山野中体育祭!~吐息を漏らす少女・前編~
『競技プログラム●番、2年男子による「棒倒し」が始まります。皆様拍手でお迎えください!』
生徒によるぎこちないアナウンスが競技場に流れた。
入場門から上半身裸の青い短パン姿に、チーム色の鉢巻を頭に巻いてある2年男子が入場してくる。生徒の待機所、特に各色の2年生のエリアにいる女子からの黄色い声援があがった。トラックの周囲を張り巡らしているロープの前を陣取り、飛び越すほどの勢いだ。
私は少し離れたところでポツンと座り、血気盛んな淑女の皆さんから視線を外して空を見上げた。そこには雲一つない真っ青な空が広がっていて、その空を彩るように頭上を交差し旗めいている万国旗。無意識に国旗と国名を照らし合わせる、荒井美千子。
(……あの赤地に星のマークって、どこだったっけ? 中国は確か星のマークが左端だった筈。じゃぁ、ど真ん中にデカい星が一つあるコレはどこの国?)
そんな疑問が私の脳内を横切った。それが「ベトナム」の国旗と後になってわかるのだが、たくさんある国旗の中でもひときわその星が頭の中に映し出される。そういえば国旗に描かれているマークって、星が入っているものが多いなと思ったところで、その星がつく男の子が頭の中に思い浮かんだ。
(新学期始まってから全然喋ってないんだよね……)
隣の席の佐藤君の前に座っている星野君。時々プリントを回すときや、佐藤君やその後ろの猿と話すときは後ろを向くけど、私の方は一切見ない。……私の方が避けていたというのもあるから、そのせいもあるのだけど。
『普通にしてろ、わかったな?!』
あの日の放課後、金髪強面は他人事のようにそう言ったが。
(……どう普通にしろっていうのよ。ひと月も無視しちゃったあとじゃ、どうにもならないじゃん。祭りの時に迷惑掛けちゃったお詫びもなんとなく言いそびれちゃったけど、今更だもんね。佐藤君に続いて、こんな私に優しくしてくれる男子なんて貴重だから、本当は仲良くしたいかな~なんて下心がないわけではないんだけど……。でも、でも、彼が優しかったのは……)
そこまで考えて私は勢いよく首を振った。
(やだ、私ったら何考えてるんだろ。最近ホント、なんかダメダメなんだよなぁ。……それより、もう関わらないと決めたんだから、このままそっとした方がお互いの為なんだよね。雄臣だって、そう言ってたし)
何かがこみ上げてくる気持ちを抑えるように、再び空を見上げた。今度は星が入ってない旗を意識的に見ていれば……。
「ちょっと、ミっちゃん! なんでボケッと空なんか見てるの? 前行って応援しないの?」
「大丈夫、美千子? ちゃんと朝食べてきたでしょうね?」
私の両隣にドスンと誰かが座った。私は驚いて2人の顔を見ると、そこには心配そうに見ている同じ赤の鉢巻をした和子ちゃんと貴子がいた。
「ヒっ!」
貴子の顔を見た途端、いきなり強面全開の「桂 龍太郎」の顔が重なり、ブルルと身体が震えた。
「ああああれは偶然です! 狙ったわけではありませんっ!」
「「はぁっ?」」
「…………あ。いや、その……アハハハ! あ、応援ねっ? だだだ大丈夫! 赤組優勝間違いなしっ! おっとぉ、競技は3年男子だっけ? ほら、貴子、チームは違うけど、日下部先輩応援するんだよね?」
私は慌てて誤魔化すように手をかざしながらトラックの方を眺めたが、青い短パンの集団が目に入ったとき、「あ、ヤベ、そういえば2年の競技だった」と心の中で呟いた。
赤チームである「1・2・3組」と緑チームである「6・7・8組」が決戦が始まっていた。ちょうど緑が支えている棒の上の方に、赤の鉢巻をしている攻撃隊の男子生徒が飛びかかっているのが見える。その素早い猿のような動きをした赤組の切り込み隊長が、遠目でもわかってしまう私っていったい……。よっぽどあの男が憎いのか。
「……猿が木登り……ややや! ほ、ほら! すごいよ、赤組! もう緑組の棒倒れている! こりゃ幸先いいねっ。アハッ、アハハハハ!」
再びごまかし笑いをする私に、両隣に座った二人は「大丈夫か?」というような不安そうな顔から、棒倒しの競技の方向へ意識を向けた。そこでパンパンとピストルが競技終了の合図を響かせ、赤組勝利のアナウンスが流れると、勢いよく立った和子ちゃんも前方にいる女子の皆様もワァっと歓声を上げた。
「やったぁ! さっすが、猿! こういう時だけしか大活躍できないもんね、1組の類人猿は!」
和子ちゃんが大声で言った後に「カカカ!」と笑うと、前方で黄色い声援を送っていた一部の女子がこちらを振り返り、ジロリと睨んだ。顔を合わせてヒソヒソと囁き合っている。どうやら和子ちゃんの言った言葉がカンに触ったようだ。
私は睨んだ天敵2名とその仲間たちから目を逸らし、「マズイよ、和子ちゃん」と体操着の裾を引っ張ると、貴子も和子ちゃんに続くようにクスクス笑った。
「ま、そうよねぇ。これが体育祭じゃなくて模試のテストだったら、間違いなく尾島は活躍できないわねぇ。運動神経に全部栄養取られて、脳ミソまで回ってないみたいだし?」
「やっだぁ、貴子ったら! 当たってるだけに否定できないのが残念だわ~」
「「アハハハハ~」」
「…………」
澄み切った青空に向かって高らか、いや、朗らかな笑いをする友人たちに私は何も知らないふりを決めることにした。それでも周囲にいる赤組2年女子の皆様は、下を向きながら笑いを堪えている。やはりみんなも同じことを思っているのか、それとも体育祭という行事に心が緩み解放されているのか。
そうこうしているうちに、「4・5組」の黄色組と「9・10組」の青組の対戦が始まった。攻撃隊は両組とも奇声を発しながら対戦相手の棒に突進し、「我こそが真っ先に飛びついたるで!」の勢いだ。そんな血気盛んな男子生徒たちの群れから離れたところに、青い孤高の狼がいた。よく見ると、黄色の頭に青い鉢巻をした大柄の強面男がヤンキー座りをしながら一人佇んでいる。手を叩いて、いかにもかったるそうに応援する桂龍太郎。競技に参加するのが面倒だからって自分だけ楽するなんて、なんて不良で図々しくて高飛車で破廉恥でっ……いや、そんなことはどうでもいい。元々あんな二股男にヤル気を求める方が間違っているのだ。
以外にもそんな桂龍太郎の応援が効いたのか、勝負の結果は青組の勝利。優勝決定戦は、赤の鷹と青い狼との一騎打ちとなった。