8.逆転の合唱コンクール
ハルたちが転校してきた週は、一緒に給食を食べ、一緒に下校する、そんな日々が続いていた。
そして、再び週の後半、今週の音楽の授業。
二学期の音楽の授業は、毎年恒例、校内合唱コンクールの練習の時期。
今年は、選曲する時期が比較的遅め。
というのも、マンション建設に伴い、各クラスに、転校生が多く入ってきたため、転校生が揃ったところを見計らって、合唱コンクールの練習をスタートしようということになった。
僕のクラスは『時の旅人』という曲に、決定している。
決定しているのだけど・・・・・。
音楽の授業の黒板には、こう書かれていた。
『指揮:吉岡、伴奏:藤田』。
つまり、指揮が僕で、伴奏がアキこと、藤田晶子だった。
「いいじゃ~ん、吉岡ちゃ~ん。藤田さんと二人で。お似合いだぜ。指揮なら、バレエの動きみたいなのを表現すればいいじゃん!!」
鍵山の鶴の一声で、そう決まったのだった。
そう、つまり。いざ練習に入れば。
誰も声を出さない日々が続く。唯一声を出しているのが、ハルとヒロの二人。
音楽の先生も。
「二人ともいいぞ!!」
と、ハルとヒロを褒めるが、それまで。やはり鍵山の父、地元の県議の影響は凄まじい。
声を出さない残りのクラスメイトを注意もしない。
当然、僕の指揮についての言及も無し。
本当に大丈夫なのか。
「気にすることは無いよ。吉岡君の指揮、やっぱり、バレエをやっているから表現力がいいね。大丈夫。伴奏は私に任せて。合わせられるから。」
アキがピアノの椅子に座りながらニコニコ笑う。
「昴君の指揮、とってもいいよ。私も思わず歌いたくなっちゃう。体で表現する力はやっぱり昴君が一番かな。」
ハルはそう言いながら、うんうんと頷く。
「きっと、鍵山君はともかくとして、他の皆は、昴君や私たちを見て、ついて来るようになるよ。」
ハルはニコニコ笑う。
「あ、ありがとう。ハル。」
「うん。」
一番聞きたい言葉を言ってくれたハル。流石にそうだということを僕は信じたいし、祈りたい。
「おおっ、ハルに言われたんじゃあ、張り切らないとね。ヨッシー♪」
ヒロはそう言いながら笑っている。
「もう少し頑張ってみるかな。」
僕はそう呟き、気合を入れ直す。
ハルたちの言葉を信じて、頑張る僕。
バレエの時と比べて、踊ったりすることはできないが、それでも培ってきた、表現力がある。
手を動かす、リズムを取る。
そう言うことなら、僕だって出来る。
そうして、だんだんと形になって来た。
「うん。さらに進化してる。大丈夫だよ。昴君。とっても歌いやすい。」
ハルはニコニコ笑いながら、こちらも、誰よりも大きな声で、かつ、綺麗な天使の響きで歌ってくれる。
すると。
クラスメイト達の声の大きさ、そう言った面で変化が起きる。
だんだんと、歌ってくれる生徒が増えてきたのだ。
それは日を追うごとに増えて来て。ついにはクラスの半分がそうなって行った。
全員声を、大きな声を出して欲しいと願う僕だが。
鍵山の影響下で、こんな変化があるのは、たとえクラスの半分でも嬉しかった。
この状況に、涙する僕。
「どうしたの?」
僕の指揮で、伴奏をしていたアキが声をかける。
「なんか、皆、声を出してくれて嬉しくて。」
僕は素直に言った。
「昴君が、頑張ったからだよ。」
ハルはニコニコ笑っていた。
そして。
声を出してくれた、半分ほどのクラスメイト達も頷く。
「吉岡君や転校生の皆さんの一生懸命さを見たら、歌いたくなっちゃって。」
「そうそう、吉岡君の指揮も良いし。茂木さんの歌声も奇麗だし。」
「バレエやってると、こういうことにも応用できるんだね。見直しちゃった。」
さらには。
「今まで、無視しているだけで、助けられなくて本当にごめんなさい。一緒に歌いたいです。」
いじめを見てても、無視している人、そして。鍵山達の影響でどうすることもできなかった人たちが謝って来たのだった。
「良かったね。昴君。」
ハルはニコニコ笑う。
「う、うん。ほ、本当に、ありがとう。」
僕は嬉し涙がさらに頬を伝う。
だけれども。
「チェッ。何だよ。ちょっと、音楽が好きで自分は出来るからって、偉そうに。おまけに何だこの雰囲気は。折角、吉岡の赤っ恥作戦が台無しじゃねぇか。」
「折角、鍵山様が仕掛けてくれたのに、棒にする気かよ。俺たちは絶対歌わないからな!!」
鍵山やその取り巻き、そして、親が鍵山家にお世話になっている生徒はこのことを好ましく思っておらず。
このクラスの残りの半分は、僕がいくら指揮を振っても、アキがいくら伴奏をしても。
つまり、いくら合唱コンクールの練習を重ねても。
彼らは口を閉じたままだった。
ここから状況は変わらぬまま、合唱コンクール当日を迎えた。
「それでは、審査員の先生をご紹介します。」
司会の言葉で審査員の先生が起立し、礼をする。
音楽の先生、校長先生。大学時代等に合唱団のサークルに居た先生。などなど。そして。
「最後にゲスト審査員をご紹介します。先月に雲雀川管弦楽団音楽監督に就任され、雲雀川市をはじめ、音楽大学でも教鞭をとられています。【茂木博一】先生です。新体制の雲雀川管弦楽団をアピールするため、こうして、中学校を回っているとのことです。今日のことを楽しみにして来てくれました。盛大な拍手をお願いいたします。」
茂木先生はニコニコ笑って、礼をする。
かなりダンディで、カッコいい。グレーのスーツが良く似合う。そんな感じの人だ。
そうして、合唱コンクールが始まる。
学年ごとに発表があり、中学一年から、やはり当たり前だが、どのクラスも全員が口を大きく開け、一生懸命歌っている。
僕のクラスみたいに、誰かがボイコットして、ただただ、突っ立っているだけで、何も歌わないということが無い。
まずい。どうしよう・・・・。
改めて、その演奏の全責任は指揮者、そして、伴奏者にある。
鍵山達は練習の時には口を開いたこともない、ここで、赤っ恥を書く運命なのだろうか。
そう考えると、ものすごく緊張していた。
そんな時だった。僕の両方の太ももで、強く握っていた両手の拳を上から覆ってくれる優しい二つの手。
右隣にハルが、そして、左隣にヒロが座っている。
「大丈夫!!ヨッシー、気にせず堂々と行こう!!」
「私も、頑張ります!!昴君のために。」
ヒロとハルは大きく頷いていた。
そして、右隣のハルのさらに隣に座っていたアキもにっこり笑う。
「大丈夫です。吉岡さん!!」
「うん、ありがとう。頑張る。」
三人の美少女転校生のおかげで、僕は少し元気が出る。
精一杯、精一杯やってみよう。
そして。僕たち二年四組の演奏になった。
鍵山のことなんか、気にしない。思いっきり、思いっきり、指揮を振る。
バレエで培った表現力、ここでも爆発して見せる!!
そう意気込み、勢いよく指揮を振った。
案の定、クラスの半分、いや、本番なので、六割、七割程度の人しか、口を開いておらず、残った人達、特に、鍵山と近しい人たちは、口を開こうともしなかったが、そんなのは気にしになかった。
誰よりも響く声で歌っている、ハル。そして、そのハルに一生懸命ついて行こうとして、頑張って一生懸命歌っているヒロ。
そして、僕の指揮に合わせてピアノ伴奏をしている、アキ。
この三人に注目し、この三人の声とピアノ伴奏を聞こうとした。
僕の指揮に三人が付いてきている。一生懸命歌ってくれている。
それで十分だった。
僕の中では満足。だが、おそらく、口を開こうともしない人達が目立ったからだろう、クラスの合唱としては、出来が良くなかったかもしれないが。そんな感じの演奏がフィニッシュする。
客席に向かって一礼をする、僕とアキ。
だが不思議と、拍手の音量は、今までに披露したクラストそれほど変わらない。
おそらく鍵山の権力に影響を受けている人物がいるのだろうか。そうするように、誰かから指示された人が居るのだろうか。
そう考えるのが自然だろう。
だが、僕は、それを考えず。このクラスの合唱の、一生懸命歌っている人たちに向けた人のための拍手だろうと、解釈した。
そうしてメンタルを保つしかなかった。
「指揮、良かったよ、昴君。」
「お疲れ、ヨッシー。」
「お疲れ様でした。私も一緒に伴奏出来て楽しかったです。吉岡さんじゃなければ、私、ダメでした。」
席に戻り、ハル、ヒロ、アキの三人が声をかけてくれる。
「あっ、アキちゃんずるい。私も、昴君が居ないと歌えなかった。」
ハルはそう言ってニコニコ笑っていた。
そうして、運命の結果発表の時間。
案の定、僕たちのクラスの結果は、賞を取ることはできなかった。当然だが。
だけれども。
「個人表彰として、最優秀指揮者賞と最優秀伴奏者賞が出ています。」
司会がそう言った次の瞬間。
「最優秀指揮者賞、二年四組、吉岡昴君。最優秀伴奏者賞、二年四組、藤田晶子さん!!」
司会の言葉に、思わず耳を疑う、僕と、アキ。
「えっ。」
「うっそー。」
僕とアキは声を揃えて立ち上がる。
「おめでとう。ヨッシー!!」
ヒロはニコニコしながら、親指を立てる。
「おめでとう、昴君。」
ハルは笑顔で、拍手をしている。
そうして、僕とアキは再び壇上へ。
そして、正面に居たのは、ゲスト審査員として来ていた、茂木博一氏だった。
博一氏から手渡された賞状にははっきりと。
『最優秀指揮者賞、吉岡昴。』と書かれていた。
合唱コンクールを終えて、クラスに戻る。僕たち。
クラスの半分、もしくはそれ以上が、拍手をして、僕とアキの最優秀指揮者賞、最優秀伴奏者賞を称えていた。
そこには、僕のことを悪く言う生徒は居なかった。
居なかったのだが・・・・。
「チェッ。吉岡め、吉岡め。何故だ!!」
それを遠巻きに見てた、鍵山とその取り巻きたち。
「なんで吉岡が。変態バレエ野郎が!!」
取り巻きたちが、鍵山に同情するかのように言う。
「吉岡もそうだが、奴らが転校してきてから、何の良いこともねぇ。吉岡、覚えてろ。県議の息子を怒らせた末路をたっぷりと味合わせてやるぜ。」
鍵山は嫉妬したかのように、教室を出て行った。
だが、この時の鍵山の嫉妬が、後に大きな影響を及ぼすことはまだ知らなかった。
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