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7.小さな発表会

 

 茂木さんと、藤田姉妹と合流し、僕の案内の元、バレエ教室に向かう。


 因みに、一旦家を出る際に、母親に電話をして、自主練用のレッスン室が空いていることも確認済みだ。

 勿論、皆、スマホは勿論、携帯電話なんて持ってないから、家の固定電話で、母親のバレエ教室に電話をかけた。


 バレエ教室に着くと、既に、先客がおり。こちらも、二人。

 ヒロと、その妹のユリが僕たちを待っていた。


「おおっ、良かったよかった。皆が無事集まって。」

 ヒロはニコニコ笑いながら頷く。本当に、この時代は、無事に集まれるかどうか。それが不安だった気がする。


 そして、ヒロの視線は美里ちゃんに、岩島と、茂木さん、晶子さんの視線はユリにそれぞれ注がれる。


「ああっ、ごめんなさい。私の妹なんです。」

 晶子さんが美里ちゃんをヒロの前に来させる。


「おお、それは奇遇だね。あたしも、この子が妹なんだ。」

 ヒロはそうして、ユリを連れて行く。


「初めまして、原田友里子、小学六年生です。ユリって呼んでください。」

 ユリはそうして、皆に自己紹介する。

 そして。

「藤田美里です。五歳です。」

 美里ちゃんはヒロとユリに自己紹介した。


「おおっ、美里ちゃん可愛いね。よろしくね。」

「よ、ヨロシクね、美里ちゃん。」

 ヒロとユリはニコニコ笑う。


「ユリちゃんも初めまして。茂木春菜です。友里子ちゃんがユリちゃんなら、私はハルで良いわよ。」

「美里の姉の、藤田晶子です。こっちも、アキって呼んで。」

 茂木さんと、晶子さんはそうして、自己紹介した。


「おう。岩島大樹。ユリちゃんなら、俺のことは、ダイかな。」

 岩島が、得意げに自己紹介する。


「で、コイツが。」

「ヨッシーお兄ちゃん!!」

 岩島が僕のことを指さすと、ユリは得意げに答える。


「なんだよ。知り合いかよ。」

「まあ、昨日会ったからな。」

 僕は岩島の言葉に頷く。


 そうして僕たちはお互いに自己紹介を済ませ、母親のバレエ教室に入る。


「あら、昴。裕子ちゃん、そして。ダイちゃん。こんにちは。」

 母親が僕たちを見て、挨拶をする。


「「「こんにちは。」」」

 僕たちは声をそろえる。


「そして、こちらの皆さんは、お友達?」

 母親が訪ねて来て。


「そう。今日転校してきたばかりで、皆、音楽が好きというので連れて来た。」

 僕は母親に説明する。


「あら、そうなの、初めまして、昴の母で、このバレエ教室の責任者をしています。よろしくお願いします。」

 母親は皆に頭を下げたのだった。


「「「よろしくお願いします。」」」

 皆は母親に挨拶をした。


 そうして、母親に案内され、レッスン室に通される僕たち。

 大体のレッスン室は、同じような設備がなされている。


 ピアノとラジカセも備え付けられ、発表の準備は万端だ。


 さあ、お互いに得意なものを見せ合う、小さな発表会の始まりだ。


「さあ、最初は誰から行く?」

 岩島の声に僕たちは顔を見合わせる。


「はーい。じゃあ、あたしから。ユリもあたしと一緒なら、トップバッターでも文句ないよね。」

「う、うん。」

 ヒロがニコニコ笑いながら手を挙げた。


 そうして、ユリはピアノへ、ヒロはレッスン室の中央でスタンバイする。


「では。アメリカに居たとき、バレエのコンクールで、優勝したやつをやりますっ!!」

 ヒロはそうして気合を入れる。


 ユリに合図し、ピアノを弾く。

 演目は昨日、バレエ教室のレッスンの時に披露した、ショパン『ワルツ第2番、Op34-1 華麗な円舞曲』。


 ヒロはバレエのレッスン室を広く使い、優雅に舞っている。


 手足をより長く、勢いよく動かす動きに、皆、見とれている。

 岩島は手早くカメラを持ち、ヒロの動き、一つ一つを、その一枚一枚のカメラに収めていく。


 そして、何といっても、ユリのピアノ。

 ユリのピアノのレベルは昨日よりも格段に上がっている。

 すごい。一体、昨日と今日でどれだけ変わったのだろう、と思わせるようなピアノだった。


 そうして、ヒロとユリの演技がフィニッシュする。

 全員で拍手する僕たち。


「すごい、すごい!!」

 猛烈にはしゃぐ美里ちゃん。


「いや~これは圧巻だ!!」

 岩島もヒロとユリの演技を心からほめたたえていた。


「ユリちゃんも凄いね。ピアノ、私より上手いかも。」

 晶子さんがユリに向かって言う。


 ユリは照れたように笑い。

「あ、ありがとうございます。」

 とニコニコ笑っていた。


「それに、ユリちゃん、昨日もピアノを弾いていたけれど、昨日より格段に上手くなってる。凄く練習したんだね?」

 僕はユリの目を見て言う。


「はい。今日一日中、練習していたので。」

 ユリはニコニコ笑って言った。


「あれっ、ユリちゃん、ピアノもいいけど、今日一日中って、学校は?」

 茂木さんはニコニコ笑いながら、ユリに聞いてくる。


 聞けば、ユリは学校へは行かないで、通信教育で、中学受験対策をしているのだそうだ。四月から帰国子女も受け入れてくれる、私立の中学校に通うため、そのための勉強を家でしているのだそう。

 確かに小学校六年生の二学期。下手をすれば、卒業アルバムの個人写真も撮り終わってる頃だ。

 転校してきたばかりの、得体のしれない小学校で、卒業アルバムの写真に自分の写真が一枚もない、そんな小学校を卒業するよりは、遥かに良い選択肢だと思う。


「「「ああ~っ。」」」

「「「なるほど~。」」」

 原田姉妹の説明に、納得する一同。僕も、大きく頷く。


「そうだね。そうしたら、家で勉強しながら、ピアノに集中できるもんね。」

 茂木さんはニコニコ笑っていた。同じように僕たちも頷く。



「そしたら、次は、私がやってみようかしら、ユリちゃんよりは上手くないかもしれないけれど。」

 晶子さんは立ち上がり、ピアノへ向かう。


「私は、ショパンもやれるけど、バッハの方が好きかな。」

 晶子さんはピアノの椅子に座り、何を弾くか考える。


 そして。

 ピアノの最初の音を奏でていく。

 単調だが、洗練されたメロディ。そして、そのメロディが、フーガとして、何度も何度も繰り返されていく。

 しかし、そのメロディーを弾いて行くにはかなりの技術が必要であることも、晶子さんのピアノを聞いて、分かった。


 洗練されたフーガのようなメロディーは、まさに、バッハそのもの。

 曲名は分らないが、おそらく、バッハが作ったものだということは僕にはわかった。


 勢いよく曲をスタートさせ、そして、勢いよく曲を終わらしていく。

 本当にすごい。


 晶子さんのピアノも、先ほどのヒロとユリの演技のように、拍手を贈った。


「す、すごいです。い、晶子さん。この曲は・・・・。」

 食い入るように岩島が聞いてくる。


「ありがとうございます。バッハの『トッカータ、ト長調』から冒頭楽章をやらせていただきました。」

 晶子さんがニコニコ笑っている。


「アキちゃんすごい。全然、私の方が上手くないよ~。」

 ユリはニコニコ笑いながら、晶子さんに言う。


「本当?ありがとう。」

 晶子さんはそれに応えて、ニコニコ笑った。


「で、美里も少し弾けるんだよね。」

 晶子さんは、美里ちゃんの方を向いて、ニコニコ笑っている。

「うん!!」

 美里ちゃんはそうして、誰よりも楽しそうにピアノに向かう。


 五歳ということで、弾ける曲は限られてくるが。

 『ちょうちょう』の曲をピアノで弾く。


「♪ちょうちょう、ちょうちょう、菜の葉に止まれ~♪」

 僕たちは声を揃えて歌った。

 うん。将来が楽しみだ。

 ニコニコ笑いながら、美里ちゃんのピアノにも拍手を贈った。


 さあ、次は僕の番だった。


「それじゃあ、六月にあった、雲雀川のバレエコンクールで優勝したものを、課題曲と、自由曲両方あるので、二曲。」

 僕はラジカセを準備し、課題曲と自由曲の両方が入っているCDをセットする。

 当然だが、スマホもなければ、iPod、さらには携帯音楽プレイヤーも無いような時代。

 音楽を再生するには、CDをラジカセにセットするのが主流だ。


 この時の雲雀川のバレエコンクールの課題曲は、『コッペリア』の中から一つ選ぶ。

 振付は、各自自由で、ソロのバージョンにしておくこと。というものだった。


 僕が選んだのは、有名どころで、『コッペリア』の中から、『マズルカ』。


 マズルカのリズムに合わせ、手足を大きく伸ばしながら、一生懸命動かす僕。

 盛り上がる曲ではあるのだが、かなりテンポが速いので、細かく少しハードな動きも振付の部分にはある。


 何だろうか。舞台で踊るとき以上に緊張している。

 天使の歌姫が、居るからだろうか。


 僕はそれでも、雲雀川のバレエコンクールでやった通りに、そして、普段の練習通りに手足を動かしたのだった。


 そうして、『マズルカ』をフィニッシュして、皆が拍手をする。


「で、自由曲が。」

 すぐに、自由曲が流れ始める。


 <自由曲は大きく動く感じの曲にしましょう。>

 ということで、ヴェルディの『椿姫』から『乾杯の歌』。

 オペラのバージョンもあるのだが、ピアノの伴奏のみの音源で、僕は踊った。


『乾杯の歌』は三拍子の形式だった。いわゆるワルツ形式と言われる曲だろう。


 マズルカとワルツの違い。どちらも、一、二、三のリズムで刻む三拍子なのだが。

 一般的には、ワルツの方は、三拍子の中でも一拍目に強拍が置かる。そして、マズルカの方は二拍目、三拍目に強拍がある。

 故に、バレエはそれを大切にし、振付の仕方も変わってくる。

 今回の雲雀川のバレエコンクールは、それの違いを見せるという狙いで、僕は見事優勝できたのだった。


 そうして、自由曲。

 『乾杯の歌』をフィニッシュする。


 皆から拍手をもらう。


「すごいです。吉岡さん。優しくて、こんな才能があるのに、どうして、虐められてしまうのでしょうか。」

 晶子さんが大きく頷く。

「ハハハッ、昨日一緒に踊ったから、分かっていたよ。やっぱり、すごいね。ヨッシー。」

 ヒロが大きく笑う。

 妹たち二人も、ニコニコ笑いながら。


「すごい、すごい。ヨッシーお兄ちゃん。」

「うぁ~。お兄ちゃん、すごくカッコいいです。」

 ユリと美里ちゃんはニコニコ笑っていた。


 そして、僕は茂木さんの方を見る。


「あ、あの、見とれちゃいました。凄く、カッコよくて。」

 茂木さんはさらに深呼吸する。


「あ、あのっ、さっきの、自由曲、もう一回お願いできますか?」

 茂木さんは僕に、本当に素直な瞳でお願いする。


「え、ええ。勿論。」

 僕は、もう一度、ラジカセの元へ駆け寄り、自由曲、『乾杯の歌』を再生して。


 再び、バレエで踊り始める。

 踊り始めるのだが。


「・・・・・っ!!!!」

 僕は驚く、そして、ここに居たすべての人が僕、ではなく、茂木さんの方にくぎ付けになる。


 ヴェルディの『乾杯の歌』。茂木さんは、ソプラノ独唱で、歌い始めていた。

 これは圧巻。天使の歌声が、レッスン室中に響く。


 そうして、彼女の歌詞、確かに他の国の言葉は分らないが、彼女には、歌詞の意味がわかっているようで。それに合わせて、緩急をつけて歌っている。


 僕はその歌い方に合わせて、振付を即興でし直す。

 これはすごい。


 そして、後半になるにつれ、彼女の歌声の勢いは一気に加速していく。

 確か、この歌の前半の部分は男声のパート。少し歌いにくい部分もあったのだろう。


 女声ソロの部分に切り替わってからは、一気に勢いが増してきた。


 この日、僕は、美しい歌姫に出会った。

 茂木さんの持つ、天使の歌声。それに惹かれてしまう僕が居た。


 茂木さんの歌とともに、『乾杯の歌』をフィニッシュする僕。


 溢れるばかりの拍手が鳴り響く。

 僕も当然だが、拍手をする。


「あ、ありがとうございます。茂木さん。」

「こ、こちらこそありがとう。吉岡君。」


 茂木さんは緊張しながらも握手を求めてくる。

 僕も緊張したが、それに応える。


 何だろうか、二人の仲はぐっと縮まる。


 そして、茂木さんのソロの発表が来た。

「えっと、次の、来年の一月に私が出る、声楽のコンクールの課題曲です。自由曲は今頑張って練習してるので、またの機会に皆さんの前で演奏できればいいなって思います。」


「あ、あのっ、岩島さんに伴奏、出来たら、お願いできますか?」

 茂木さんは伴奏の楽譜を見せる。

 晶子さんは、ほぼ初見演奏に近いが。


「なんとか行けそう。間違えたら。ごめん。」

 そんな感じで、もう一度ピアノに向かう、晶子さん。


 そうして、茂木さんはさらに、響き渡る、優しい、天使の歌声で歌い始める。


 ベートーヴェンの『Ich liebe dich~君を愛す~』

 優しい、綺麗な歌声。


 どうしたら、こんな声が出せるのだろう。


 僕は、茂木さんの歌に聞き入ってしまった。


 歌が歌い終わり、ニコニコと拍手をする、僕たち。

 そうして、僕の元へ歩み寄る茂木さん。


「あのっ、親しい友達は、私のこと、ハルって呼んでます。美里ちゃんにも、友里子ちゃんにも教えてましたが。あのっ、吉岡君も、私と、その、お友達になって、ハルって呼んでくれますか?」

 ドキッとする、僕。


「えっ、えっ、その・・・・・。」

 僕はものすごくガチガチに緊張してしまう。


「ほ~ら。頑張れ!!」

 ヒロは僕の背中をバシッと叩き、僕を急かす。


「あ、ありがとう。よろしく。ハルっ!!」

 僕はとても緊張しながらも、大きな声で言った。


「よ、よろしくね。えっと、す、昴君!!」

 ハルも緊張していた。

 お互い顔を赤くしているのが恥ずかしいのか、さらにヒロはバシッと背中を大きく叩いて。


 お互いにハグをする形になってしまった。

 お互いの背中に腕を回す、僕とハル。


「うん。最高!!やっぱ、こうでなきゃ。」

 ヒロはニコニコ笑っている。


「良いなぁ。吉岡。」

 岩島がニヤニヤ笑っている。


「そ、そんなわけ、あ、あるけど。」

 一瞬強がってしまったが、ハルの優しい瞳で、素直になる僕。


「ふふふっ、そしたら、恐縮ですけど、私も、皆さんと仲良くなりたいので、アキで、良いですよ。」

 晶子さんがニコニコ笑う。


「はい。勿論です。アキさん。」

 岩島が得意げな表情で頷いた。


 そうして、緊張しながらも、心のどこかで、優しさと嬉しさが沸き起こった、小さな発表会が終了した。

 お互い、帰り道を一緒に帰り、それぞれ、見送って、僕も帰路に就いた。


 家に帰ってからの僕はさらにドキドキした。

「いいんだよね。ハルって呼んで。」

 そう心の中でつぶやいて、ベッドに横たわって寝息を立てたのだった。




今回もご覧いただき、ありがとうございました。

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