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The Final.ハルの声は時を越える

 

 それから、二十年近くが経過した。

 しばらく、海外のバレエ団で過ごした僕とヒロは、地元の雲雀川に戻った。

 といっても、ヒロにとっては、ヒロの両親の地元だが。


 理由は単純で、それぞれの親の介護だった。

 そうして、日本に活動の拠点を移した僕とヒロ。そして、母親のバレエ教室を僕とヒロで継ぐことになり、僕はダンサーのヘルプもあるので、メインの経営をヒロに任せた。


 ヒロは最初こそ戸惑っていたが、今では喜んで、バレエを子供たちに教えている。僕だってそうだ。


 その間も、お互いの首もとには、ハルと、ユリの遺骨が入った、小さい入れ物のついたネックレスを片時も離さず、身に着けていた。


 勿論だが、留学している間も、毎年、年に一度は数日帰国し、帰国するたびに、海沿いの、茂木先生の別荘へ行っていた。そして、霊園に赴き、納骨堂の中に入って、ハルとユリの遺骨の入った骨壺の前で手を合わしていた。


 そして、地元に戻った後も、バレエ教室の仲のいい生徒さんたちと、茂木先生の別荘を訪れては、霊園に赴いて、ハルとユリの骨壺に手を合わす、そんなことが毎年続いていた。


 そうして、そこからさらに数年。

 今までで一番期待できる生徒が入ってきた。【井野(いの)加奈子(かなこ)】ちゃんと言い、真面目で誠実に練習に取り組む生徒だ。聞けば学校の成績もものすごく優秀だそう。

 まさに、加奈子ちゃんは非の打ち所のない、このバレエ教室のみんなの憧れのプリンシパルに育っていった。


 バレエ教室には恋の話をする生徒も多い。ヒロはそれにノリノリだ。

 しかし、加奈子ちゃんの恋バナはなかなか聞かない、そんな時。


 あの真面目で、優秀な加奈子ちゃんが一人の男の子をこのバレエ教室に連れて来た。


「大変だ。ヨッシー。加奈子ちゃんが男の子を連れて来た。」

 ヒロから、ものすごく驚いた電話をもらった。

 当然だが、その内容に僕も驚いた。


 そうして、バレエ教室の合宿で初めて、その男の子を見かけた。

 彼の名前は、【橋本(はしもと)(ひかる)】くん。加奈子ちゃんと似ていて、真面目に取り組んでくれる子だった。


 だが、ヒロから輝君について、衝撃の事実を知らされる。

 輝君が、ものすごい、深い悲しみの中に居ることを知った。


 そして、合宿が終わって、夏休み明け、輝君は、同じ高校のコーラス部の助っ人で入った、合唱コンクールで、さらに深い悲しみと心の傷を負うことになった。


 かつて、僕が鍵山に虐められていた時のように。僕の中で、彼の辛さが痛いほどわかった。


 茂木先生や、輝君のピアノの先生になった、アキと美里ちゃん、そして、ヒロが、今後の対策について話している。

 加奈子ちゃんを譜めくりをやらせ、輝君を本番中一人にさせないようにすること、そして、連弾部門にも挑戦することが決まっていく。


 だがしかし、僕の中で、何かが警鐘を鳴らしている。


 それだけじゃ足りない。それだけじゃ・・・。考え込む僕。

 会話の内容は、連弾部門の自由曲を決めているようだ。


 自由曲・・・。


「よしよし。では自由曲だけど。こちらは二台ピアノでも、連弾でも、何でも良くて・・・。何か候補は・・・。」

 茂木先生の言葉にピンとくる。


 これだ。


 僕は机をバーンと叩いて立ち上がる。そうして、曲の候補を告げた。


「春の声。」と。



「ヨッシー、ほ、本当に良いのか?」

「よ、吉岡君、君の意見は尊重するが・・・。」

 ヒロと茂木先生は僕の顔を見る。

 美里ちゃんとアキも、固唾をのんでその場を見守る。


「ああ。俺は平気さ。むしろ、決めるのはこの子たちだろう?俺は決心がついたよ。俺も一緒に闘いたい。橋本君の、輝君の勇気に感動したよ。頑張ろうとする君を見てやっと、やっとな。」

 僕は深く、深く頷いた。


「それに、ヒロ、彼もバレエ教室の一員じゃなかったか?一緒に橋本君と闘うのはお前たちだって同じだろう?そう、お前たちだって。」

 僕はそう言って、ヒロと茂木先生、そして、美里ちゃんとアキの顔を見た。

 そして、僕はネックレスを見た。


 ―そう、お前たちだって。―

 そうだよね。ハル。ユリ。きっと、二人も、一緒だよね。輝君のこと、見ていたよね。


 全てを察した、このバレエ教室に居た、大人たち、そう、昔の僕のことをよく知っているメンバーは大きく頷いた。そして、僕が発した言葉、お前たちだって、という言葉の意味も察した。


 そうして、輝君と、一緒にピアノを弾く、【(みどり)風歌(ふうか)】さんの自由曲は『春の声』に決まった。



 その後、輝君は県大会を順調に勝ち進み、関東大会当日を迎えた。

 もう、輝君に苦しい思いをさせたくない。

 それは、ここに居るメンバー全員同じだった。


 そして、輝君と風歌さんの出演時間が間近に迫り、舞台袖へと移動することになった。


 付き添いの人達はここまでというスタッフの指示。


 

「輝君。本当によく頑張ったよ。楽しんでね。そして、一番重要なことだけど、演奏が終わったら、まっすぐここに戻ってくるんだよ。誰か出迎えの人を向かわせるからね。」

 僕は輝君と風歌さんの澄んだ瞳を見る。本当に、輝君は立派だった。


「はい。ありがとうございます。」

 皆に頭を下げる輝君。


 そして、ヒロに視線を送り、合図を出す。ヒロも頷く。


「ヨシッ。行ってこい!!少年。これをもう一度持っていきな!!」

 ヒロは僕の肩をバシッと叩く。


 今度はヒロから僕に合図があり、僕たちはお互いのネックレスを外した。そう、ハルとユリの遺骨が入った入れ物のネックレスを。

 輝君はネックレスを大事そうに受け取った。


「そうだな、今日は、ヨッシーの方を首にかけられそうだったら、かけて行きな。」

 ヒロの言葉に頷く僕。

 そう。僕のネックレスにはハルの遺骨が入っている。きっと、きっと大丈夫。


 輝君はハルのネックレスを首に掛けた。

 輝君は再び、僕たちに頭を下げて、一緒に出場する風歌さんとともに、舞台袖へと向かって行った。

「頑張れ。輝君。そして・・・・。」


「「頼んだぞ。ハル、ユリ。」」

 僕とヒロは祈るように見つめていた。


 客席に移動する。他の演奏者たちの音が入ってこない。

 そして、そんな中で、輝君と風歌さんの出番を迎えた。


 課題曲は途中まで完璧だった。だけど。


「ハックション!!」

 客席の誰かが、大きくくしゃみをする。


 その瞬間、二人は客席を気にし始めた。少し走り始めたか。


 そんな感じで自由曲に突入する。自由曲・・・・。

 僕は目を閉じた。大丈夫か。


 そうして、二人が弾き始めた自由曲の出だし。

 まずい。少し走ってる。と不安になる僕だったが。


 いや、何かが違う。何だ?

 少し走っているが、何だ。何かものすごく楽しく演奏している。


 まさかっ。


 僕はヒロの顔を見る。ヒロも同じだった。


「「歌っている!!ハルの声が聞こえる!!」」

 原田先生と吉岡先生は顔を見合わせた。


 ーハルの声が、少年にー

 ーハルの声が、輝君にー

「「ハルの声が力を与えている。」」

 深く息を飲み、目頭が熱くなる僕とヒロ。


 ハルが、茂木春菜の優しい歌声が、輝君に・・・・・。

 きっと輝君は聞こえているのだろう。ハルの優しい温もりのある綺麗な声が。


 素晴らしい盛り上がりの中で見せる輝君と風歌さんの演奏は、最高の形でフィニッシュした。


 拍手の中、思わず、客席を出て舞台袖に向かう、僕とヒロ。


 そして、舞台袖から出てきた、輝君の言葉。


「はい。信じられないかもしれませんが、歌が聞こえたんです。優しくて、温もりのある、声が、『春の声』を歌ってくれました。それで、立て直すことができて・・・。」

 輝の言葉に、僕は涙があふれた。僕は輝君を全力で抱きしめた。


 本当に、本当に、ハルが輝君に力をくれた。

 ハルが、会いに来てくれたのだ。この日、この時のために。


「そうか。そうか、良かった。よくやったぞ!!僕は君の言葉を信じる。なっ。」

 僕は、両手を僕から離し、ヒロと茂木先生を見つめる。

 みんな、みんな、目頭が熱くなっていた。


 そして、翌日の個人部門でも。

 輝君は声なき声を聞いたという。

 そう。今度はヒロの妹、原田友里子の声が力を貸してくれたのだった。


 二人が輝君に力を与えてくれた。

 そして、演奏を終えた輝君は、僕たちにネックレスを返してきた。


「ありがとう。ハル。ユリ。輝君は本当に頑張ったよ。本当に、ありがとう。」

 涙を浮かべながら、僕は再びネックレスを付けた。


 大丈夫。きっと大丈夫。時を越えて、力を貸してくれた、ハルとユリに心から感謝し、僕は再び、歩き出した。






最後までご覧いただき、ありがとうございました。

最後は一気に書き上げた感がありますが、『勇気の恋舞踊』本編、そして、改定前の小説から、長いこと温めていた伏線を回収してみました。

少しでも、面白いと感じていただきましたら、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。


そして。

『勇気の恋舞踊』本編はまだまだ続きます。

下のリンクから是非、本編の方もご覧いただけますと幸いです。

それでは、本編で、またお会いしましょう。ありがとうございました。

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