12.毎報新聞バレエコンクール
パーンッ。パーンッ。
僕の通うバレエ教室の一部屋。僕はクラッカーを思いっきり鳴らす。
一緒に、母親の和子もクラッカーを思いっきり鳴らす。
そして。
「「友里子ちゃん、中学受験合格、おめでとうございます!!」」
僕と母親は一緒に拍手をした。
そう、レッスン室にユリが入ってきたら、そうしようと僕と母親で決めていた。
先日、姉の、ヒロから、ユリが中学受験に合格したことを報告された。
そして今日、受験合格後、初めて、このバレエ教室に訪れる、ユリに僕と母親はこうしてサプライズを用意したのだった。
これには、ユリと一緒にレッスン室に入ってきたヒロも驚いたが、素直に状況を察して、ユリに拍手を贈っている。
「あ、ありがとうございます。」
ユリは僕と母親に頭をペコっと下げたのだった。
ユリが受験し、合格したのは、【花園女子学園中等部】といって、この辺りでは有名な私立の中学校だった。
卒業後の進路も実に幅広い。
ユリは、帰国子女ということもあって、受験や面接で、かなり有利に進められていたという。
さて、そんな受験合格の直後ではあるが、ここからユリのピアノに合わせての練習を本格的にスタートする。
来月の【毎報新聞バレエコンクール】の関東大会の練習だ。
因みにだが、このコンクールは、僕は先の六月に雲雀川のバレエコンクールで優勝しているため、シード枠として、県予選を省略して、関東大会に出場できる。
そして、このコンクールの関東大会にはヒロも出場する。
県予選を省略できる、シード枠はもう一つあって、それは別のコンクールで、一定以上の成績を収めた者。その人に関しては書類選考で、県予選を通過できるというもの。
ヒロの場合、アメリカでのコンクールの入賞経験があるため、見事、書類選考通過で、関東大会に出場できたのだった。
【毎報新聞バレエコンクール】の課題曲は、ハイドンの『ピアノソナタ』から一つ選ぶ仕組みだ。
といっても、ハイドンのピアノソナタと名のつく曲はかなり多いので、事前にハイドンの『ピアノソナタ』の課題曲リストが配布され、そこから選ぶ。
僕とヒロが選んだものは。『ピアノソナタ50番、ニ長調』から『第一楽章』だった。
中学受験によるユリの負担を減らすため、課題曲は同じものを選んだ。
「よろしく。ユリ。本当にありがとう。」
「ううん。ヨッシーお兄ちゃんのために頑張るね。」
ユリはニコニコ笑っていた。
今回のコンクールは、ユリが僕とヒロのバレエのピアノのサポートをしてくれる。
課題曲のみのサポートだが、本当にありがたい。
因みにだが、自由曲は、『コッペリア』の『フランツのヴァリエーション』。
先日のクリスマスコンサートのメインステージで披露した。
故に、自由曲は既に完成していて、今日この日から、ユリのピアノで、課題曲の練習をすることになった。
因みに、ヒロは、同じ『コッペリア』の中から、『ワルツ』を自由曲として、選んだ。
そうして、僕とヒロ、一人ずつ交互に、ユリのピアノに合わせていく。
「うん、うん、良い感じね。友里子ちゃんもありがとうね。」
母親はニコニコ笑いながら微笑んでいた。
「はい。勉強とピアノしかしてませんので。むしろ、それが好きなので。」
ユリは照れるように笑いながら微笑む。
本当に申し訳なく思う僕。ユリが頑張っている分、僕も本当に頑張らないと。
こうして、練習を続けていくのだが、ユリのピアノのサポートは本当に完璧だった。これならば合わせやすいし、どこまでも行ける気がする。
そうして、数週間は【毎報新聞バレエコンクール】の課題曲漬けの日々を送った。
そして。
関東大会本番を迎えた。
このコンクールの関東大会は、先日の声楽のコンクールと同じ場所で開催。というわけにはいかず、隣県のホールで開催されることになった。
ハルとアキ、美里ちゃん、そして、岩島は、隣県にもかかわらず、雲雀川駅から電車に乗って、応援に駆けつけてくれていた。
「ありがとう。皆。来てくれて。」
僕は皆を見て、素直にお礼を言う。
「おう、また写真を撮りまくるぜ。」
「はい。ヒロと、吉岡君ならいけます。」
岩島とアキはニコニコ笑っている。さらに大はしゃぎしているのが美里ちゃんだ。
「おにーちゃん、クルクル回る~。」
美里ちゃんはニコニコしながら、バレエの真似をしている。
純粋に楽しんでくれているようで、なんだかほっこりする。
「あの、す、昴君。が、頑張ってね。」
ハルがニコニコ笑っていた。
「うん、もちろん。ハルがこの間、頑張ったから、僕も頑張る。」
僕はニコニコ笑っていた。
そして、一緒に居たヒロ、ユリも笑っている。
「ああっ、大丈夫さ。アタシも負けないぞ。ヨッシー。」
「ヨッシーお兄ちゃんと、お姉ちゃんのサポート、全力でします。」
ヒロとユリは大きく意気込む。
僕とヒロ、そしてユリの三人は、皆に見送られながら、控室へ行き、衣装に着替え、舞台袖でスタンバイする。
そして、毎報新聞バレエコンクールが開演となる。
プログラムの順番で、ヒロが僕より先に演技をする。
「それじゃあ、行ってくるね。ヨッシー。」
ヒロはニコニコ笑いながら、僕に親指を立てて見せる。
ユリも僕にペコっと会釈して、ステージのすぐ脇でスタンバイへ向かう。
モニター越しにステージの様子を確認する僕。
司会のアナウンスがあって、いよいよ、ヒロの番。
先ずは、課題曲。
ユリのピアノ伴奏で、ハイドンの『ピアノソナタ50番』を踊っていく。
ヒロの演技は終始安定しており、ユリのピアノも中学受験というプレッシャーから解放されたのか、軽やかに弾いてくれている。
本当にすごい。ヒロらしい演技で、パワフルに動いている。
ユリも全力で弾いているようで、二人の、姉妹の息がピッタリだった。
課題曲が終わり、続いて自由曲へ。
コッペリアの『ワルツ』はパワフルよりも、繊細さの比重の割合が高い。
自由曲で、繊細さ、しなやかさを見せていく狙いなのだが。
うん。見事にヒロ、原田裕子は、バレエの繊細な動きを豊かに表現している。
そして、ステージを目いっぱい使って、持ち前の勢いも忘れずに表現していく。
流石だった。
そのままの盛り上がりで、ヒロはそのテンションを維持したまま、彼女の演技は終わった。
今日いちばんの盛り上がりの拍手がヒロの演技の凄さを物語っていた。
舞台袖に引き上げるヒロ。
「やるじゃん。」
僕はニコニコ笑いながらヒロを出迎え、ハイタッチする。
「へへへっ、ありがとう。全部ぶつけた。」
ヒロは大きく親指を立てる。
さあ、次は僕の番。深く、深く、深呼吸をする。
「さて、お返しに、僕も全力で行かせてもらうよ。」
僕はヒロの方を向いて頷く。
「ああっ、そうでなくっちゃ。」
ヒロはうんうんと大きく頷く。
今度はヒロが見送る立場。
ヒロに見送られて、ステージの脇へ。そこでユリと合流する。
「ユリ。ありがとう。よろしく。」
「はい。よろしくお願いします。お姉ちゃん、すごかったですね。」
ユリは素直に感想を言う。
「ああ。そうだね。」
僕はユリに向かって頷く。
「おかげで、ヨッシーお兄ちゃんのバレエのピアノ伴奏も私は、気楽に出来そうです。」
ユリは大きく頷く。
「ああ。全力で僕も行けそう。」
僕はユリの背中をポンポンと叩く。
「はい。私もお姉ちゃんに負けませんから。」
ユリはそう言って大きく深呼吸する。
その深呼吸が終わったところで、司会のアナウンスが僕の名前を告げた。
さあ。行こうか。
ユリがピアノの前に座りスタンバイオッケーという感じになる。
先ずは。課題曲。『ピアノソナタ50番』。
ヒロの演技とは違い、こちらは繊細さを意識した振付だ。
自由曲の方に、大きく動く振付が待っているため、僕の方の振付ではそういう感じになった。
大丈夫。大丈夫。
振付で求められた動きを確実に決めていく僕。
一つもミスは無い。
ユリもピアノを全力で弾いてくれている。
繊細ではあるがユリの気持ちに応えつつ、僕の方も勢いを少し交えながら、バレエの演技をしている。
足先から指先まで、そして、頭の先の毛先まで、ピンッと集中している僕が居た。
そうして、全神経を集中させて、課題曲の演技をフィニッシュする僕。
そして、ユリの方を見る。
ユリは満足そうな顔で、ピアノの鍵盤から手を離した。
「ありがとう。ユリ。」
「うん。」
僕がこちらを見て頷くと、ユリは大きく頷き微笑んでくれた。
「ユリもここで見ててね。」
僕は大きく頷き、ユリに向かって再度大きく頷く。
僕は一気にすべての力、特に、勢い、パワフル、そう言ったものを全て解放した。
さあ。雄大に大きく動かす振付の、自由曲の始まりだ。
『コッペリア』の『フランツのヴァリエーション』。
僕は、腕を大きく動かし、思いっきりステージ上を飛びはね、舞台を大きく使って、雄大な曲のリズムを刻んでいく。
「すげ~。流石、吉岡。舞台が小さく見える。アイツの動きが大きく見えて。」
「はい。同じことを思いました。吉岡さんはすごいですね。」
客席に居る岩島とアキ。同じことを思っていたようだ。
「昴君すごい。なんだか気迫がこっちにも伝わってくる。」
ハルは僕の演技に視線がくぎ付けになっているようだ。
そして。
「すごい、クルクル回ってる~。」
美里ちゃんがニコニコ笑っている。
さあ、そのままの勢い、客席の盛り上がりをこちらに惹きつけて、僕の演技は終了した。
大きな、大きな拍手が鳴りわたる。
僕は腕を大きく広げて、客席に応え、舞台袖に引き上げていった。
舞台袖に引き上げると同時に伴奏をしてくれたユリと合流。
「ありがとう。ユリ。」
僕はユリの方を見るが、ユリはドキドキした視線で僕を見ている。
「すごかったです。こんな壮大な自由曲を踊れるなんて。」
ユリはドキドキした視線で、頷いていた。
「ありがとう。そう思ってくれて良かった。」
僕はユリの肩をポンポンと叩いて、控室へ向かう。
そのついでに、モニター越しに見ていたヒロとも合流して。
「やるじゃん。流石ヨッシー。」
ヒロは大きく頷き、笑っていた。
そうして、僕たちはお互いの控室。つまり、男女、それぞれ別れた更衣室へ向かい、衣装を着替え、普段着に戻り、審査結果を待つことに。
待っている途中に、ロビーの方へ向かい、僕とヒロとユリは、今日応援に来てくれたメンバーの元へ。
みんな全員、拍手で迎えてくれた。
「すごい。凄かったです。吉岡さん。ヒロさん。」
アキがニコニコ笑っている。
「おう、お前はやっぱりすげえよ。」
岩島がアキに続いて、僕に握手を求める。
「おう、ありがとう。岩島。」
その握手に応える僕。そして、岩島に促されハルの元へ。
ハルは、ときめいた瞳でこちらを見ていた。
「す、昴君、すごかったね。その、あんなふうに、大きく、動けて。」
「あっ、ありがとう。でも、ハルも迫力のある歌声が出来て本当にすごいよ。」
僕は照れながら言う。
「ううん。昴君の方がもっとすごい。」
ハルはそう言いながら、抱きしめてくれる。
「ありがとう、ハル。」
僕はそう言って、お互いの両手をお互いの背中に回す。
一瞬の沈黙。でも、それが本当に好きだったりする。
「いいなぁ、お前は。」
岩島が羨ましそうに見ている。
「ま、まあね。」
僕はハルの身体から手を放す。
すると美里ちゃんがぴょんぴょんと駆け寄ってきて。
「お兄ちゃん、すご~い。クルクル回ってた、いっぱ、クルクル回る~。」
美里ちゃんは楽しそうに飛びついてくる。
「私もハルお姉ちゃんみたいに、抱っこされた~い。」
無邪気にそう美里ちゃんが駆け寄ってきたので、頷いて、美里ちゃんを抱きかかえる。
「うわ~、すご~い。」
美里ちゃんはかなり喜んでくれたようだった。
そして、一緒に居たヒロも勿論、皆から笑顔で迎えられ、笑顔で良かったということを射てもらえたようだ。
さあ、審査結果を待つこと数時間。
さすがにこの時間は五歳の美里ちゃんにとっては退屈だったようなので、僕たちで目の前の公園を散策した。
噴水もある公園広場に美里ちゃんはとても喜んでくれたようだった。
そうして、審査結果が発表される。
結果は、なんと、僕とヒロのワンツーフィニッシュ。
これには、全員拍手喝采となり、大きく喜んでくれた。
「ヨッシャ―。」
「ああっ。やったね。」
僕はヒロとハイタッチし。そして、伴奏をしてくれたユリにお礼を言って賞状を受け取った。
そうして、関東大会は無事に終了し、僕とヒロは二週間後に行われる、全国大会にも出場し、見事入賞を果たすことになる。
この成績が後に、僕にとっても、ヒロにとても、大きな影響を与えることになるのはまだ知る由もなかったが、先ずはこの結果を喜ぶ僕とヒロの姿があった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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