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振り向けば、君がいた。  作者: 菩提樹
中学2年生編
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捻挫がもたらしたもの⑤

「ゲッ、そんなこと言うなよ、伏見! ……あ~やっぱさぁ、最初に決まった通り、星野と荒井がよかったんじゃないか? いや、尾島と原口が悪いってわけじゃねぇよ? でも相方が原口じゃ尾島の独壇場だろ? なんか滅茶苦茶になんねぇかなぁ。それにさぁ……最近の尾島、こうピリピリしてるっつーか、機嫌悪いっつーか、落ち着かないってゆーか、ちょっと変なんだよ。サッカーの練習のときもそうだけど、バスケんときもすげぇ殺気立ってるらしいぜ? 夏休みの終わりの方なんか、尾島の立てた練習メニューで男バス全員ヘバッてゲロ吐きだってよ。違う意味で部員潰しっつーか、アイツの体力いったいどうなってるんだ?」


 佐藤君は腕を組みながら頭の上にはてなマークを浮かべたが、ブキミちゃんは「それがどうした」と鼻で嗤った。


「そんなことどうでもいいではありませんか、佐藤君。それに尾島君が変なのは昔からで、今に始まったことではありません。いいじゃないの、仕事さえキッチリとやってもらえば、それで結構なのでは?」

「けどさ、伏見。そうは言ってもよ」


 ブキミちゃんの言葉に佐藤君は顔を曇らせ、私に向かって不安そうに目配せしたが、私は苦笑いを無理矢理張り付けることしかできなかった。


「佐藤君もこの際彼らに押し付け……いえ、任せてみたらどうです? 通年の体育委員が後藤君と成田さんだから、彼らを焚き付けたら仲良く4人でうまくやってくれるのではないですか? 私はそれでも一向に構いません。第一体育祭など興味ないですもの。それにワタクシ、生徒会の方の仕事が忙しくて、それどころではないの。だから佐藤君、頼むわね?」

「おいおい、無責任なこと言うなよ! ……まぁ、確かに俺1人頑張っても、どうせ尾島の独壇場だろうけどさ。……って、ところでサポート委員じゃなければ、荒井と伏見、こんなとこで何してるわけ?」


 佐藤君が目をパチクリしながら聞いてきた素朴な疑問に、私はなんて答えようか逡巡していたら、ブキミちゃんが「よくぞ聞いてくれました!」というよう顔を輝かせズズイと前に出てきた。


「あら、佐藤君、いい質問ね! フフフ……荒井さんはね? 今日付けで『英語英文タイプ部』に入部しましたの! 今部員の初顔合わせと活動が終わって教室に戻るところでしたのよ?」


 ブキミちゃんのさらに弾んだ声に、佐藤君は今度こそ「えぇ?」と驚いた。


「はぁっ? 荒井ってバレー部やめて、『英語英文タイプ部』に入部したの? マジでっ?」


 佐藤君の信じられないというような口調に、私は慌てて「ちちち違う! 違うって!」と訂正した。その後、簡単にマネージャーの件と『英語英文タイプ部』に入部した経緯を説明すると、佐藤君はへぇとボールの上に足を乗せて転がしながらナルホドと頷いた。


「……そっかぁ。荒井、女バレのマネージャーと掛け持ちでやるのかぁ。『英語英文タイプ部』に入部するなんていうから、やっぱあの『東先輩』っていう人とデキてるのかと思ったぜ」

「「違いますっ!」」


 私とブキミちゃんは同時に否定したので、佐藤君は「な、なんだよ、仲良くハモッてんな~」と朗らかに笑った。


「まぁ、そりゃそうだよな。先輩が引退してから入部するんだから、そりゃないか。それにしてもさ……オレからしたら考えられないぜ、授業以外で放課後も勉強するなんてよ。しかもオレ、英語まったくダメだからさぁ、ハッキリ言って拷問だな」

「あら、そんなことありませんわよ? 勉強も慣れですわ。この際いい機会だから、佐藤君も荒井さんのように掛け持ちでどうです? いつでも入部歓迎よ」


 ブキミちゃんの思ってもみない勧誘に、佐藤君は目を見開き首を振って「うわ、冗談じゃねぇよ! そんなのぜってぇ無理!」と言いながら後ずさりした。その焦っている姿がなんだかおかしくて、私は数日ぶりに引きつった愛想笑いではない笑い声をあげた。佐藤君はそんな私に顔を向け、自身も切れ長の目を細めて笑った。


「……なんだ。荒井、元気じゃん」

「え?」


 私は佐藤君の唐突な言葉に目が点になった。意味が分からず佐藤君の顔をジッと見詰めれば、佐藤君は目元というかこめかみを掻きながら、「あ、いや……ちょっと、な」と言葉を濁して私の顔から一旦視線を逸らし、困ったような照れたような何とも言えない微笑みを浮かべた。言おうか言うまいかとソワソワした後こちらを窺うようにそっと顔を向けた。


「いや、あのさ……荒井、なんか最近フラフラしてねぇか? ちゃんと食ってる? 一日中ボーっとしてること多いし、夏休み明けたらなんか痩せてるっていうよりゲッソリして、ふわーっとしてたから正直びっくりしたんだよな。俺の勘違いかなと思ったけど、他の奴らも言ってたから、やっぱ気のせいじゃないんだと思ってさ。それにその足、捻挫だっけ? 大丈夫なのか?」


 私は佐藤君の言葉に唖然としたまま彼を見つめていたが、捻挫した足のことを聞かれていると半テンポ遅れて理解した後、慌てて頷いた。


「そっか。でも、捻挫は油断せずきっちり直しておいたほうがいいぜ? 結構厄介なんだよ、寒くなるとシクシク痛むことがあるし。俺も昔やったところ、今でも冬の時期になるとなんとなく痛くてさ。雪降ったりすると特にな」

「…………そう、なの?」

「そうそう甘く見ない方がいい……って、ヤベ! 呑気にしゃべってる場合じゃなかった! じゃぁオレ行くわ、気を付けて帰れよ!」


 佐藤クンは自分が長話をしていることに気付いたのか早口で捲し立て、慌ててサッカー部員の方へ走って行ってしまった。

 私はお礼も言えずに黙ったまま佐藤君の後ろ姿を見送っていると、隣のブキミちゃんが「……ほんと、佐藤君っておやさしいですわね」と呟いた。私は黙って頷きながら、心の中に優しい爽やかな風のようなものが静かに吹き込まれるのを感じた。目の奥と頬が徐々に熱くなっていくのがわかる。

(佐藤君、心配してくれたんだ……)

 思ってもみなかった佐藤君の心遣いは、奥底で淀んでいる心と疼く左足の痛みを和らげた気がした。


「彼が女生徒に人気があるのも頷けるわね。1年の時からクラス内でもすごかったのよ? 荒井さん、ご存じでした?」


 ブキミちゃんは、私の火照っている顔を見てクスリと笑いながら意味深な目配せをした。私は小さい声で「小学校の時もすごい人気だったよ……」と俯きながら彼女の言葉を肯定した。


「そうでしたか、小学生の時からですか。……それにしても、荒井さんが羨ましいわ。佐藤君みたいなまともな同級生と一緒に小学校時代を過ごすことができたなんて。例え成績があまりパッとしなくとも、あの素晴らしい性格ですべて許せますわね。むしろ完璧じゃないところが母性本能をくすぐるというところでしょう。……それに比べて、大野小出身の生徒はロクな人物がいなくて。本当、情けないったら」


 ブキミちゃんは低いハスキーボイスで吐き捨てるように言い、サッカー部の練習から目を逸らして歩き始めた。私は彼女の言葉に対して何も答えず、天使の輪が素晴らしいおかっぱ頭を眺めながら、彼女の後に続いた。


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