9.バレエの練習見学者、そして、クリスマスコンサート
校内合唱コンクールの翌日、教室に入る僕。
昨日の一件、僕が最優秀指揮者賞を取ったこともあり、教室に入ってから、僕のことを悪く言う人は居なくなった。
そうして、教室に入ると、既にハルが教室に到着していた。
ハルは僕を見るなり、手を振っている。
「おはよう、昴君。突然なんだけど。今日の放課後、時間あるかな?」
ハルの綺麗な瞳は、僕の目を覗き込んでいた。
「あるけど、どうしたのかな?」
「あのね。私のお父さんの弟さん、つまり、叔父さんが昴君に会いたいって。昨日、叔父さんも合唱コンクールに来てて。昴君のことが話題になったから。ああ、ヒロちゃんとアキちゃんにも会いたいって言ってるから、誘ってみるね。」
幸いにも、今日はバレエの練習は無い日。そして、僕は、虐められていた影響で、部活というものには入っていないから、放課後はいつでも時間が取れる。
「いいよ。大丈夫。」
「本当?ありがとう。」
ハルに二つ返事でこの誘いを承諾する。
同じく、ヒロと、アキも、同じだった。
そうして、今日の放課後、ハルの案内のもと、ハルの叔父さんのもとへ。
といっても、ハルの家で、その叔父さんとは会うらしい。
ハルの家は、真新しい、雲雀川の傍にある茶色いマンション。
出来たばかりのマンションで、高級感漂うエントランスから、マンションの敷地内に入る。
ハルの案内のもと、エレベーターに乗るのだが、このエレベーターの匂いも、新品そのもの、このマンションが新築した新しいマンションだということが伺える。
そうして、エレベーターを降りて、マンションの一室に向かう僕たち。
一室の表札には『茂木』と書かれていた。
「ただいま!!叔父さん、連れて来たよ~。」
ハルは元気な声で、叔父さんに挨拶する。
「お帰り、そして、初めまして、では、ないよね。」
ハルの叔父という人を見て驚いた。そこに居たのは、昨日合唱コンクールにゲスト審査員として演奏を聞いていた、茂木博一氏、その人が出迎えてくれた。
「改めて、紹介するね。博一叔父さん。」
「茂木博一です。先月まではパリの管弦楽団で音楽監督をやってました。今月から、母校の音楽大学の教員に就任して欲しいという要請を頂き、それと同時に、指揮を触れる楽団は無いか探していたところ、雲雀川の管弦楽団で指揮を振ってます。今は、東京の母校の音楽大学と、こっちの管弦楽団の仕事をするため、新幹線で行ったり来たりの生活をしています。よろしくね。」
博一氏、いや、茂木先生はそう言って自己紹介をして、名刺を僕たちに差し出してくれた。
『【四ツ谷音楽大学作曲指揮専攻准教授】、【雲雀川管弦楽団音楽監督】。』
茂木先生の名刺にはそう記されていた。
「あ、あの、吉岡昴です。」
「藤田晶子です。」
「原田裕子です。」
僕たちは順番に自己紹介をした。
「よろしくね。さあ、どうぞ、入って。」
茂木先生はそう言って、僕たちを家に上がらせ、今のテーブルに促してくれた。
「私はね。叔父さんと住んでるの。声楽のレッスンをしたくて。叔父さんが日本に帰国するなら、叔父さんのもとでレッスンしたらどうかって。その条件でならということで、両親に許可をもらって。だから、叔父さんの帰国のタイミングを見て、引っ越してきたの。叔父さんの家に居候している感じかな。」
ハルはそう説明する。
なるほど、確かに、先日までパリ、ヨーロッパの楽団で指揮を振っていたのならば、その実力は頷ける。
「すごいじゃん。音大の先生の、生の指導を受けれるなんて、良いな。」
ヒロはニコニコ笑っている。
「本当。うらやましい。」
アキはうんうんと頷く。
僕も、大きく頷いて、ハルと、茂木先生に興味津々だ。
「ありがとう。そういってもらえて、すごく照れちゃう。」
ハルは顔を赤くする。
「まあ、私からしてみれば、まだまだだけどね。」
茂木先生はニコニコ笑っていた。
「さて、前置きはこれくらいにして、本題に行こう。吉岡君だよね。昨日は本当に素晴らしかった。雄大で、ダイナミックな指揮。確かに、指揮の経験はまだまだ浅そうだが、表現力の面ではずば抜けてトップだった。そして、藤田さんのピアノもね。そして、原田さん、いや、原田君と呼ぼうかな。かなり元気な女の子という印象だから。ハルと一緒に一生懸命だったしね。」
茂木先生はニコニコ笑う。
そして、ヒロの性格、おそらく、ハルから聞いた点もあるだろう。歌っている表情を見て、原田君と呼ぶのは、確かに的を射ている。
ヒロのバレエ、そして、性格はまさに、パワフルといっていい。
「「「あ、ありがとうございます。」」」
僕たちは茂木先生に頭を下げる。
「いいよ。いいよ。それで、吉岡君。一体、どこでそういう表現技法を身に着けたのかな?」
茂木先生の問いに、僕は小さいころから母親の影響でバレエをやっていることを話した。
そして、バレエ教室にヒロも新しく入ったこと、ヒロは、アメリカで育って、ハルと同じタイミングで転校してきて、アメリカのバレエコンクールで良い成績を収めたということも。
茂木先生は、うんうん。と頷く。
「なるほど。バレエか。素晴らしいね。その、才能を大切にするんだよ。」
茂木先生の優しい微笑。少し、目頭が熱くなる。
目頭が熱くなった僕。僕がバレエをやっていることを受け入れてくれたからなのだろうか。
それならば・・・・。
僕は勇気を振り絞った。ここに居る人物は、昨日、合唱コンクールで、ゲスト審査員として招かれた人物。
最優秀伴奏者賞、最優秀指揮者賞を出しておきながら、クラスの合唱については、賞を出さなかった張本人。
話しておきたかった。話したかった。話さないといけない僕が居た。
「はい、でも・・・・。」
「でも?」
茂木先生に、話した。
バレエは女の子の習い事という認識が強く、彼女たちが転校するまで、クラスで虐めにあっていたこと。そのいじめに、教師まで加担していたこと。
「なるほど。だから、口を開かずにぼーっとステージで突っ立っていた人が居たというわけか。そりゃあ、クラスの合唱のレベルは何度やっても上がらないな。」
茂木先生は深く頷いた。
さらに、茂木先生は少し考え、深くため息をつく。
「吉岡君、気にしなくていいさ。君は素晴らしいバレエの才能を持っている。だから、昨日、二人に個人賞を出したんだ。私は君が気に入ったよ。」
茂木先生は、ニコニコ笑って、僕に握手を求めてきた。
「はいっ、ありがとうございます。」
僕は茂木先生の手を強く握った。
「そして、春菜と一緒に転校してきた君たちもね。私は気に入ったよ。」
茂木先生はヒロとアキの顔を見る。
「「あ、ありがとうございます。」」
ヒロとアキは、茂木先生に頭を下げた。
そして、茂木先生はある提案を持ち掛けてきたのだった。
「どうだろう?吉岡君、今度、君のバレエ教室に見学に来てもいいかな?」
と、言うわけで、翌日のバレエ教室の練習は、見学者がやって来た。
見学に来たのは、ハルと、その叔父にあたる茂木博一先生。
早速、僕のクラスで、今度のクリスマスコンサートで披露する、『レ・シルフィード』をヒロの妹ユリのピアノ伴奏で踊る僕たち。
「おおっ、原田君に妹がいたのか。友里子ちゃんか。素晴らしいピアノだね。勿論、吉岡君のバレエも素晴らしいよ。」
茂木先生はにこにこと笑いながら、感想を言いつつ、アドバイスをする。
僕の母親の和子も、茂木先生のアドバイスに、しっかり耳を傾ける。
「本当に、素晴らしいです。なんてったって、新しく赴任された、雲雀川管弦楽団の音楽監督の先生がいらっしゃって、こうして、アドバイスをくださるなんて。」
母親は、終始、ニコニコ笑っていた。
続いて、コンクールの成績優秀者のステージ。
つまり、僕とヒロのステージ。
『ヴァイオリン協奏曲、第5番、第三楽章』へ。
ここでも、茂木先生は僕たちを食い入るように見つめている。
「すごい、すごい、素晴らしいよ。ますます、吉岡君、原田君の二人が気に入ったよ。」
茂木先生はニコニコ笑っていた。
「うん。本当にすごかった、クリスマスコンサート、私も見に行きたいな。」
一緒に居たハルはますます、僕たちに興味津々だった。
「あ、ありがとうございます。」
僕とヒロは茂木先生とハルに頭を下げた。
そうして、この練習を皮切りに、茂木先生とハルは、クリスマスコンサート迄の約二ヶ月間、頻繁に僕のバレエ教室の練習を見学に来た。
ハルは僕のクラスだけ、見学して、帰っていくパターンが多かったが、茂木先生のこのバレエ教室に対する熱意は凄まじく。
中学生の他のクラスや、小学生や高校生、さらには社会人のクラスにも見学に来たという。
そして、十二月に入り、冬が本格的になったころ。
クリスマスコンサートの本番直前、母親はルンルン気分でバレエのレッスン室に入ってきた。
「みなさ~ん。こんにちは!!」
「「「こんにちは!!」」」
母親はいつにも増して、元気なあいさつをする。
「さて、今日もクリスマスコンサートの練習をしたいところですが。その前に、お知らせがあります。」
母親はこう切り出す。
「今年のクリスマスコンサートが終わったら、すぐに、また、来年のクリスマスコンサートの準備で、練習が始まってくると思います。その、来年のクリスマスコンサートのステージが決まりましたよ!!」
母親はニコニコ笑っている。
そう、クリスマスコンサートが終わっても、来年に向けて、またすぐに練習を開始しなくてはならない。
それと並行して、コンクールの練習もあるので尚更早く始めなければならない。
故に、来年のクリスマスコンサートの内容は、今年のクリスマスコンサートが始まる前までに、決めなければならない。
「はいっ、来年は、このバレエ教室二十周年の特別な一年です。と、言うわけなので、スペシャルな方とコラボレーションが決まりました。どうぞっ。」
母親に促され、入ってきたのは。僕のよく知っている顔だった。
レッスン室に入ってきたのは、茂木先生とハルだった。
「はい。ご存じ、雲雀川管弦楽団音楽監督の茂木先生です。茂木先生の指揮と、管弦楽団の生演奏のもと、メインステージはグノー作曲の『ロミオとジュリエット』です。そして、こちらにいらっしゃる茂木先生の姪っ子さん、そして、歌手の方にも何人か手伝ってもらって、オペラの歌も入ります。」
母親の言葉に、おおっ、と驚愕する一同。
「はい。本当にすごいプログラムで、先生はとても嬉しいです。それでは、こちらにいらっしゃいます茂木先生に、よろしくお願いしますの挨拶をしましょう!!」
母親は僕たちを促す。そして。
「「「よろしくお願いします!!」」」
僕たちは頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。皆さんのこと、特に、吉岡君と原田君のことが気に入ったので、今回、私から、皆さんにこのような提案をさせていただきました。よろしくお願いします。」
茂木先生は僕たちに挨拶をする。
「はいっ、というわけで、茂木先生から話が出たけど、昴と裕子ちゃん、二人が主役のロミオとジュリエットね。そして、こちらに居る姪っ子さんがジュリエットのアリアをやってくださるのよね。」
ハルは母親に向かって、大きく頷く。
「はいっ、ということで、昴と裕子ちゃん、来年もよろしくね。他の人の配役はまた後で発表しますね。それでは、来年のクリスマスコンサート、先生もとても楽しみですが、先ずは、今年。あと数回の練習ですが、皆さんで、頑張りましょう!!」
母親はそう言って、今日の練習を開始する。
案の定、今日も茂木先生とハルは練習を見学していった。
そして、今日の練習の最後に、母親は、茂木先生とハルに、今年のクリスマスコンサートの特別無料招待券を渡したのだった。
そうして、そこからさらに二週間ほどが過ぎ、一二月の中旬。クリスマスコンサートの本番の日がやって来た。
「はい。皆さん、待ちに待ったクリスマスコンサートです。日ごろの練習の成果を十分に発揮しましょうね。」
母親がそう挨拶を言って、元気よく返事をする僕たち。
柔軟運動を済ませ、開演前のステージで、少しリハーサル。
僕の主演する演目は中学生Aクラスのステージと、今年のコンクール優秀者の演奏。そして、今年のメインステージ。『コッペリア』。
どれも力を入れているのだが、やはり、ヒロが来てから、メインステージよりも、中学生Aクラスのステージと、今年のコンクールの優秀者のステージだろう。
諸々のリハーサルをすべて終える僕たち。
ユリのピアノも、ヒロのバレエも完璧だ。
そうして、開場時間を迎える。
ホールの控室に居て、客席の様子を見ることはできないのだが、お客の入りがかなり上々なのが、分かる。
控室にも、ステージの音が入ってくるようになっているため。
ざわざわという、雑音がこちらにも響く。
「は~い。皆さん、今日まで練習、お疲れ様でした。いよいよ本番です。みんなの力を全力で出し切ってくださいね。」
「「「はいっ。」」」
僕たちバレエ教室の生徒たちは、このバレエ教室の責任者である、僕の母親の言葉に元気よく返事をする。
「それでは、皆で円陣を組んで、頑張りましょう!!」
母親はそう言って、円陣を組むように促す。
素早く円陣を組む僕たち。その中にはヒロとユリの姿もある。
「それでは、クリスマスコンサート。頑張ろう!!」
「「「おーっ!!!」」」
母親の掛け声に、元気よく声を出す僕たち。
本番前、いつも通りの気合入れ。皆の様子は大丈夫なようだ。
気合入れが終わり、各々の出番まで自由に過ごす時間が与えられる。
僕は、ヒロとユリの元へ。
「頑張ろうね。ヒロ、ユリ!!」
僕はそう言って、二人に言う。
「ああっ、いつでもいけるぞ。ヨッシー。」
ヒロはいつも通り、堂々としている。親指を立てて、僕に合図を送る。
「私も、大丈夫だよ。ヨッシーお兄ちゃん。」
ユリはニコニコ笑っている。
この数か月で、この二人とは本当に仲が縮まった気がする。
練習の時でも、お互い意見を出し合い、ぶつけ合いながらも成長していくことができた。
流石は、アメリカの、海外のバレエのレッスンを受けていた、という経歴は嘘をついていないようだ。
本当に、ヒロの身体の動かし方については目を見張るものがたくさんあった。
ユリの方もピアノの練習がはかどっているようで、みるみるうちに上達していった。
本当にすごい。
さあ、クリスマスコンサートの開演だ。
といっても、最初は幼稚園や小学生のクラスから始まるので、出番はまだまだ先になるのだが、開演してからの時間はあっという間に過ぎていった。
そして、中学生Aクラスのステージ、『レ・シルフィード』が始まった。
ユリのピアノ伴奏に合わせて、演目を披露していく、僕たち。
ユリの緊張はさほどなく、本番でもいつも通りにピアノを弾いていく。
そして、僕たちのバレエに合わせて、ユリの体の動き、ピアノの表現も勢いが増していく。
姉のヒロにくっついて、バレエを少しではあるが経験しているユリ。
振付の仕方、バレエの合わせ方がわかっているため、本当に踊りやすく、最後まで全力で表現することができた。
これが小学校6年生のピアノ演奏か。そうとは思えない僕がいる。
ユリのピアノは本当にすごい。
ピアノと一緒に盛り上がったまま、僕たちのステージをフィニッシュした。
溢れんばかりの拍手が鳴り響く。
やっぱり、この瞬間が最高だ。
別のクラスのステージを挟む。
そして。
「皆様、お待たせいたしました。これより、コンクール報告会のステージになります。今年の各バレエコンクールで優秀な成績を収めた生徒たちのステージです。」
司会の言葉で、コンクールの成績優秀者のステージが行われる。
そして。
僕と、ヒロの出番。
再び、僕とヒロはステージへ。
曲目は、モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第5番、第3楽章』。
初めの音とともに、僕とヒロは動き出す。
いい感じだ。
曲の雰囲気に合わせつつ、途中の展開部分で、一気に曲の感じがガラッと変わる。
ヒロと僕はそんな場面での緩急をうまくつけながら、踊っていく。
クラスで孤立していた僕を助けてくれたヒロ。
本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。
本当に、ヒロの存在は眩しかった。
ユリが太陽なら、ヒロは何だろうか、燃える炎なのだろう。本当に眩しい存在だった。
僕たちは意気投合して、急速に仲良くなった気がする。
練習を重ねるごとに、息ピッタリになってくる。
今日も僕とヒロの息をピッタリと合わせる。
そして。
最後は、激しい展開部分を終えて、再び明るい部分へ。
笑顔で終わらそう!!
お互い、そんな目線をかわして、最後まで全力で踊り、そして、フィニッシュした。
溢れるばかりの拍手に包まれるホール。
本当に満員のお客さんで一杯だった。
大きく手を振って、歓声に応える僕とヒロ。
視線の先にはカメラを持った、岩島が立っていたので、そこに向かって、少し静止してカメラの撮影のタイミングを伺うような仕草を見せる。
岩島が親指をあげているのが見たので、大丈夫だろうと思い、もう一度手を振って、ステージを退場した。
「ありがとう。ヒロ!!」
「こちらこそ、最高だったよ。ヨッシー。」
ヒロと僕は固く握手を交わしたのだった。
その後のメインステージの『コッペリア』も大大大成功に終わり、大盛会で今年のクリスマスコンサートが幕を閉じたのだった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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