24.鍵山のざまぁ
北関東にある街。雲雀川市。
僕がこの町を出て行った後も、母親のバレエ教室は元気に運営している。
ヒロこと、原田裕子も、このバレエ教室に通い、僕と同じように、七月のコンクールに向けて練習をしている。
「ふうっ。」
ヒロは今日の練習を終え、大きくうなだれる。
「裕子ちゃん、お疲れ様。いい感じよ。」
母親の吉岡和子。ニコニコと笑いながら、アドバイスをしていく。
「どうだった、先日、春休みに行ったとき、昴の様子は。」
母親がヒロに質問してくる。
「そうですね。元気そうでしたよ。」
「そう。良かったわ。ちょっと心配していたから。」
母親はこの会話で少し安心しただろうか。
「向こうのバレエ教室からも連絡があって、良い感じに仕上がってますという連絡が来ているから、大丈夫よね。」
「はい。大丈夫です。ヨッシーは元気でしたから。」
「そうよね。」
二人ともニコニコ笑っていた。
因みにだが、この雲雀川というのは、ヒロの両親の地元だ。
家族と、仕事の関係で、両親がこちらに戻って来たため、海外から引っ越してきたのだった。
七月のコンクール。ヒロの自由曲は、ヨーゼフ=シュトラウスの『天体の音楽』というワルツの曲だった。ヨーゼフ=シュトラウスは、『春の声』を作曲した、ヨハン=シュトラウスの弟にあたる。
ウィーンのニューイヤーコンサートで演奏されるのが、このシュトラウスファミリーの曲だ。この二人の父親、そして、さらにその下に弟がいるのだが、彼らも作曲家だ。父親の作曲したもので有名なのは、『ラデツキー行進曲』だろう。勿論、他の曲もあるのだが。
それはさておき、『天体の音楽』はこのバレエ教室をイメージして選んだという。
この教室の看板のデザインも、いくつかの星が輝く空の下で、男女ペアが躍っているデザインだ。
「裕子ちゃん、期待しているわよ。昴と一緒に、ウチの看板を背負って、世界に行くのだから。」
母親はニコニコ笑いながら、ヒロの肩をポンポンと叩いた。
ヒロも自由曲の練習に取り組んでいた。
『天体の音楽』という曲も雄大なワルツの曲。
しかし軽やかに表現する箇所もあり、緩急も要求されてくる。
演奏者にも、そういうことを求めてくるのだから、目に見えての情報が入ってくる、バレエの踊り手はなおさらである。
ヒロは、その課題を難なくクリアして、着実に何かを掴んで生きているようだった。
「やっぱりすごいわ。裕子ちゃん。」
「はい。でも、まだまだ、世界に行くには・・・・。」
ヒロも少し焦り気味。もっと良くしたい気持ちが強い。
「確かにその気持ちは重要だし、そうなんだけれど、焦っていてはダメよ。ベストな状態に確実に持っていきましょう。」
母親の言葉に頷くヒロ。
そうして、春休みが終わり。ヒロは高校に入学した。
花園女子学園高等部。中等部には彼女の妹、ユリが在籍している。
そして、岩島とアキも、ヒロとは高校が違うが、雲雀川市内の高校に入学していた。
こちらも胸をドキドキさせながら、高校生活を始めたようだった。
このころになってくると、七月のコンクールの課題曲音源のCDが送られて来た。
高校入学と同時に、課題曲の音源、ピアノの音に合わせて基本的な動きをする練習に取り組んでいくヒロの姿があった。
妹のユリもそれを見ていて、時々耳コピでは、その音源をピアノで弾きながら、ヒロは動きの確認しているようだった。
その一方で、僕とハルは通信制の高校に入学し、茂木先生の海辺の別荘に教材が届いた。
病気で外出の難しいハルはともかくとして、僕は全日制の高校に入学できなかった。
その理由は他でもない、地元の県議という権力者の息子、鍵山耕治からの嫌がらせを受けていたためだ。
ハルやヒロ達が転校してくるまで、僕は、鍵山から。
「男でバレエは、オカマでエロくて、変態男子!!」
とバカにされ、学校で虐めを受けていた。そして、県議の息子ということで、そのいじめに教師まで加担していたのだった。
そのお陰で、内申書、調査書を改ざんされていたのだった。
その鍵山は、地元のトップの進学校に入学した。
彼の成績では入学は不可能なはずだが、親のコネを思う存分使ったのだろう。その高校に合格が決まったとき、彼は有頂天だった。
しかし、そこがピークであった。
入学早々、彼は色々と問題を起こし、さらには入学時テストや小テストでも、かなり低い得点を獲得することになる。
「一体どういうことだ?」
「また鍵山君が問題を起こしたって。」
一部の教師、そして、一部の生徒、特に女子生徒が、鍵山のことに不満を持ち始めた、その結果。
鍵山の身辺調査が密かに行われた。
鍵山がこの高校に来た経緯、その他、諸々の出来事。そして、どうやら、すぐに、僕、吉岡昴という名前と、原田裕子という名前に行きついていたようだった。
ヒロの両親も、ヒロが高校受験に失敗し続けるのを疑問に持ち、鍵山のことをヒロや、僕から知ったとき、鍵山打倒の気持ちが強まっていた。
そして、方々から鍵山打倒の狼煙が上がった。
保守王国、そして、長年県議会議員を務めた鍵山。鍵山打倒は難しいと思えたが、その狼煙が拡大するのには、そうは時間がかからなかった。
そして。
「はあ、耕治、やはり、お前、高校でも色々とやらかしてくれたようだな。」
鍵山邸の一室。鍵山耕治のちち、浩一郎は深いため息をついた。
「どういうことだよ親父。」
「とぼけるんじゃない。」
怒りをあらわにする、浩一郎。
「いいか、前にも話したが、マンションの建設が増えて、転校生が増えた。ということは・・・。」
浩一郎が深呼吸して、耕治に一気に言い放った。
浩一郎の言葉を聞いた、耕治。彼は、一気に背筋が凍り付いていた。
雲雀川市は、ここ数年、マンションの建設ラッシュだった。
そのマンションの建設に伴い、転校生が増えた。
つまり、新しい住人が増えた。
そう。それイコール、新しい有権者が増えたということだ。
この年の四月。桜が散り始め、葉桜の季節に差し掛かるころ。この年は、統一地方選挙の年だった。
この場所も、統一地方選挙に伴う、県議会選挙が行わたのだった。
打倒鍵山の狼煙、それは、特に新しくこの町に引っ越してきた住人の耳にすぐに話が行ってしまった。
特に、新しく引っ越してきた、ヒロのことが彼らの間で、話題になり、ヒロの住んでいるマンションは勿論、いくつかのマンションで、その話題が持ちきりだった。
マンションは、多くの世帯が暮らしている。しかも、高層マンションも多々ある。
下手をすれば、千票近い票数を一気に失うことになる。
そして、今回は衆議院議員選挙や参議院議員選挙の国政、ではなく、県議会議員選挙だ。
保守王国と言えど、一つの選挙区から、何人も当選できるため、政党の公認は受けることができるが、個人の力のウェイトの方が大きくなる。
ましてや、この当時は、二十世紀末から、二十一世紀初頭の平成の時代。
まだまだ、昭和の中選挙区制の名残が色濃く残っている。
この当時の保守王国の人は、人を見る目は確かだった。なぜならば、中選挙区制時代、複数の有力者から、一票を投じる人物を選ぶわけだから。同じ政党内では、複数人、当選できるが、誰がトップ当選するかで、今後の状況が大きく変わったものだった。
そう、新しく引っ越してきた有権者たちの反撃の狼煙、そして、もともと住んでいた人たちの耳にもその話が行ってしまい・・・。
鍵山浩一郎、県議会選挙で落選となった。
それを知った、息子、耕治。
「な、どういうことだよ~。親父ぃ。」
「だから、言ったんだ。お前も努力しろと。もう、権力を使った脅しは出来ない。これからは、現実を見つめて、真摯に向き合え。」
鍵山耕治はそれでも父親にすがり続けていたが、落選を突き付けられた今、どうすることもできない。
そして、鍵山の悪事、そして、高校入学への賄賂が表沙汰になった。
鍵山耕治は、勉強についていけなくなったか、そして、そのニュースが表沙汰になったか、そのどちらの理由も該当するのだろう。彼は、高校を最速で退学したのだった。
そして、父親も、ニュースで騒ぎになり、逮捕、起訴されることになった。
執行猶予付きの判決となったが、鍵山達はどこか遠くの場所へ引っ越して、ひっそりと暮らすようになったらしい。
その後どうなったかは、誰も知らない。
葉桜の季節。
僕やヒロ達の転校生にしてきた嫌がらせのざまぁを一気に見ることになった、鍵山。
ヒロとユリはこのニュースを見て笑っていた。
勿論、岩島とアキも、そのニュースは彼らの耳に入ってきており、同じように笑っていた。
僕がこのニュースを知ることになるのは、ヒロからの電話だった。
「って言うことがあったんだよ。マジで、ざまぁみろって感じ。」
すべてを電話口で僕に話したヒロ。
「ハハハッ。僕も嬉しいし、気分が晴れた気がする。」
茂木先生の別荘の固定電話。ヒロの笑顔の声が、僕にも伝わり、僕の表情も自然と笑っていた。
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