表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/29

27.姉妹の絆

 

 ハルの葬儀を終えて、海沿いの茂木先生の別荘に戻った僕たち。

 そこには祭壇が飾られ、ハルの遺骨はこちらに置いておくことになった。


 そして、僕が出ることになる七月のコンクールの直前に、納骨するという。納骨の場所は、すぐ近くに、海の見える霊園があって、そこに、茂木先生のご家族のお墓があるのだそう。

 因みにだが、ここはもともと、茂木先生のご両親の家だった。それを別荘として管理しているのが、茂木先生や、ハルのご両親だった。


「吉岡君さえよければ、納骨の時、そして、コンクールの時まで、居てくれないか。そして、ここでコンクールに出ればいいから。」

 茂木先生は僕にそう言って、僕の背中に手を当てる。

 僕は大きく頷き、茂木先生とハルのご両親にお礼を言って、遺骨になったハルとしばらく、この別荘に滞在することになった。


 そして、この家では、課題曲をメインに自主練をした。

 自由曲だと、ハルのことを思い出してしまうから。


 しかし、それも、すぐに気持ちを切り替えることができた。

 バレエ教室では、その分、自由曲を練習しようとしていたのだが。


 ハルの葬儀後、初めて、別荘を出て、バレエ教室へ向かう日。

 僕は、胸元に目をやると、ハルの遺骨が入った、小さな物入れのついたネックレスに目が留まる。


 そうだ。

 いつだって、ハルがともにいる。病気で最後は、ここの家からあまり外に出られなかった分、僕が、ハルと一緒にもっといろいろな所へ行かなければ。


 僕はそう思った。


 そうして、バレエ教室でも、そして、茂木先生の別荘での自主練でも、課題曲と、自由曲の両方をバランスよく、ようやく、双方バランスよく練習をすることが出来ていた。


 そうして、数週間が過ぎ、六月に入ったある日の夕方。それは、突然やって来た。


 プルルル、プルルル、プルルル。

 突然、別荘の電話が鳴った。


 ここの別荘の電話って珍しい。一体・・・・。


「はい、茂木です。」

 僕は茂木の性を名乗り電話に出た。流石に、出ないのは失礼だと思ったから。


「昴。その声は昴ね。」

 電話の向こうの声を聞いて、僕はものすごく驚く。


「母さん!?」

 電話の主は母親だった。


「昴、とにかく大変なの、今すぐテレビをつけて、ああ、そっちにテレビはある。テレビのニュースよ。」

 母親は僕にテレビをつけるように指示を出す。

「わ、分かった。」


 僕は反応し、電話とテレビはかなり距離があったので、スピーカのボタンを押して、テレビに向かい、別荘のテレビをつけた。


 テレビにはニュースが流れていた。

 しかし、このニュースは、速報だった。


 『高速道路中央分離帯にバス激突、運転手の飲酒運転か?』

 そんな見出しで、アナウンサーが報道していた。


「事故?」

「そう、バスの事故よ。でも、よく見て。現場の映像が出るから。」


 母親の声で、テレビのニュースの報道の内容をよく聞く。


「お伝えしていますように、今日の午後三時ごろ、中央自動車道の下り線で、バスが中央分離帯に激突して、横転する、事故がありました。運行会社による飲酒運転の隠ぺいが指摘されています。この事故で、乗っていた修学旅行中の女子生徒一人が病院に搬送され、まもなく死亡しました。その他の生徒は重体の生徒もいますが、命に別状はないということです。」


 なるほど、飲酒運転を隠ぺいしたために起こった事故か。ずさんな会社だな。

 と思ったのだが、ヘリコプターから撮影された事故現場の映像を見て、僕はゾッとする。


 そして、一気に背筋が凍り付いた。


 横転していたバスに見覚えがあった。

 バスの前方はかなり大破していて、ところどころ、分からない部分もあったが、バスの後方部分は損傷がなく、綺麗に残っているため、どんな塗装のバスが横転していたかわかった。


「これは、【さかやま運送】のバスじゃないか。」

 僕は驚いた。バスの塗装、そして、文字がプリントされている位置、【さかやま】の“さ”の字の部分は大破して読めず、大破していたバスの文字には、『かやま運送』と記されていたが。この運送会社の地元出身の僕は、このバスが【さかやま運送】のバスであることが、すぐに分かった。

 僕だって、これと同じ塗装のバスに乗ったことがある。小学校の遠足だったり、中学校の修学旅行だったりで。


「そうなのよ。【さかやま運送】のバスなのよ。そして、落ち着いて聞いてね。昴。」

 母親は電話の向こうで深呼吸した。


「花園学園の中等部、その、友里子ちゃんの学年がね、今日から修学旅行なのよ。」

 母親の言葉に僕は愕然とする。


「な、何だって!!?」

 僕は一気に身体全部が震えだした。まさか・・・・。


「と、とにかくテレビをつけていて。詳しい状況がわかったら、連絡するわね。」

 母親がそう言うと、僕も、分かったと頷き、電話を切った。


 僕はひたすら願った。

 いや、実際に、一人亡くなっているというニュースが入って来ているため、その亡くなった人に対して、失礼だと思う、だが、この時ばかりは、そうは願わずにいられない。


 乗っていたバスの生徒は、花園学園ではなく、他の、雲雀川市の他の学校の修学旅行の生徒であるように、そして、百歩譲って、そのバスに乗っていたのは花園学園の生徒でも、亡くなった一人は、ユリでないようにと。


 テレビでは、運送会社の記者会見が中継された。

 その内容はかなり酷いものだった。当然だ、飲酒運転を隠ぺいしたのだから。そして、管理のずさんさも指摘され、今回の事故以前にも、飲酒運転を隠ぺいして、乗務した例があるのではと指摘されていた。


 当然だが、運転手と、社長は、この後逮捕されることになるだろう。


 テレビでは、キャスターと、コメンテーターの人達がその事故について、議論していた。

 そして、繰り返し、ニュースは伝えられていた。


 時間が経過するのが長かった。

 どれくらい前にテレビをつけたのだろうか。ニュース速報が流れ続けている。


 そして・・・・。

 プルルル、プルルル、プルルル。

 再び、別荘の電話が鳴った。


 深呼吸して、受話器を取る。

「はい。」

「・・・・・・。くすんっ。くすんっ。」

 誰かの涙声。


「えっと。」

「ヨッシー!!ヨッシー!!」

 声の主はヒロだった。


「ヒロ、一体?」

 僕の声も震えていた。脈拍が途端に早くなる。


「ニュース見てるよね。ユリだった。ユリだったぁぁぁぁぁぁ。」

「そんなっ。」


 僕は、一気にドーンと何かが抜け、膝を抱えて、座り込んでしまった。


 そのまさかの事態が起こってしまった。

 事故を起こした、【さかやま運送】のバスに乗っていたのは、花園学園中等部の生徒たち。そして、亡くなってしまった一人というのは、原田裕子の妹、原田友里子だった。


 どうして、ハルだけでなく、ユリまで死ななければいけないんだ。

 僕は感情のまま、ドンッ、ドンッ、と床に手を叩いていた。今日ばかりはそうせざるを得なかった。



 こうしてはいられず、すぐに茂木先生の別荘を出て、地元に戻る僕。

 母親の経営するバレエ教室には、既に、ユリのための献花台が母親の手によって、作られていた。


「昴。よく戻ったわね。まさか、こんなことになるなんてね。」

 母親は、僕の肩に手を当てる。

「ああ。僕も驚いているよ。どうして?なんで。」

 僕は母親とともに涙する。


 既に、いくつか花が供えられている。ユリは、このバレエ教室で、ピアノのスタッフとして、頑張ってくれていたのだ。


「翌日は、友里子ちゃんの家に行くわ。あなたもついて行くよね。」

 母親の言葉に僕は頷く。

 その日は、夜も遅かったので、僕は実家に泊まった。


 そうして翌日の昼過ぎ、僕は母親とともに、ヒロとユリの家に向かった。

 既に、ユリは、家に帰宅していた。

 ハルの時と同じように、眠るように横たわっているユリ。

 事故の時、顔は大方無事だったようで、綺麗な顔をしていた。

 だが、身体の損傷はかなりあるという。しかし、見るからにそんな感じが取れなそうな、綺麗な顔をしていた。


「くすんっ、くすんっ。ヨッシー。」

 ヒロは僕に抱き着いてくる。

 僕はそれを受け止めて、優しく、背中に手を回す。


「どうして、ユリまで。ハルだけでなく。」

「ああ、それは、僕も、思ったよ。そう思ったさ。でも・・・・。」

 これだけ泣き顔のヒロは初めてだった。いつもは、毅然とした態度で、堂々と振る舞うヒロ。

 それを見ただけで、ヒロの心の傷の深さが伺える。


 思えば、小さい時から、日本ではなく、アメリカで育った姉妹。

 不安もあっただろう、そして、バレエの時もそうだ。ユリの美しいピアノの音色にヒロが楽しそうに踊っていた。

 姉妹の絆は、かなり強固なもので結ばれていたのだろう。


 ほどなくして、ヒロの家、つまり、駅の傍のマンションに茂木先生がやって来た。

 茂木先生も知らせを聞いて飛んできたらしい。


「そんな、まさか、原田君の所まで。どうしてだ。」

 茂木先生は、ユリの冷たくなった綺麗な顔を見るや否や、僕たちと同じ反応を示したのだった。


「茂木先生、ありがとうございます。」

「気を遣わなくていい。本当に、本当に、こんなことになるなんて。」

 茂木先生はユリの亡骸の前で手を合わす。


「はい。私も、信じられません。」

 ヒロが茂木先生の目を見て言った。

「そうだろうな。辛いだろうな。」

 茂木先生は、ヒロの涙で赤くなった瞳を見て大きく頷いた。


 そして、数日後、雲雀川市内でユリの葬儀が行われた。


「どうして、どうして、ハルお姉ちゃんだけでなく、ユリお姉ちゃんまで。神様、意地悪しないで。」

 アキと一緒に手を引かれて葬儀に参列していた美里ちゃん。大声で泣き叫ぶ。


 その言葉に、僕たちも胸を打たれる。

「ああっ、そうだよな。美里ちゃん。」

 僕は美里ちゃんの肩に手を乗せる。

「お願い、ヨッシーお兄ちゃんは死なないで。」

 美里ちゃんの必死の叫びに、僕は小さな美里ちゃんの身体を抱きしめる。


「わかった、わかったから・・・・・。」

 美里ちゃんは、少し深呼吸して、落ち着いてくれた。


「吉岡。本当に、残酷だな。世の中って。」

 岩島は大粒の涙をこぼす。

「ヒロちゃんは・・・・。今は話しかけない方がいいわね。」

 岩島と、アキのカップル、ヒロに話そうとしたが、こんなに元気のなさそうにしているヒロに向かって声をかけるのは少し、躊躇うようだった。勿論、僕だってそうだ。


「でも、これで、ハルは寂しくないかな。天国でも。」

「そうね。」

「ああっ、そうだな。」

 岩島の言葉に、僕とアキは頷く。ヒロもそれに気づいて欲しいが。案の定、まだまだ、時間がかかりそうだ。


 ハルの時と同じように、ユリの棺には色とりどりの花が、棺いっぱいに並べられた。


 そして、葬儀には、花園学園でのユリの友達もたくさん来ていた。

 アメリカ育ちということもあって、ヒロと同じで、英語が堪能だったのだろう。そんな友達代表のお別れの言葉は心に染みた。


 そして、火葬場へ向かう、僕たち。

 ヒロと、そのご家族の意向で、僕たちも同行するように整えてくれた。


 ハルの時とも同じく、ここに来ると、ものすごく緊張してしまう。


 棺の最後の蓋が閉じられ、火葬が開始される。


 そして、お骨上げの作業へ。

 まさにその時だった。


「少し待ってください。」

 火葬場の職員に僕は声をかける。そして、一緒にここに来てくれていた茂木先生も頷く。


 僕の胸元にあるネックレスとまったく同じネックレスとポケットから取り出す僕。

 だが、少し色は違って、こちらは、紫のアメジストカラーで光り輝いていた。そして、ネックレスの先端の物入れはまだ空っぽだった。


「原田君にこれを。吉岡君と同じで・・・・。君にも。妹さんと一緒に世界へ羽ばたいてほしいから。」

 茂木先生は頷いて、僕の手元を見るように促す。

 その時に、どっと、涙があふれだすヒロ。


「やり方は、春菜の時に見ているから、分かるよね。」

 茂木先生はそう助言する。


「あ、ありがとう。ございます。ありがとう。ありがとう。」

 ヒロは僕と茂木先生に何度もお礼を言った。


 僕から、ネックレスを受け取り、物入れの蓋を開けるヒロ。

 小さな遺骨の破片をネックレスの中に入れていくヒロ。

 僕たちもその様子を手伝う。


 そうして、ユリの遺骨が入った、小さな物入れの付いたネックレスは、ヒロの首から胸元へとかけられた。

 そうして、収骨作業を再開していく、僕たち。

 その作業が終わったところで、茂木先生と僕の母親はもう一つ、声をかけた。


「そして、遅くなりましたが、こちらを友里子さんのご家族に。」

 茂木先生と僕の母親が差し出してきたのは、一つのカセットテープだった。

「たまたま、持っていた、バレエ教室の生徒さんが居たのです。」

 と母親は説明し、小型のテープレコーダーをもって、再生させた。


 カセットテープの音から流れてくる音を聞いて、僕たちは再び涙する。


 カセットテープから流れてくるメロディーは、ハイドンの『ピアノソナタ50番、ニ長調』から『第一楽章』だった。


「たまたま残っていたの、録音をしていてね。」

 母親は説明した。その母親も涙を浮かべながらそう説明した。


 奇跡だった。ユリの弾いているピアノの音源だった。

 これでユリは、僕たちの心で、いや、この音楽の中で永遠に生きることができる。


「あ、ありがとうございます。先生。」

 ヒロは母親と茂木先生に頭を下げた。

 そして、ヒロの両親、つまり、ユリの両親も同じだった。


「バレエ教室でも、定期的に発表会で使わせてもらうわね。いつまでも忘れないわ、小さな天才ピアニストが、ここに居たことを。」

 母親は涙を浮かべながらそう言った。


 ここで初めて、残されたヒロの顔が少し、元の表情に戻っていた。

 そう、僕たちは進まなければならない、旅立っていったハルとユリのために。


 火葬場を出ればほら。希望の青空が広がっていた。

 ハルとユリはこうして、永遠に僕たちを見守り、そして、生き続ける。そう信じて、僕たちは再び一歩を踏み出していった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ