19.別荘の庭
茂木先生の提案から、一週間後の二月の中旬。
僕は中学の卒業式を待たずして、故郷を離れる時を迎えた。
本当は、卒業式も出たかったが、出れば、自分一人だけ、高校が決まらず、笑いものにされ、鍵山からいろいろ言われるのが嫌だった。
そして、何よりも、ハルのことを考えると、この先待っていられない。
一日でも長く、ハルと、最期の最期まで、一緒に居なければならない。そう思った。
「荷物持った?昴。」
母親はニコニコ笑っている。
「しっかりな、昴。」
父親は大きく頷いていた。
「大丈夫。荷物持ったよ。」
「いつでも連絡してきてね。足りないものとか送るから。」
母親はニコニコ笑ってそう言った。
やがて、茂木先生が迎えに来て、先生の車に乗り込む僕。車が走り出し、両親が大きく手を振り、僕を見送ってくれた。
そうして、次についた場所は、病院だった。
そう、ハルの入院している【雲雀川総合病院】だ。
そこで、ヒロ、ユリ、アキ、そして、美里ちゃんと岩島が待っていた。
「いよいよだね。ヨッシー。」
ヒロがニコニコ笑っている。
「ああっ。」
僕は深々と頷いている。
茂木先生が、病院の玄関に入っていき、そして。
十分程度で、茂木先生が出てきた。その横には、少しやせたが、本当に、ニコニコ笑ったハルの姿があった。
本当に、桜の時期まで持たない身体なのか。それを疑ってしまう。
「ハルお姉ちゃん、退院おめでとう!!やったー。」
美里ちゃんが元気に笑っている。
五歳の美里ちゃん。美里ちゃんは年齢のこともあり、あの場、茂木先生がハルの真実を告げた場所に居なかった。
まだ小さい年齢ということもあり、退院するということは元気になったと思っているのだろう。確かに、それが、一般的だし、大多数の患者はそうだ。
だがしかし、今回は治療中止による退院。少しでも元気なうちに退院して、自宅で一緒に過ごすパターン。
「ふふふっ、ありがとう。美里ちゃん。心配かけてごめんね。ありがとう。」
ハルは少し笑う。
「わ~い。やったぁ。」
美里ちゃんの笑顔。涙が出そうになったが、僕は、僕たちはぐっとこらえて、美里ちゃんの笑顔に合わせていた。
そう、懸命に生きるハル。そして、美里ちゃんを見て、ニコニコ笑うハル。その姿に、僕たちは大きく頷く。
因みに、あの場に居なかったもう一人の人物、ヒロの妹、ユリは、既にヒロからこのことを聞かされていたらしい。
ユリは、僕たちと一緒に、涙をこらえ、大きく頷いて、美里ちゃんとハルのやり取りを見ていた。
「み、皆もありがとう。」
ハルは僕たちに頭を下げる。
そして、ハルは、岩島とアキと会話をして、僕とヒロの元へ。
「昴君、ヒロちゃん、ありがとう。そして、クリスマスコンサートの時は、本当にごめんなさい。もっと、歌いたかったのに。もっと、二人のバレエを見ていたかったのに。」
ハルは必死で涙をこらえながら、頭を下げた。
「顔を上げてよ。ハル。本当に、良かった。」
僕は、少し笑顔で頷く。
「気にしないで、こうして、また会えて、本当に良かった。」
ヒロは、ハルに握手を求めてくる。
「うん。ありがとう!!」
ハルは少し安心する。
そして。
「昴君。あの、私の我がままに応えてくれて、本当にありがとう。」
ハルは頭を下げた。
僕は首を横に振る。
「あの、これから迷惑かけるかもしれないけれど、よろしくお願いします。」
ハルはさらに頭をあ下げてくるが、何だろう。その瞳の奥には感謝の気持ちは勿論だが、これからの生活が、楽しく過ごせる、嬉しさの方が、より伝わってくる。
「うん。気にしないで。僕も、本当に嬉しいし、楽しみ。」
「よかった。」
ハルは、今日いちばんの笑顔で笑った。出会ったときみたいに、本当に、可愛い笑顔で。
「さて、揃ったところで、行こうか。」
茂木先生はニコニコ笑って、僕とハルを車に促す。
車には既に、向こうで使うであろう、車いすや杖、そう言ったものが積まれていた。
「じゃあな、吉岡。頑張れよ。」
「ヨッシー、また、七月のコンクールで。」
「吉岡さん、ありがとうございました。頑張って。」
同じ中学で共にした、岩島、ヒロ、アキからの見送りを受ける。
中学の卒業式を待たず、僕もこの町を離れることになる。少し寂しさもある。
因みにだが、ヒロは、ユリと同じ、花園女子学園の高等部に行くことにしたのだそう。
雲雀川市は、ヒロとユリの両親の地元だ。
「まあ、私は、行く高校があるし、家族が、留学するのであっても、行く高校があるのなら、高校には入学して欲しいって言うし、こっちでも準備が出来るから。」
ということで、ここに残ることになった。
「茂木さんも、ありがとう。絶対遊びに行きます。」
「私も、勿論、遊びに行く。」
「はい、是非行かせていただきます。」
岩島とヒロ、そして、アキは、ハルにもそういって言葉をかける。
そうして、中学で一緒に過ごした仲間たちとその妹たちに見送られながら、僕とハルを乗せた車は、茂木先生の運転のもと、走り出していった。
その瞬間に、ふうっと、安心した表情になるハル。
「ご、ごめんね。美里ちゃんもいたから、ちょっと、頑張っちゃったかも。」
確か、癌が脳の方にも転移したと聞いている。
おそらく、ふら付いているような身体を、しっかり立てるように、頑張らせていたのだろう。
車に乗った瞬間、少し、呼吸が乱れるハル。
ハルは、自分の病気のことをどこまでわかっているのだろうか。
少し、心配になる。
だが、僕から告げても、何の得にもならない、ということがわかったので、いつも通り、僕は振る舞うことにした。
やがて車は高速道路に入っていく。
高速に入ってからだろうか。ハルの呼吸は少し落ち着いてきている。
「す、昴君。」
その、呼吸が落ち着いてきたタイミングで、ハルは声をかける。
「お、遅くなっちゃってごめんね。そして、病院の傍のケーキ屋さんで、叔父さんにお願いして、買ったものでごめんね。」
ハルが小さな包みを渡す。
包みを開けると、チョコレート味のクッキーが、沢山入っていた。
「ハッピーバレンタイン!!」
ハルがニコニコと笑う。
「あ、ありがとう。ハル。」
突然のハルからのバレンタイン。本当に嬉しかった。
「手作りじゃなくて、本当にごめんね。」
ハルはどこか寂しそうに言うが、僕は涙をこらえて、ハルの頭を撫でて、抱きしめる。
そんなのはどうだってよかった。ハルとこうして再び会えたのだから・・・・。
茂木先生は途中、何度かサービスエリアで、休憩を取りながら、少し時間をかけてではあるが、夏に皆で過ごした別荘にたどり着いた。
別荘の玄関には、人が二人いて、その二人は、茂木先生の車に気付き、こちらへ向かってきた。
「「春菜っ!!」」
車から降りて来たハルに駆け寄る二人。
「ご、ごめんね、お父さん。お母さん。」
ハルはその二人、ハルの両親に謝る。
「こっちこそ、ごめんね。変わってあげられなくて、丈夫に生んであげられなくて。」
母親はハルに向かって涙するが。
ハルは首を横に振る。
「ううん。たくさん、友達もできたし、たくさん、好きなこと出来たから。」
ハルは笑って頷く。
「そうか。そうか。」
父親は涙をこらえながらも、頷いた。
そして、ハルの両親は僕の元へ。
「初めまして、吉岡君ですよね。弟から話は聞いてます。こんな頼みを聞いてくれて本当にありがとう。」
父親は僕に頭を下げる。
「ありがとう。吉岡君。」
続いて、ハルの母親も涙ながらに頭を下げる。
僕は首を横に振り。
「いえいえ。顔を上げてください。僕も本当に感謝してますし、何よりも、ハル、春菜さんと友達になれて、すごく楽しいです。」
僕は両親に向かってそう言った。
両親は何度も頭を下げ、僕たちの荷物を別荘に運んでくれた。
今回はハルの体調もあるので、ハルの部屋は一階の玄関を入ってすぐの部屋。
僕は二階の部屋で寝泊まりをすることになった。
「足りないものがあったら遠慮なく言ってね。」
ハルの母親はニコニコと笑う。
「はい。」
僕が寝泊まりする部屋、僕の荷物は大方大丈夫そうだ。
ハルの方も荷物や治療に使うであろう、道具は大方揃っている。
「他に足りないものは、無いかな・・・・。」
僕の部屋に荷物を多き、一通り確認したら、すぐに、ハルの部屋の方の準備を手伝う僕。
足りないもの・・・・・。
ハルの部屋の窓の外を見る。
別荘には庭はあるのだが・・・・・。
どこか寂しさがある。
そこでふと思いついた僕。
「あのっ。足りないものでは、無いかもしれないんですけれど。」
「ん?どうした?吉岡君。」
茂木先生が僕に言う。
「えっと、庭が寂しいというか、ハル、春菜さんが、少しでも元気になれるようにというか。」
「「「ああっ!!」」」
僕の言葉に頷く、茂木先生と、ハルの両親。
早速、近くのホームセンターへ行き、園芸の売り場で、花の苗をいくつか買う。
僕でも知ってる、パンジーとマリーゴールドの花、そして、いくつか咲いている綺麗な花。さらには、これから咲くであろう花の苗をいくつか購入する。
中でも大量に購入したのが、チューリップの苗。
桜の時期まで持つかわからない、つまり、チューリップの時期もハルは持つかわからない、でも、少しでも、ハルが、ハルの名前の通り、春の季節を迎えることが出来たらという願いを込めて。
買ってきた花の苗を別荘の庭に植えていく僕たち。
少し、時間をかけて、ハルの部屋から見栄えをよくするために、植える位置にこだわっていく。
そして。
「うん。とても綺麗だ。」
茂木先生がニコニコ笑う。
「ありがとう。吉岡君。」
ハルの父親は笑っていた。
そして。
「ハル。少し早いけど、春の庭ができたよ。」
僕は、ハルを呼んで、彼女の部屋から、別荘の庭を見るように言う。
「うわぁ!!」
庭の窓を開けて、僕たちを見たハル。
彼女は両手で口元を覆い、瞳の色を輝かせながら、色とりどりの花を見て、喜んでいた。
「これからチューリップも咲いてくるから。だから・・・・。」
「う、うん。」
ハルの瞳から涙が溢れて来た。
「私、頑張る。」
ハルは大きく頷く。
僕たちはそれを聞いて、安心した。
ハルが喜んでくれて良かった。
こうして、急ピッチではあるが、別荘の庭には、一足早い春が訪れた。
「ありがとう。吉岡君。」
「本当に、お礼を言います。」
ハルの両親が揃って頭を下げる。そして。
「それじゃあ、吉岡君。春菜をお願いね。往診の先生も毎日来てくれるし、僕たちもサポートするからね。」
茂木先生はニコニコ笑う。
そうして、茂木先生と、ハルの両親は、別荘を後にしていった。
ふうっ、と、一息入れる僕。
どうやら、ハルのご両親に初めて会ったせいか、緊張していたらしい。
「す、昴君。ありがとう。春が来たみたい。」
ハルはニコニコ笑う。
即席ではあるが、花を植えて本当に良かった。
ハルはずっと庭を、見つめていた。
その様子に安心して、二階の部屋に戻る僕。
鞄を広げると、ハルからもらった、バレンタインのチョコクッキーが一袋。
すっかり忘れていた。
僕はハルの部屋に戻って。
「ハル、これ、ありがとう、いただきます。」
僕はハルの元へ駆け寄り。
別荘の庭を見ながら、チョコクッキーの包みを開けた。
それはとてもおいしかった。
「すごく美味しい。」
「ふふふっ、良かった。」
ハルは笑っていた。
そして、いつまでも、先ほど、花を植えた庭を見つめていたのだった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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