13.桜並木とピアノの音色
さあ、声楽、バレエ、と来れば、次はピアノのコンクール。
アキとユリはピアノのコンクールに出るため、大忙しだという。
ピアノのコンクールは地元で完結するものなので、会場は雲雀川オペラシティ。
春の四月、学年が上がって最初のコンクールになるように、今年一年、どんな目標を立てるかを位置づけるために設立されたコンクールだそうだ。
学年が上がるということは、ユリは中学生部門での出場となる。流石に、緊張を隠せない表情で、練習をしているのだそう。
一方アキも、中学三年生になるということで、負けたくないらしく、こちらも一生懸命だ。
そうして、四月、僕たちはお互いに一つ上の学年に進級したのだった。
この春は本当に、通っている中学校の人数が増えた。
今まで、五組だったのが、七組まである。
マンションの建設ラッシュでどっと入居者が溢れ、この春は引っ越しラッシュだったらしい。
クラス替えの名簿を見れば、七クラス編成がされている。
僕は、三年二組。嬉しいことが一つ、残念なことが一つ。
嬉しいことは、ハルと、ヒロと一緒だ。
残念なことは、鍵山と取り巻きの何人かも、同じクラスになり。
「吉岡ちゃ~ん。またよろしくね~。」
そんな風にちょっかいかけてきたが。
「あれ。アタシには挨拶は無し?」
ヒロがギロッと、鍵山を睨みつけ、即座に退散していく鍵山達。
「なんで、アイツがまた一緒なんだよ。吉岡だけだったら良かったのに。」
ヒロのおかげで、鍵山達も大人しい。というか、新しい転校生たちもいるので、あまり悪さは出来なそう。
そして、岩島とアキが同じクラスで、隣の三組だった。
鍵山によって居場所が悪ければ、隣のクラスに行くこともできる。そう考えると安心だ。
さて、そんな中での週末。桜が満開の週末を迎える。
この週末は、土曜日がハルと桜並木の道でのデートの約束の日。
そして、翌日の日曜日がアキとユリのピアノのコンクールという予定だった。
そう。
この間のクリスマスデートの際。
<桜が咲きます。>
という言葉を連発した際、ハルが、是非行ってみたいと僕に話しかけてきた。
というわけで、ハルのマンションのある、川沿いの茶色い、レンガ造りのマンションの前で僕はハルがマンションから出てくるのを待っていた。
そして。
「お待たせ。」
ハルは白いワンピースで、綺麗なクリーム色のカーディガンを羽織って、マンションの玄関から出てきた。
「ふふふっ。良かった。凄く似合ってる。」
「ありがとう。」
僕はハルに向かって微笑む。
さあ。桜並木のデートの始まりだ。
この間のクリスマスの時と同じような道筋でハルと二人でお出かけをする。
先ずは、川沿いの並木道。
今回は実際に近くの橋を渡って、川の向こうの土手を歩いてみることに。
早速、橋を渡って、桜並木のトンネルへ向かうのだが。
この近くの橋は、確か木で出来た面白い橋だったな。その橋を渡って、緑地公園沿いの土手を入って。ユリの通う花園学園の方を通るという感じだな。帰りに城址公園の桜も見てという流れで、一緒に散歩することに。
早速、木造の橋に案内すると。
「うわぁ~。昔ながらでいいな。こんな場所があったんだ。」
「うん。今日は川を渡って、向こう側の桜を見に行こう。この橋は地物との人が結構抜け道で利用する。車は通れないので、自転車とかのね。」
僕はハルに説明する。
「へぇ~。大分古いのかな。」
ハルは聞いてくるが・
「いやいや、大分新しい。僕が知っている限り、台風で五回くらい流されては、立て直したりしている。だから今日みたいな晴れの日は問題無いけど、雨の日は一人も来ないんだ。」
「へぇ、そうなんだ、すごいね。」
ハルはニコニコ笑っている。
さて、橋を渡ると、すぐに北に向かい、南北に流れる雲雀川と並行して進む。
土手の道路側には緑地公園という運動施設が、そして、土手には桜のトンネルという構造だ。
僕たちは、桜並木のトンネルに入る。
「すごい。」
ハルが物凄く喜んでいる。
上を見上げて、桜並木を見るのもいいのだが。
「ちなみに下をご覧いただきますと・・・・。」
僕は下の方を指さす。
するとどうだろうか、一面に菜の花の黄色いじゅうたんで広がる川沿いの土手。
そう、土手の、川の方の側は一面に菜の花が咲いているのだ。
「うわぁ~。菜の花も凄い!!」
ハルは笑っている。
「喜んでいただけて何より。」
僕は笑って、ハルの手を繋ぎ、桜並木を進んでいく。
本当は、自転車で二人乗りしたいのだが。流石に四月のこの週末、道行く人達とかなり多くすれ違う。
少し危ないと思ったので、今回は徒歩で、外出することにした今日一日である。
僕たちは桜並木の道を北に向かって歩き、橋が見えてきたところで、その橋を渡り、市役所方面へ。
そうすれば、僕たちは、この辺の桜のスポットを一周することになる。
その途中、花園女子学園の場所も経由する。
「ここがユリの通う学校ね。地元では結構有名だよ。」
花園女子学園の桜並木も本当に綺麗だった。
「本当だ。すごく綺麗な学校。ユリちゃんは今頃頑張っているかなぁ。」
ハルはニコニコ笑いながら、明日のコンクールを控えるユリのことを覚える。
「そうだね。結構力を入れていると思うよ。」
僕はニコニコ笑う。僕も心配だったりする。僕たちのバレエのせいでユリの本来の練習の時間を奪ったりしていないだろうかと。
しかし、そんなことが一瞬頭をよぎったが、今気にしても仕方ないし、僕の隣には今、ハルがいる。
今はハルとこの町、桜の色に染まったこの町を散歩することにした。
花園女子学園から再び市役所の方へと戻って来た。
市役所の傍にある城址公園には既に多くの花見客がにぎわっており、小規模ながら、屋台もちらほら。
今日は気温が比較的高く、僕たちもかなり歩いたということもあり、かなり汗だくなため、屋台で、少し季節が早いが、かき氷を食べることに。
僕は青のシロップ、ハルは黄色のシロップのかき氷を頼む。
青のシロップは通称、ブルーハワイ、という。何故そのような名称になったか、僕は分らないが、本当に美味しく、かき氷はいつも、青のブルーハワイを頼んでいる。
「青いシロップは不思議ね。空と海の色みたい。」
ハルはニコニコ笑う。
「ちょっとだけ食べて良いかな。」
僕は頷き、ハルは僕のかき氷を少し食べる。
僕の方もハルのかき氷をもらう。
「黄色だと、レモンだよね。」
「そうだね。」
レモンの味はすっぱそうだが、かき氷のシロップはとても甘い。
レモンのほんのりした甘い味になった。
間接キス?かも知れないが、僕たちの仲はぐっと縮まっている。
城址公園の桜はものすごく綺麗で、既に散った花びらが、濠の水の上に落ちていく様は本当に綺麗だった。
最後に僕たちは、市役所の三十階の展望台に居た。
桜のピンクに染まった景色、遠くの山肌も同じように桜色に染まり、本当に綺麗な春が訪れたのだった。
そう、彼女の名前、春菜、のように・・・・。綺麗な、春、がやって来た。
そうして、土曜日の出来事がこうして過ぎ、マンションの玄関まで春菜を送って行った。
翌日の日曜日を迎えた。
再び、ハルをマンションの玄関まで迎えに行く。
しかし、僕の隣には岩島の姿も。
この展開は当然か。岩島はまだまだ、一目惚れしたアキに思いを告げずにいる。
しかし、それはそうとしても、二人の仲は良い方だった。
そうして、マンションの玄関から、ハルが出てくる。そして、ハルの隣には、アキと、妹の美里ちゃんの姿も。
「おはよう、ハル、アキ、そして、美里ちゃん。」
「お、おはようございます。アキさん。」
僕と岩島は元気よく、いや、岩島の方は大分緊張して挨拶をしたと言った方がいいだろう。
「うん。お兄ちゃんおはよう。」
美里ちゃんが元気よく挨拶をする。
「今日は、元気だね。」
僕は美里ちゃんにニコニコ笑いながら挨拶をする。
「うん。なんてったって、自慢のお姉ちゃんが見せられるから。」
美里ちゃんはエッヘンと胸を張っている。そう、姉以上に。
「こらこら美里。まあ、でも、美里がこうだから、私は頑張れるかな。」
アキは大きく深呼吸する。
「おはようございます。吉岡さん。岩島さん。」
アキはにこにこと笑っていた。
「応援に来てくれてありがとうございます。頑張りますね。」
アキは深呼吸してそう言った。
「そんなにかしこまらないで。僕たちの発表会だって来てくれたのだから。当然だよ。」
僕はアキにそういう。
「あの、アキさん、僕は大丈夫ですから、ピアノの音好きです。」
岩島は相変わらず、頬を赤く染めているが、そうなのだろう。
「ふふふっ。ありがとうございます。」
アキはニコニコと頭を下げる。だが、瞳の奥には何か秘めたものがあるようだ。
早速、僕たちは、駅まで移動して、そこからバスに乗り、会場となる【雲雀川オペラシティ】へと向かう。
会場は、大きな公園の中にあって、その公園も満開の桜並木が彩を添えている。
「すご~い。桜だぁ。」
一番はしゃいでいるのは美里ちゃんだ。
風で散っていく桜の花びらを追いかけていく。
「美里。転ばないように。危ないから。」
アキは一生懸命追って行く。
その姿を写真に収める岩島。そして、何枚か写真を撮った後、岩島は二人の姉妹を追いかけていった。
そうして、会場へたどり着くと、先に到着していた、原田姉妹、ヒロとユリと合流する。
「おはよう、ヨッシー。ここの桜はすごく綺麗なんだね。感動しちゃった。」
ヒロはニコニコ笑っている。
「おはようございます。ヨッシーお兄ちゃん。私も、アメリカに居たので、こういった、桜並木を見るのは初めてです。本当に綺麗です。」
ユリは、この光景に感動しているようだ。
「うん。すごく綺麗だね。喜んでくれて嬉しい。」
僕はニコニコ笑っている。
そういえば、このコンクールの名前も。『雲雀川、桜のピアノコンクール~この町の未来の音楽家たちのためのコンクール~』というタイトルの看板が記されていた。
早速受付を済ませる、アキとユリ。
少し深呼吸する二人。
「あの、すみません、皆さん。美里をお願いします。」
アキはニコニコ笑って、美里ちゃんを僕たちに預ける。
「はい。お任せください。」
僕はアキに頭を下げる。勿論、ハルも同じだ。
そうして、出演する二人と、僕たちは客席に向かおうとしたのだが。
「あ、あの、岩島さんは少しお話したいです。コンクールに出る二人で、写真撮らせていただけますか。」
アキは岩島を呼び止める。
写真、と聞いて、美里ちゃんも移りたそうにしていたが。
「ごめんね。美里。コンクールに出る人だけで最初に取らせて、全部終わって、一番最後に皆でとるから。」
アキは美里にそう言い聞かせて、美里ちゃんも納得したのか、僕たちと一緒に、客席の方へ向かった。
ロビーに残った、ユリと、アキと、岩島。
「ふうっ。」
アキは胸をなでおろす。
「やっと落ち着く時間ができましたね。」
岩島は、美里ちゃんと別れて、それを察したかのように、アキに同情する。
「はい。その分、ここから緊張してきました。美里がこういう場所に来るようになってからいつもです。本番の直前によく。」
アキも少し不安だった。
「大丈夫ですよ。僕が保証します。アキさんは素敵なお姉さんで、いつも美里ちゃんを想っていることも。」
岩島が大きく頷く。
「はい。ありがとうございます。」
アキは大きく頷き、ニコニコと笑った。
「私も、すごく緊張してきました。でも、皆さんの仲の良さを見てうらやましいです。」
それを見ていたユリ。
「ハハハッ、友里子ちゃんもああいう、いいお姉さんがいるね。」
「はいっ。でも、時々、うるさいというか。」
アキとユリはくすくす笑う。
そうして、緊張が解けてきたときに、岩島はシャッターを押した。
アキとユリは並んで、岩島のカメラに視線を向ける。
「ありがとうございます。岩島さん、少しですが、不安な時、一緒に居てくださって。」
アキは岩島にお礼を言う。
「そ、そんな、当然のことをしたまでです。」
岩島は頬を赤く染め揚げ、急いで、客席に向かって行った。
そうして、開園したピアノコンクール。
出演している演奏者は皆、思い思いの演奏を届けている。
そうした中で、先ずはユリの出番。
初めての中学生部門での挑戦。果たして、上手くいくか。
演奏の最初の音。
綺麗に、そして、鋭く入った。
「ヨシッ、行けるぞ。」
僕と一緒に客席にいるヒロ。思わずガッツポーズ。
僕でもわかる、いつも通りのユリの演奏だ。
ユリの一曲目は、ハイドンの『ピアノソナタ50番、第一楽章』である。
僕たちがバレエで披露した曲。今回は少しテンポを上げて、楽しそうに弾いている。
「すごい。ユリお姉ちゃん。」
美里ちゃんも大はしゃぎ。だが、ここはコンクールの場所なので、ものすごく静かな小声で、ニコニコ笑っているが、身振り手振りで楽しそうな感じが伝わってくる。
一曲目が終わりユリの二曲目は、ショパンの『マズルカOp33-2』だった。
これは、バレエの『レ・シルフィード』の中に含まれていて、冬のクリスマスコンサートの時に踊ったものだ。
大丈夫。大丈夫。ユリは落ち着いて入って行った。
ユリの初めての中学生部門での演奏はこうして終了した。
僕たちはユリに向かって大きく拍手を贈る。
続いて登場したのはアキ。
因みにだが、このコンクールに課題曲は無く、任意の自由曲を二曲選んで演奏するものだ。
アキは二曲ともショパン一択だった。
『エチュード、Op10-12、革命』、本当にインパクトのある曲を、アキは軽々と弾いていく。
これは恐れ入った。
「すごい。すごすぎる。」
息を飲む僕。それに頷くヒロ。勿論、ハルもアキの凄さに息を飲んでいた。
岩島は祈りながら固唾をのんで見守る。
『革命』を同じテンションで勢いキープしたまま弾ききるアキ。この時点で拍手を贈りたいが、二曲目がまだある。
二曲目は美里ちゃん向けの明るい曲。
『ワルツ、Op18、華麗なる大円舞曲』だ。
ターン、タタターン、という冒頭は、幼い美里ちゃんがすぐに口ずさめそうなメロディー。
「お姉ちゃん、すごい。」
美里ちゃんはノリノリで聞いている。
「うんうん。」
ハルは美里ちゃんを見てクスクス笑っている。
僕だって同じだ。
そうして、終始楽しいひと時の中、アキの演奏は終了し、美里ちゃん含め、僕たちは拍手を贈ったのだが。
「ブラボー。ブラボー。」
岩島は両手をあげて大きく拍手をしていた。
見るからに分かり易い岩島の態度を僕はニコニコと笑いながら見ていた。
僕たちは再びロビーに戻り、二人を拍手で出迎える。
「皆さん、美里を見てくれて、そして、聴いてくれて、ありがとうございます。」
アキが頭を下げる。そして、美里ちゃんがアキの元へ駆け寄る。
「お姉ちゃん、すごーい。」
美里ちゃんはニコニコ笑っていた。
「僕たちも、美里ちゃんと同じかな。」
僕は大きく頷き、岩島はさらに大きく頷く。
ユリもニコニコ笑って、頭を下げる。
「ユリもカッコよかったぞ。」
ヒロは親指を立てて、笑っていた。
こうして、僕たちは美里ちゃんもいるので、審査結果が出るまで、一度ホールの外へ出て、皆でお花見を楽しむ。
美里ちゃんは、終始桜の花びらお追いかけては走って、アキはそれを追うのに必死で。
そうした時間を繰り返して、夕刻、審査結果の時間となった。
二人は一位こそ取れなかった、それに続く、二位、三位にそれぞれ入賞して、賞状を受け取った。
僕たちはニコニコ笑いながら、拍手でそれを見届ける。
そうして、春の桜の時期は過ぎていき、さらには、中学三年の一学期も順調に過ぎていったのだった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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