君との距離は天の川よりも遠く⑬
この章は多分に過激な発言が出てきます。PG12指定とさせていただきます、ご了承くださいませ。m(__)m
(……一体今日はなんていう日だろう、色々ありすぎだろ……)
私は流れる景色から正面運転席のほうへ視線をずらし、ため息を吐いた。今までずっと黙っていた隣の雄臣がこちらをチラッと見て、私に寄り添うように間合いを詰めてきた。
「なんだミチ。足、まだ痛むのか?」
「(ち、近っ!)……あ、いえ、ううん、違う……足はとりあえず大丈夫」
「まったく、ミチもあんまり心配掛けるなよ。捻挫程度で済んだからよかったものの、骨が折れてたらどうするつもりだったんだ?」
「ご、ごめんなさい……。雄兄さんにも迷惑かけちゃって」
「いいんだよ、そんなことは気にするんじゃない。それにしても親御さんこれ見たらビックリするぞ」
「え、そんなこと……ないよ。真美子なら、ともかく……」
「真美子? なんでマミが出てくるんだ?」
「……ううん、な、なんでもない」
(真美子だったら、きっと心配するだろう。でも私はどうかな……)
そのセリフは頭の中を過っただけで、口から出ることはなかった。今さらだったが、雄臣に自分の醜い僻みを知られるのはかなり抵抗があったから。
「何言ってんだ。マミもミチも関係ない。親は普通心配するもんだろ」
「……そう、だよね……」
私は低い声で呟いた。上手く誤魔化したつもりだが、なにか含みがあるように聞こえたかもしれない。これ以上突っ込まないでくれと無言を決め込む私に、雄臣はフッとため息をついて、ポンポンと私の頭を軽く叩いた。
「……あんまり僻むな。残念ながら親子でも相性っていうのはあるんだよ。大丈夫、ミチはよくやってるさ、空回りだけどな。ま、たとえ『子の心、親知らず』とも、俺は知ってる。心配するな。もう少し大人になれば自分の心に折り合いをつけられるようになるさ。それでなくともミチはこの俺様と伏見の素の姿相手に堂々と渡り歩いているんだからな」
「……雄兄さん……。そういえば、伏見さんから伝言です。イチ、大野小卒業ノ生徒ハ愚カ者バカリデハ非ズ、クレグレモ貴公ノ御心ニ留メラレタシ。ニ、是非トモ伏見家本宅ヘ遊ビニ来ルコト切ニ願ウ、首ヲ長クシテ待ツ候」
「あのな、ミチ。いくら云いづらい内容だからってな、不自然な箇条書きで物を言うんじゃない。それにそれが慰めてやってる未来の旦那に対して言うセリフか? 妻自ら夫に向かって他の女のところに通へなんてあまりにも酷い仕打ちだろ。女豹認定剥奪されるぞ」
「誰が妻ですか。そんなツマンナイ冗談はやめてください」
「そのセリフ、熨斗だけでなくリボンも付けて返してやる」
「優しい雄兄さんならきっと行ってくださると信じてます!」
「無視すんな。それにな、非常に残念だがその日限定で東雄臣という男はこの世に存在しない。そういうわけであと夜露死苦」
「ちょ、ちょっと! なにが『ヨロシク』ですかっ? どうせなら『ヨロコブ』勢いで行ってやってくださいよ!」
「一応考えてやったがな、1ミクロンも満たないうちに意識が真っ白になるほど全身全霊で身体が拒否ってな。一瞬『未知との遭遇』並みの体験をしたかと思ったぜ。チッ、どうせならミチの裸体と遭遇したかったなぁ」
「どんだけイヤなんですか! それより雄兄さんは本当に中学生なんですか? まさか……その未知との遭遇とやらで既に人間ではないんじゃっ?!」
「なんかムカつくが、いい質問だぞ。よく言われるんだよ、俺は『神の落とし子』じゃないかってな。だが万能な俺様でもできないことはあるらしい。いやはや自分でもビックリだよ」
「…………(どちらかというと神ではなく、『悪魔の申し子』でしょうが)」
「なかなか言うじゃないか。地味な割にはそういう命知らずなとこ、嫌いじゃないぜ」
「ヒョエー、バレとるがなっ!」
「ま、伏見とは適当に合わせておけ。本人も楽しんで……心配しているんだよ、ミチのこと」
「やっぱり楽しんでるんですね、伏見さんは」
「いちいち絡むなよ。それにどうやら俺は本命ではないらしい」
「は?」
「気にするな、とりあえず伏見の件はこれで終了だ。ともかくな、ミチのオヤジさんに対するその気持ちというか、イライラやら焦燥感はわかるよ。俺も最近父さんとシックリこなくてな」
「え……えぇっ? 東小父さんとっ?! な、なんで、あああんな素晴らしいお父さんのどこがっ?!」
「その言い草、俺の方に何か問題があるように聞こえるのは気のせいか?」
「…………いえ。トンデモアリマセン」
「あのな。才色兼備の俺だって色々とあるんだよ。似ているが故に相手の気に入らない部分が余計に目につくんだ。そもそも似ている者同士が上手くいかず反発するのは自然の法則だろ、磁石がそのいい例だな」
「似てる、ですか……」
「なにか不服か?」
「…………いえ。ソックリデゴザイマス」
「だから父さんの転勤は正直有難かったんだ。離れるにはちょうどいいタイミングだったんだよ。もちろん、こっちに来たのはミチに償いをする為もあったけどな。ほら、こうしてミチの生活を翻弄させ……ゥオッホン。身体を抱擁することもできそうだし?」
「ぅおおおいっ! 何気に漏れてるぞ、本心! しかもどっちもイヤなんですけどっ!」
「冗談だよ。あのな、もう少し人生に余裕を持てよ? おっと、また話が逸れたな。まぁ、なんだ。オヤジさんのことは気にするなってことだよ。それにさ、なにか『理由』があるかもしれないだろ? ……子供の俺達にはわからない理由が。それこそ『親の心、子知らず』かも、な。そんなことよりミチは適当に立ち回っていればいい。それを考えたら今日のケガはちょうどよかったんだ。俺の監督不行き届きで大事なミチをケガをさせた責任をとらせていただきますと、オヤジさんに堂々とミチを嫁にするぞ宣言をしておこう。ミチ、そう遠くないうちに荒井を出て東美千子になりそうだぜ。それにな、親子の確執なんて離れてしまえば、意外と上手く冷静に対処できるもんだ」
「…………」
いつものように横暴で勝手な言葉ばかりだったが、慰められているんだなと感じることはできた。
どうやら今隣にいるのは鬼神・修羅ではなく、出会ったころの優しい雄臣らしい。そっと私の肩を抱き寄せ、子供をあやす様にポンポンと叩く手も、純粋に暖かかった。
まるで奇跡が起きたようだ。今この瞬間、雄臣はだんだん似てくる多恵子小母さんの面影が完全に消え、健人小父さんと同じ優しさが溢れているのがわかった。
怪我をさせられ、酷いことを言われ、疲れ切って壊れたハートが温泉につかったように癒されていく。
今日は本当になんていう日だろう。
好きな人に階段から落とされ、滅多に優しさを拝めない人から慰めてくれるなんて。明日は雪が降るんじゃないだろうか。
あれ?
私、今……なんて?
「だから、アイツらだけはやめておくんだ」
雄臣の声が急に固くなった。肩を掴む手に力が籠められると、今考えていた疑問が消えてしまった。顔をあげれば、すぐ目の前に迫るのはグレーの瞳。さっきまでの優しさは消え失せ、冷たいというより真剣な眼差し。
「あのチリチリ頭は別にいいとして、俺としたことが……もう1人伏兵が潜んでいたとはな。思ってもみないダークホースに正直焦ったぜ……って、違うな。むしろあの不良の方じゃないだけマシ、か。……ま、それは絶対ありえないだろうが。……いや、しかし……」
雄臣は途中険しい顔のまま視線を空へ彷徨わせ、ブツブツと呟いたがすぐに我に返った。目がこれ以上ないくらい、凄味が増している。
「いいか、ミチ。良く聞け。冗談抜きにして、アイツらだけは絶対にダメだ。いいな? これ以上関わるんじゃない」
雄臣の顔は強張っていた。
そんなに怖い顔をするほど、一体何がダメなのか。
「アイツらはな、しょぼい机どころか、天の川よりもはるか遠くミチが触れてはいけない場所にいるんだよ。一旦渡り始めれば辿り着くまでかなり遠い。オマエの場合、途中でのたれ死ぬか、たとえ辿り着いてもその頃には身も心もボロボロだ。だが今なら大丈夫。まだ間に合う。十分引き返せる」
誰がボロボロになるの? なんで伏見さんと同じこというの?
「……ミチも本当は気づいているんじゃないのか」
俺がダメだというその理由を――。
私たちを乗せたタクシーは夜道を静かに走り抜け、大野小学区から山野小学区へさしかかった。
花火はすでに終わり、夜空には風が運んできた雨雲が徐々に迫っていた。
星も、天の川も、澄んだ夜空さえも…………全て覆い隠すように。