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28.すべての思いを背負って

 

 そうして、七月を迎えた。

 最初こそ、深い悲しみの中を彷徨う、僕とヒロだったが、時が解決してくれていた。


 ハルもユリも、永遠に生き続けられることがわかったからだ。

 ハルの声も覚えているし、ユリのピアノは録音した音源がそのまま残っている。きっと、忘れないだろう。


 七月の納骨の日。

 茂木先生の別荘からほど近い場所に、目的の霊園があった。その霊園は本当に海が見渡せる素晴らしい景色が広がる場所だった。

 霊園に到着して、茂木先生のご家族のお墓に向かう。ということではなく、向かった先は、霊園の本館にある納骨堂だった。


 茂木先生のご協力もあり、ユリの遺骨も一緒に、この納骨堂で、保管してもらうことになった。

 しばらくは、友達と一緒に居る方がいい。そして、僕たちにその時が来たら、それぞれの家族のお墓に戻そう。

 そう取り決めたのだった。


 だから、ここには、茂木先生一家だけではなく、ヒロとユリのご家族の姿もあった。

 そして、仲が良かった、岩島とアキ、そして、美里ちゃんの姿もそこにあった。


 大理石の内装がなされた納骨堂、その一角に、ハルとユリの遺骨が納められた。


 本当に、隣り合う感じで、二人の遺骨が納められた。

「ここの本館の扉はいつでも開かれていて、ここに来ればいつでも会えます。そして、何よりも、吉岡君、原田君、君の胸元には・・・・。」

 茂木先生は僕とヒロのそれぞれの胸元にあるネックレスを見つめる。


「はいっ。」

「はい。ありがとうございます。」

 僕とヒロは茂木先生に頭を下げた。


 そうして、遺骨が納められ、手を合わせる僕たち。

 大丈夫、僕たちは大丈夫。そうして、納骨堂を後にし、再び一歩を踏み出す僕たち。


 そこから一週間ほど過ぎ、コンクールに向けた最終調整を行い、七月、海の日を含めた三連休を迎えた。


 この日は、僕とヒロの海外留学をかけたバレエコンクールの日。

 そして、同じステージへと夢見たハルとユリの思いも背負っている。


「頑張ろうな、ヨッシー。」

「ああっ、もちろんだ。」

 僕はヒロと合流し、お互い握手を交わす。そして、勿論お互いの胸元には、二人の遺骨の入ったネックレスがあった。


 衣装に着替える僕とヒロ。

 そして、衣装に着替えても常に肌身離さず持っていたものがある、そう、ネックレスだ。

 バレエの際に揺れないように、テープで固定する僕とヒロ。


 これで大丈夫だろう。ハルとユリと一緒にステージに立てる。


 お互いの更衣室から、僕とヒロがほぼ同時のタイミングで出てきた。

 それを確認して。

「大丈夫?ヒロ。」

「ああ、勿論、ユリだってここに居るよ。」

 ヒロの胸元にもテープで固定されていたユリのネックレスがある。


 そうして、僕たちは舞台袖に移動する。


 珍しく緊張する僕とヒロ。舞台は何度も経験しているが、今回のコンクールは、今までとはわけが違う。

 色々な思いを背負って出るコンクールだ。気合と緊張がお互いに入る。


 司会のアナウンスで、開会が宣言されるが、司会のアナウンスで、さらに緊張してしまう僕たち。

 というのも、司会はその後に審査員の先生を紹介されるのだが、審査員のほとんどが、海外の先生だ。


「どうしよう。ヨッシー。」

 ヒロは珍しく緊張している。

「アメリカに居た時でも、この先生たちの名前、聞いたことある。」

 ヒロの言葉に僕はさらに動揺してしまう。

 本当に、世界各国から有名な先生が集まっていた。


 茂木先生の言葉。

 <このコンクールは海外から有名な先生を集めている。入賞すれば即、海外留学決定だよ。>

 そんな言葉が思いをよぎる。


 本当にここに来てしまった。しかも、出場者として。


「大丈夫、自分を信じて、そして、一人じゃない。」

 ヒロと、ヒロの胸元にあるネックレスを見た。


「ああ、そうだね。」

 ヒロは大きくなずく。


 そうして、一人目の人の演技が始まる。

 トップバッターも緊張しているだろう、固唾をのんで、舞台袖からそれを見守る。


 そして。

 僕の名前が呼ばれた。


「それじゃあ、行ってくるヒロ。」

「ああっ、行ってらっしゃい。」


 ステージのすぐ脇へと移動する僕。

 最初に僕の番、そして、その次にヒロの番だ。


 司会のアナウンスが僕の名前をコールする。

 緊張している。だけど。すぐに胸元のネックレスを握りしめる。


「力を貸して。ハル。」

 僕は願った。本当に願った。


 そして、ステージに出て行く僕。


 ステージの中央に立ち、先ずは課題曲から。

 課題曲はピアノ音源に合わせて、コンクール側が用意した振付で基本的な動作を行うものだ。


 全神経を集中する僕。

 頭の先から足の先まで。


 しっかりと手を大きく伸ばし、足も大きく開き、大きな動作が行えることをアピールしていく。

 大丈夫。完璧だ。大丈夫、大丈夫。


 僕は自分に言い聞かせ、課題曲の中で与えられた、振付を一つ一つ丁寧にこなしていった。


 そうして、課題曲の演技が終了する。

 それと同時に一瞬、緊張がゆるむ僕。


 目には涙を浮かべていた、何だか知らないが涙が流れた。


「ハル、お願い、力を貸して。ハル。一緒に、一緒に歌って。」

 僕は祈った。力の限り祈った。


 深呼吸して、自由曲の演技に入った。

 自由曲、ヨハンシュトラウスの『春の声』雄大なワルツに合わせて、歌詞がつけられている曲だ。

 今回は、歌詞なしの、オーケストラのアレンジで踊る僕。


 最初の入りの振付。大丈夫。きっと。


「そう、大丈夫だよ。昴君。」

「!!!っ。」

 声が、声が聞こえる。まさか。


 そう、そのまさかだった。歌詞が、僕の頭の中に聞こえて来た。

 これはまさしく、『春の声』、そう、“ハルの声”。


 ハルの歌声が、しっかりと聞こえる。


 ハルが会いに来てくれた。歌ってくれている。


 一気に動きを加速させる僕。

 躍動感あふれる僕の動きに客席は釘付けになっているようだ。


 舞台袖で見ているヒロの目にもそれは映っていて。


「すごい、すごいよ、ヨッシー。本当に、ハルが会いに来てくれた。」

 ヒロは涙を流しながら、それを見届けていた。


 まさに僕は本当に軽やかに踊っていた。まるで、全ての感情があるかのように。


「みてみて、昴君、私、自由になったんだよ、今なら、いっぱい、歌えるよ。」

 ハルはそう僕に語り掛けてくれる。ニコニコ笑いながら微笑みながら。


 さあ、ハルと一緒に、クライマックスまで、一気に盛り上げていこう。

 僕はそう決めて、さらに動きを加速させていった。


 そして。

 自由曲『春の声』最後まで、踊り切った。


 目に涙が浮かんでいた。大粒の涙だった。

 そして、会場からは溢れるばかりの拍手が鳴り響いた。


「ありがとう。ありがとう。ハルっ。」

「ありがとう。昴君。頑張ってね。応援しているから・・・・。」

 ハルの声が確かに聞こえた。


 ハルが会いに来てくれた、ずっと、応援してくれていた喜びを噛みしめて、舞台袖に引き上げる僕。


「やるじゃん、ヨッシー。」

 ヒロはニコニコしながら親指を立てて、出迎えてくれた。


「ああ、ありがとう。さあ、ここからは、お前と、ユリの番だな。」

「ああっ、そうだな。行ってくるよ。全部背負って、ぶつけてやるさ。」

 ヒロはそう言って、スタッフの案内のもと、ステージのすぐ脇へと移動していった。


 司会のアナウンスがあり、ヒロの演技が始まる。

 そうして、ヒロがステージへと一歩踏み出した。


「ユリ、お願いね。」

 ヒロは、そう言い聞かせ、課題曲のピアノ演奏の音源に全神経を集中させた。

 ヒロも丁寧に、丁寧に、頭の先から足の先まで集中して演技をしていく。


 僕にはわかる。

「ああっ、完全にユリのピアノだと思い込んでいるな。丁寧で繊細さもあるけれど、他の人の演技とまったく違う演技を見ているみたい。」

 僕はそう呟く。

 これはかなりいい所まで行けるんじゃないか。僕はヒロの演技を見て、そう思った。


 すごい、すごいよ、ヒロ、ユリ。

 僕はそう思いながら、ステージ上のヒロを見つめていた。


 そして、ヒロの圧巻の課題曲の演技は終了した。

 これは明らかに、審査員の目を惹きつけたな。自由曲も他の人とは違う見方で見てもらえるぞ。


 そうして、自由曲。

 こちらは、ヨハン=シュトラウスの弟、ヨーゼフ=シュトラウス作曲の『天体の音楽』というワルツだ。

 まさに星空の下で、大きく雄大な動きを見せて、踊るヒロ。


「ハル、ユリ。見てるかな。」

 ヒロはまさに、ハルとユリのいる星空まで届けと言わんばかりに、大きな振りを見せていく。

 そして、それを実感しているのだろうか。僕と同じで、さらに動きが加速していく。


 まさに、これも圧巻の演技。

 流石だった。流石といっていいほど、観客と審査員の目を惹きつけることが出来ていた。


 そして、一気にクライマックスを迎える。

 会場の全てを課題曲の最初から惹きこんだヒロ、当然、会場からは溢れるばかりの拍手があった。

 まるで、もっと君の演技を見ていたい、というメッセージを送るように。


 それを見て確信した。

 星空の上からハルと、ユリは、ヒロの演技を最後まで見ていたことを。


「ありがとう。ハル。ありがとう。ユリ。」

 僕は涙を流しながら、そう呟いた。


 ステージ脇でヒロを出迎える。

「良かったよ。ヒロ。」

「ああ。ハルと、ユリのおかげだな。」

 僕たちはお互いに涙を浮かべながら、抱きあった。


 勿論、胸元には二つのネックレスが輝いていた。


 僕とヒロは、このコンクールで入賞し、フランス人の審査員の先生の目に留まり、お互いに、この後フランスの高校へと留学した。


 そして、新人ダンサーの登竜門、ローザンヌでも入賞することになる。

 その時も、お互いの胸元には、ハルとユリの遺骨の入ったネックレスが輝いていた。


 海外生活の話は、また別の機会の時に話すことにしよう。



今回もご覧いただき、ありがとうございました。

吉岡先生、原田先生は無事に悲しみから再スタートすることができました。本当に感謝です。

少しでも興味を持っていただけましたら、下の☆マークから高評価とブックマーク登録をよろしくお願いいたします。

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