立ち直れない……っ。

 そう思ってガチガチになっている私に気付いたのか、セレオン殿下はクスリと笑うと優しい口調で言う。


「……ミラベル嬢。アリューシャは王家の娘だからテーブルマナーについても厳しく指導しているが、君はそんなに緊張する必要はないよ。くつろいで食事を楽しんでおくれ」

「っ!……は、はい」


 いや、くつろぐのはさすがに無理だけど、どうやら間違って音を立ててしまっても睨まれることはなさそうだと分かってホッとする。


「ところで、聞いても構わないかな。さっき君が少し話してくれた……離婚した元夫とかいう不届き者や、その辺りの事情について」

「私も気になるわ!ミラベルさんに暴力を振るうなんてろくな男じゃないもの!一体何なの?そいつ。どうしてそんなヤツと結婚したの?親御さんはいるの?実家に戻ったりはしないの?」


 遠慮がちに尋ねるセレオン殿下とは対照的に、かなりあけすけな言葉で事情を探りたがるアリューシャ王女殿下。あそこまで話してしまったことだし……と、私は観念していろいろなことを打ち明けた。子爵家であった実家の借金、領内の学園を中退したこと、隣の領地の息子に嫁ぐことになった経緯、婚家での私の扱いや仕事について。互いの両親の死と、元夫との離婚……。


「……なるほど……。そしてその元夫にはすでに後妻がいて、君はそれらの人間にいびられながら使用人として過ごし、ついには屋敷を飛び出して王都までやって来た、と……。そういうわけだったのか。苦労したね」

「本当に最っ低だわ!!私がぶっ飛ばしてやりたいその男……!ミラベルさんはそんな男にはもったいないわよ!……そういえば、結婚してたなら、お子さんは?いないの?」

 

 あまりにも悪気なくいろいろ突っ込んでくるアリューシャ王女につられて、私もつい素直に口を割る。


「あ、はい。結婚といっても、夫は私には一切興味を示しませんでしたので……。先ほども話した通り、彼には他にたくさんの女性が」

「……じゃあ、君とその元夫とは……その、無関係だったと?つまり、寝室は別だった……?」

「あ……、……はい」

 

 やだ。一体何を話しているのかしら、私ったら。

 なぜかやけに前のめりに尋ねてくるセレオン殿下の視線が恥ずかしくて、頬に熱が集まった。

 だけど、そうか……、と答えたセレオン殿下の表情は、不思議とホッとしている風だった。なぜだろう。清い体のままなら再婚もしやすいとか、そういう心配をしてくださったのだろうか。

 本当にお優しい方だ。まぁ、後ろ盾も何もない私には、今のところ再婚の当てなど全くないのだけれど。








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