捻挫がもたらしたもの③
和子ちゃんや幸子女史の話によると、和子ちゃんと加瀬さんはVIP用テントから脱出した後、チィちゃん達を交えた尾島軍団と夜店で遭遇し、小関明日香に誘われて結局合流することになったそうだ。テントに残してきた私には悪いと思ったらしいが、後で迎えにこようと思って尾島達の後にそのままついていくことになった。
大人数で神社の裏山を登り、例の花火スポットに着くとそこには――なにやら雰囲気が悪い先客がいた。伴丈一郎達である。
噂だけで実物を見たことない和子ちゃんやチィちゃん達が「誰だろ?」とお互い顔を見合わせていると、原口美恵や奥住さんが小声で「……伴丈一朗……」と呟いた。その途端大野小以外の生徒達に驚きという名の衝撃が走った。それも当然だろう。前にも話したように、伴丈一朗はこの辺りで大変有名な人物だったからだ。それがどうしたことか。小関明日香はそんなワルを目の前にしても怯む様子を見せるどころか、物騒な連中に気軽に声を掛けたらしい。
『あれぇ? 丈一朗じゃん! こんなところで何やってんの?』
河田中のスケコマシこと伴丈一朗相手に堂々と下の名前で呼ぶ小関明日香に、女子一同がギョッとなった。大丈夫なのかとゴクンと息を飲み、少し緊張した面持ちで二人を見守っていると、伴丈一朗は尾島や小関明日香を一瞬目を細めて一瞥した。が、すぐにヘラヘラした笑いを口元に浮かべた。
『……おやおや。山野中の小関明日香サンじゃぁねぇですかぁ。なに? みなさん団体で花火鑑賞なの? 金魚のフンみたいにゾロゾロゾロゾロ……ご苦労なことですなぁ』
『な~に言ってんだか。男3人で寂しく花火観賞だからって僻まないでよぉ』
『バカ言え、んな訳ねぇだろ。……あぁ、なるほど! 明日香チャンにはオイラ達がやっているこの神聖な儀式がなんだかわかんねぇんですね?』
『あのね、わかるわけないでしょ』
『あらま。しょうがねぇなぁ、いいか、聞いて驚くなよ? オイラ達はね、宇宙人とコンタクトをとるという偉大な事業をこの裏山から仕掛けていたわけですよ! 手始めにあの美しい月に住んでいるという、かぐや姫をヤっつけようかとかと思いましてね? こうして祈ってるわけナンですよ、ハイ』
『アホらし。いっそのこと宇宙人に洗脳されて人生やり直せばぁ』
『アッハッハ! かぐや姫のように貢物をくれるオトコがいないからってオイラに当たるなよぉ。ま、宇宙人との交信はオメェをからかった冗談だわな。仕方ねェ、どうしても知りたそうだから教えてやるか! 実をいうとオイラはね……この祭りで運命の女神と会えますようにって満天の星空に祈っていた訳よぉ! なんでも女子学生のバイブルである「マイバースディ」という占い雑誌によれば? オイラはこの夏に運命的な出会いがあるというありがたい掲示が出てるらしいんだなぁ。どっかで見なかった? オイラのボインな女神ちゃん!』
『アンタほんとムカつくよね。知るわけないでしょ、そんなこと!』
『あらま、冷たい。ま、明日香チャンだけは絶対ありえねぇな。だって……いやホント相変わらず悲しいくらい貧乳ですなぁ』
『だっ、誰が貧乳よっ! 見たことないくせに失礼な奴ね!』
『あのですね? 君だけには言われたくないのよね? 失礼なのはお互い様でしょーが。オイラの神聖な願いと祈りを鼻で笑いやがって、よくもまぁそこまで言えたもんだ! まったく。それよりもその貧乳さぁ、いい加減なんとかしたほうがいいんでないの? 誰も揉む奴がいなけりゃ、是非幼馴染共に揉んでもらって今から大きくしてもらいなさいよ! 無駄に数だけは多いんだから。な、啓介チャン! あぁ、けど揉んでもらったからって大きくなるとは限らねぇけどなっ!』
ギャッハッハ~と笑う伴丈一朗に小関明日香は「うっさいのよ、髪形も頭もおかしな奴に言われたかないわ!」と怒鳴り返し、その身内である尾島に「ちょっと、なんとか言ってやってよ!」と応援を頼んだ。
しかし当の尾島や諏訪君、後藤君はムスッと黙ったまま「そんな奴ほっとけ」とチリチリを無視してその場にしゃがみこんで持参した食べ物やジュースを飲みだしたのだ。伴丈一朗はクククと笑い、特に気を悪くする様子もなく意外とあっさりとした様子で尾島に話し掛けた。
『よぉ、啓介! 相変わらずいっぱい女連れてんなぁ。両手に花で羨ましいこって! ここは是非、オイラの女神ちゃんになりそうな女子、1人わけてくんないかな~』
伴丈一朗はチィちゃん達や原口美恵、成田耀子のほうを見てニヤニヤ笑った。一瞬女子の間に緊張が走り、チリチリから全員視線をそらすのを見て伴丈一朗は、「あんだよ、女子全員無視かよ。冷てぇなぁ~」と大袈裟なため息を吐いた。それを今まで黙っていた尾島は急にニヤリとした笑いを見せたらしい。フンっと鼻で嗤って伴丈一郎を見上げた。
『クク、残念だったなぁ。大体女神なんてそんなもんいるわきゃないだろ。宇宙人と交信してたほうがよっぽど手っ取り早いんじゃねぇのぉ』
『……あらぁ~夢がないのね、啓介チャンは。心優しく男を包み込むボインな女神を求めるのは男として当然じゃないの! この際百万歩譲って君の取り巻きで我慢してやるか。山野中にはそういう慎ましやかなボインの女神はいないのかね? どうなのよ、啓介チャンよ?』
『……うるせぇよ……そんな女、山野中にいるわけねぇだろーがっ!』
ギロリと伴丈一朗を睨みあげ不機嫌極まりない声で言った尾島の失礼なセリフは、女性陣の心に吹雪を吹かせた。が、自らその女神だと伴丈一朗の前で立候補する勇気もなかったので、渋々押し黙まる。
『大体な、優しく男を包み込む慎ましやかなボインで心の中が駄々漏れの地味な女を、誰がテメェなんかに紹介するかってんだよっ! アイツはな、オレのっ! ……あ、いや……オレ、オレ……お~! やっぱオレンジジュースは最高だよな!』
『……はぁ? 何言ってんの、啓介チャンは。もともと悪いとは思ってたけど、よけい頭おかしくなったんでないの? それにさぁ、オイラそこまで言ってねぇんだけど?』
『うううるせっ! そっちこそ、悪いのはその変な頭と顔だけにしろっつーの! テメェはさっさと夜店にでも行って女神でもメガネでもナンパしとけっ、メンドくせぇっ!』
『……ほぉ。な~んか引っかかるけど、ま、いっか! ともかくどっかにそんな女いたらまわしてくれ、な? それより龍太郎と貴子はどうしたよ? 一幸もいねぇじゃん?』
伴丈一朗は尾島の睨みとふて腐れた態度を真正面から受け止めつつ含み笑いをしながら見下ろしたが、尾島はふぃっと視線を逸らし「知らね」と素っ気なく答えただけで、口を噤んだままだった。2人に漂う微妙な雰囲気に、ハラハラしながら見守るその他大勢。
『そりゃ、残念。じゃぁここから退散するかぁ。……確かにここにはオイラの女神はいなさそうだし? しょうがねぇ、夜店で物色するしかねぇなっ!』
伴丈一朗は女子のみなさんを舐めるように見た後、そう捨て台詞を吐いてギャハハと笑った。その後クルリと尾島に背を向け、取り巻きの坊主頭を連れて山を下りていったのだった。
***
『……というわけなのよ!』
いつのまにか私が寝そべってるベッドに座り込みながら、興奮した面持ちで詳細を話していた幸子女史。私は「そ、そうだったんだぁ~」と素知らぬ振りをして、さも大ニュースを聞いたかのように驚いた表情を作った。
『そうなのよ! で、その後尾島がさ、なんかマズイだのヤバイだのブツブツいいながら暫く考え込んじゃってさ。そうかと思えば急に立ち上がって、大便行ってくるなんてデリカシーのない言葉吐きながら下りちゃってさ~。そんで戻ってきたら口元が赤くなっていたわけ。だからてっきりあの伴丈一朗と一悶着あったのかと思ったのよね』
『……へ、へぇ~。でででもね? いくらなんでも……ねぇ?』
『そうだねぇ。裏番じゃあるまいし、まさかねぇ? それじゃぁどっかで転んだんかなぁ。ぶっ、カッコわる! あ、それよりもさ、あのチリチリ頭の伴丈一朗! まったく失礼極まりないったら……尾島もあの裏番のお兄さんも軽いし失礼な奴とは思っていたけどぉ、あそこまで酷いのは見たことないわ! ……って、なんかゴメン、チィちゃん……』
伴丈一朗氏の軽さを極めた数々の行動に怒れるあまり余計なことを色々口走った幸子女史は、慌ててチィちゃんに謝った。チィちゃんは「いいよいいよ」と顔の前で手を振りながら可愛く否定していたが、急に心配そうな顔をして私の方を見た。
『……じゃぁ、ミっちゃんは尾島くん達とは会わなかったんだね……?』
クリクリの可愛らしい瞳を潤ませながら念を押すチィちゃんに私は音と風がなるほど頷いた。真実を話し、こんな可愛い小動物を泣かすなど、いったい誰ができよう。
『ううううん! 会わなかった! 全力で会ってません! ……わわわ私、登り始めたところで怪我したからっ? ははは恥ずかしいんだけど、泣いちゃうくらいすごく痛くて、すすすすぐ引き返して雄兄さんと伏見さんと病院に行ったし?! そ、そう! 伏見さんに聞けばわかるよっ!』
『……あ~伏見さんかぁ。でも話すのは遠慮したいなぁ。ねぇ、チィちゃん? そっかぁ、そうだよねぇ。いくらなんでもミチの足の怪我と尾島の口元の怪我、全然接点がなさそうだもんねぇ? 大体ミチと尾島が取っ組み合いの喧嘩なんてのもありえないしね。それにそんなところ東先輩がみたら絶対放って置かないし? ……でもビックリしたんだよ! 花火が終わって神社に降りたら、貴子がミチは病院に行ったなんていうんだもん。ま、伏見さんと一緒に病院はちょっと遠慮したいけど、東先輩と一緒に行ったのは羨ましいなぁ! ね? 和子?』
急に話を振られた和子ちゃんは、私の怪我の過程云々よりも、自分がテントでしでかしたことを思い出したらしい。雄臣の目の前で殺人スパイク並みの力量を披露してしまったことに対して激しく落ち込み始めた。慌てて慰める幸子女史。そのおかげで話は違う方向へ行ったことに私は心の底からホッとし、話の間中疼いていた足の痛みも和らいだ気がした。