11.声楽のコンクール
「あけおめ。ヨッシー。」
年が明けて、最初の登校日。
ヒロから声をかけられる。
「あ、あけおめ。」
僕はヒロの挨拶に応える。
因みに、あけおめ、という略が出てきたのが、この時くらいから。テレビで芸能人がよく使うようになって、そこから広まったらしい。
因みにだが、クリスマスコンサートがあったので、年末年始の冬休み期間はバレエのレッスンはお休みだったため、今日、年明け初めて、ヒロと出会った。
クリスマスのハルこと、茂木春菜とのデート。
当然だが、僕たちは、携帯電話を持っていないため、メールは勿論、電話も気楽にできないから、今よりは噂が広まるのは少し遅め、だったのだが。
「で、どうだった?」
ヒロに聞かれる僕。
「どうだったって、年末年始?楽しかったよ。」
「ふ~ん。お正月はね。アタシが聞いているのはクリスマスのことだよ。茂木先生のコンサート。楽しかった?」
ヒロが僕に耳打ちしてくる。
その言葉に、ドキッとする、僕。
「ああ、楽しかったよ。最高だった。」
「ふ~ん。誰と行ったの?」
ヒロはニヤニヤ笑いながら聞いてくる。
「えっと、は、ハルと行った。茂木先生から誘われて。ハルと一緒にどうかって。」
「へぇ、その後は?」
「ご、ご飯を食べて。」
「へぇ、そうなんだ、おめでとう、ヨッシー。」
ヒロはニコニコしながら言う。
なぜだ、皆に内緒で、二人きりだったのに。噂が広まるのは少し遅いし、むしろ広まらないはずだったのに。
「な、なんで、知ってるの?」
「だって、ヨッシーとハル、分かり易すぎ、ハルと話すときはお互い緊張していたし、態度が違ってたし。それに。」
「それに?」
「アタシだって、そして、アキや岩島だって、茂木先生からチケットを渡されて、管弦楽団のコンサート行ったからね。ハルと一緒に居たのを見てました。そして、バスに乗って、駅で降りて、市役所に行くのも見てました。」
ヒロはニヤニヤ笑いながら言った。
なるほど、そうだ。確かにヒロも茂木先生に気に入られていた。そうなると、チケットを渡されるのは必然なことだろう。
それに、アキや岩島の分も、茂木先生に言えばチケットをもらえただろう。
「ご、ごめん。参った。そう言うことね。誰にも、言わないでくれると助かる。」
「そういうこと、誰にも言わなさ。むしろ、誰にも言えないさ。まあ、でも、アタシは、これからもヨッシーとハルの友達で居させてくれるよね?」
「も、もちろんだよ。」
僕はヒロの言葉に大きく頷く。
「そっか。良かった。」
「ああ、そうだ。ハルの声楽のコンクールみんなで行かない?ハルに言えば、チケットとかもらえるかも。」
「本当に、やったー。」
ヒロはニコニコしながら、ガッツポーズ。
「じゃあ、日時と場所はまた言うから。」
「オッケー。」
ヒロはニコニコしながら、席に着く。何だろうか。そのニコニコは作り笑いのようにも半分思えたのだが・・・・。
「はあっ。」
とヒロはため息。
―本当は、アタシだって、ヨッシーは良い人だと思っていたのにな。まあ、ハルには態度が違っていたからわかってたけど。ヨッシーが幸せになってくれるなら、それでいいよね。私もアメリカに居る時から、恋の話は好きだけど・・・・・。―
ヒロは心の中で呟く。
そして、大きく頷いて、今日の授業に臨むのだった。
そうして、一月のとある週末を迎え、声楽コンクールは開催される。
声楽のコンクールはいきなり関東コンクールから始まり、全国コンクールということらしい。
年ごとに、開催する県は持ち回りで交代され、今年の関東大会は、雲雀川のあるこの県が開催らしい。
会場は、勿論、【雲雀川オペラシティ】。
集合場所である、僕のバレエ教室の前には、ヒロとアキ、アキの妹の美里ちゃん。そして、岩島のが集まった。
「おはよう、ヨッシーお兄ちゃん。ハルお姉ちゃんの歌が聞けるの楽しみ~。」
美里ちゃんが元気よく挨拶をする。
「美里ちゃん、おはよう。そうだね。僕も楽しみ。今日は発表会だから、静かに聞こうね。」
「は~い。」
美里ちゃんはものすごく元気に返事をする。
因みにだが、ヒロの妹である、ユリ、友里子ちゃんは今日は来ていない。
一月ということで、ユリは中学受験の当日ということだ。
先日の学校でのひと時。
「うわぁ~。いよいよだね。頑張れるように祈ってるよ。」
僕はヒロにニコニコ笑いながら言う。
「ありがとう。また、バレエの時にあったら、ユリに言ってあげて。」
僕たちは携帯を持っていおらず、メールもできないこの時代。こうして、口頭で伝えるのが主流だ。
ということで、今日はユリを除いた、僕と、ヒロ、アキ、そして、岩島と美里ちゃんのメンバーでハルの応援に行くことに。
バレエ教室から、駅まで徒歩で向かい、バスに乗り、【雲雀川オペラシティ】へ。
ハルは既に叔父とともに、ホールの中に居て、最後の確認練習をしているのだそう。
そうして、僕たちも会場に着いたのだが。
「うわぁ~。ひろ~い。」
美里ちゃんは一気に走りだす。
この会場は、【雲雀川の森公園】という、緑豊かな広い施設の中にあり、文字通り、公園という機能も備えていた。
広い公園の中を走り回る美里ちゃん。
五才児となるとそうなるよね。
「こら~美里、ハルお姉ちゃんの歌聞きたくないの?」
美里ちゃんの姉、アキがニコニコ笑いながら、美里ちゃんを呼ぶ。
「あ~っ、そうだったぁ。」
美里ちゃんはアキに呼び止められ、こちらに戻って来た。
美里ちゃんが戻って来たところを確認し、僕たちはホールの中に入っていく。
ホールのロビーで、よく知った顔の出迎えを受ける。
「やあ、皆、来てくれてありがとう。」
叔父である、茂木博一先生が僕たちを出迎えてくれる。
茂木先生は、指揮者として活躍されている。
「こんにちは。ご招待していただき、ありがとうございます。」
僕はそう言って、茂木先生に頭を下げる。
「いいよ。春菜も喜んでいるし、春菜も皆に来て欲しかったから、特に吉岡君、君にね。」
茂木先生は皆の顔を見回す。
「原田君の妹さんは今日は中学受験の日ということで、今頃頑張っているかな。僕も祈っているからね。」
茂木先生はヒロを見て優しく微笑む。
「はい。ありがとうございます。」
ヒロは頭を下げる。
「あの、先日のクリスマスコンサートはありがとうございました。すごく良かったです。」
「ああ、本当、ありがとう。僕も頑張っちゃった。」
僕は茂木先生に先日のクリスマスコンサートのお礼を言った。
茂木先生は恥ずかしそうに、にやにやと笑っている。
そんな会話をして。
「春菜は既に舞台袖でスタンバイしているよ。さあ、僕たちも行こう。僕の見た感じ、春菜の出来は上々だよ。」
茂木先生はニコニコ笑いながら、僕たちを客席に案内する。
さあ、いよいよ、声楽コンクールの関東大会が始まった。
順番に最初の人から歌い始める。
課題曲、ベートーヴェンの『Ich liebe dich~君を愛す~』と、それぞれが選んだ自由曲を歌い上げていく。
本当に、皆良い感じだ。
そうして、ここまで四人の演奏者が終了し、五人目。ハルの出番がやって来た。
「エントリーナンバー五番、茂木春菜さんの演奏です。」
「うぁ~ハルお姉ちゃんだぁ。」
美里ちゃんが嬉しそうに拍手をする。
僕たちも拍手でハルを迎える。
名前にもあるように、春色のピンク色のドレスでステージに入場するハル。
最初の音が鳴り、課題曲『Ich liebe dich~君を愛す~』を歌う。
その瞬間に、おおっ。となる僕たち。
明らかに今までの演奏者と違う、綺麗な歌声。
そう、ハルの天使の歌声が会場全体に響き渡る。
これはすごい。
「ハルお姉ちゃん、天使みたーい。」
美里ちゃんは静かな声で、僕たちに言う。
「そうね。でも、静かにね。」
アキが美里ちゃんをなだめる。
綺麗な歌声と綺麗なピアノ伴奏とともに、課題曲が終了する。
そして、自由曲。
ハルが選んだ自由曲は。
プッチーニの『つばめ』から『ドレッタの夢』。
情熱的な気持ちのこもった、メロディーをハルは、さらに高揚感で歌い上げていく。
これには僕もものすごく驚く。
「すごい。」
思わず、静かに声をあげる僕。
「驚いただろう。まあ、『Ich liebe dich』も、自由曲『ドレッタの夢』も恋の歌だから。『Ich liebe dich』は『愛している』という訳だ。英語だと『I love you』だな。最近になって、一気に春菜のレベルが上がったよ。気持ちがより入っているというか、強弱の取り方とかさ。何でだろうな。」
隣に居た茂木先生は静かにニコニコ笑って、僕に言う。
「ま、まあ。お、女の子なら、恋の話は・・・。」
「僕も察したさ、君に感謝している。僕もプロだ。春菜の歌い方が変化したとき、そうかなと思ったよ。」
茂木先生はニコニコ笑っていた。
そうして情熱的に歌い上げた、ハルの歌唱は終了し、今日いちばんの大きな拍手を贈った。
僕たちはロビーに出て、ハルを出迎える。
ドレスから着替えを終えたハルは、大きく手を振って、こちらに向かってくる。
「来てくれてありがとう。昴君。」
「こちらこそ、そして本当に、すごかったよ。ハル!!」
僕はニコニコしながら、ハルを抱きしめる。
「ありがとう。」
ハルは顔を赤くしながら、笑っていた。
「いいなぁ。吉岡、ねえ、アキさん。」
岩島はアキの方を向いて頷く。
「そうですね。ハルの歌も最高だったし、これくらいは良いわよね。それに。」
アキは妹の美里ちゃんの方を見る。
美里ちゃんはさらにときめいた顔で、ハルを見ていた。
「ハルお姉ちゃん、すごい。」
美里ちゃんはニコニコ笑っている。
「ふふふっ、ありがとう。美里ちゃん。」
ハルはそう言って、美里ちゃんにもお礼を言った。
「いいなぁ。ヨッシー。ハルも最高だったよ。」
ヒロは大きく、うんうんと頷き、僕たちのやり取りを見ていた。
「ありがとう、ヒロちゃん。」
ハルはヒロにもお礼を言ったが、少し真面目な表情になるハル。
「ううん。大丈夫。平気。平気。友達の応援は行かないとね。」
ヒロは大きく頷いた。
そうして迎えた結果発表。
ハルは見事優勝を果たす。
「おめでとう。ハル。」
「ありがとう。」
ハルはニコニコ笑いながら、賞状を受け取った。
僕たちは心から賛辞を贈った。
「みんな、今日は来てくれて、ありがとう。」
ハルは改めて、僕たちにお礼を言った。
「うん。こちらこそ、とても良かったし、優勝おめでとう!!」
僕は笑顔で言った。そして。
「次は僕の番かな、来月にある、『毎報新聞のバレエコンクール』、頑張るね。」
僕はハルにそう言うと。
「ありがとう。絶対見に行くね。昴君、ヒロちゃん。」
ハルはニコニコ笑う。
因みに、ヒロも『毎報新聞のバレエコンクール』に出場するのだった。
ヒロも、負けてられないだろう。大きく頷いている。
「ああ。最高の演技をしてみせるよ。期待しててね。ハル。」
ヒロはハルに負けないように、心からの意気込みを誓ったのだった。
来週行われた全国コンクールもハルは、金賞、銀賞、銅賞のいずれかの賞はもらえなかったが、優秀賞として、入賞を果たす。
その時も、僕たちは見に行ったし、心からハルにおめでとうと言って、お祝いしたのだった。
今回もご覧いただき、ありがとうございました。
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